売り切りタイトルは初動がカギ。理想の発表時期は?
スピーカーは集英社ゲームズ マーケティング部 部長の沼田 知己氏、アソビズム マーケティング部 PC&コンソール部門長の井上 清勝氏。またモデレーターとして、アクティブゲーミングメディア メディア事業本部 本部長にしてゲームメディア「AUTOMATON」編集長の川瀬 鮎郎氏が登壇しました。
さまざまなプラットフォームでのマーケティングを経験してきた沼田氏と井上氏は、講演冒頭で「Steam/コンソールで楽して勝てる裏技はなく、地道にやるしかない」と話します。講演は、その“地道なマーケティング”の確度を上げる手法や知見を共有する場となりました。
Steam(PC)とコンソールで販売する売り切り型のタイトルは、F2P(基本プレイ無料)のような運営型タイトルとは異なり、「発売時にどれだけ売り上げを出せるか」が大切です。
では、その初動を作り出す適切なプロモーションとは何なのか。川瀬氏は、ゲームの発表からリリースまで10年かけてプロモーションする戦略と、発表と同時に即発売する「シャドウドロップ」という両極端なケースを例示し、それぞれに対する見解を沼田氏・井上氏へ問いかけます。
シャドウドロップは「巨大なファンベースがあるタイトルの続編であればアリですが、オリジナルの企画なら基本的になし」と井上氏。沼田氏も「インディーゲームはどんなショーケースであっても一度の露出だけでリーチしきるのは難しく、複数回の露出が必要」と同調します。
2026年6月に開催されたばかりの「Day Of The Devs: Summer Game Fest Edition 2026」など、オンラインショーケースは年々増加傾向に(画像はSteamイベントページのスクリーンショット)
とはいえ発売まで10年かけてプロモーションを続けていても、リリース時に回収しなければいけない開発費が膨大になってしまううえ、せっかく集めたウィッシュリストもコンバージョンしない「死にウィッシュリスト」化してしまうといえます。
このように期間の長短によって異なる事情を抱える中でのプロモーションを、沼田氏は「ある程度限られた期間で有限のリソースをいかに最大化するかが山場」と、パブリッシャー目線で総括。
ユーザーに「開発チームの一員のような感覚で一緒にリリースを迎えてもらうことが肝要」と語った井上氏
タイトルの発表から発売までの期間については完全にマーケティング側でコントロールできるものではないものの、「ユーザーの皆さんの楽しみな気持ちをドライブできるライン(井上氏)」である1年から1年半がひとつの理想であるとも述べられました。
インディーならではの武器は、ストーリー性や熱量
一方で、そうした根拠から外れたプロモーション事情も存在しています。
開発規模が個人や少人数チームのように小さいと、開発は長期にわたるケースも見られます。これに対し沼田氏は、それだけ時間をかけて熱量と工数を注ぎ込むことが、大手にない武器になることもあると話します。
開発費の回収や利益が求められる企業では取りづらい戦略ながらも、「開発中の経験談・失敗談などのエピソードを公開し続けるといった、開発者のファンになってもらう取り組みができれば、仮に10年かかってもチャンスはある」と井上氏。
川瀬氏も「発表から発売までのストーリー性もある程度求められてるようになってきている」と実感を込めました。
井上氏も「マーケターの仕事はウィッシュリストを獲得して終わりではなく、リリースまで楽しみにしてもらえるよう温め続けること」と表現しました。
タイトルの公式Discordチャンネルを運営するなどしてユーザーを巻き込みながら、開発の一員のような姿勢で参加してもらえるようにしながら発売まで走り続けること。これにより、ローンチ後の第二、第三の売り上げの山場をファンが作ってくれると、コミュニティの熱量が持つ影響力を強調しました。
2026年5月に発売した集英社ゲームズのタイトル『シュレディンガーズ・コール』も、「お客さまがずっと応援し、盛り上げてくださった」と、沼田氏も発売までの道のりを振り返りました。
売り切り型タイトルのマーケティングでは「数字という可視情報と、熱量という不可視な情報の掛け算を考えなければいけない」難しさがあると、川瀬氏は総括しました。
リリース後に何ができるか
続いては、より具体的に「F2P」と「売り切り型」を比較しながら、リリース後に取り得る施策について紹介。
F2Pタイトルは基本プレイ無料のため参入障壁が低く、「LTV(※)をどれだけ伸ばせるか」がポイントとなるモデル。LTVを伸ばすためには、新規キャラクターの追加やイベントの実施などコンテンツの拡充がつねに必要となります。
※ Life Time Value:顧客生涯価値。1人のプレイヤーが引退するまで、どれだけゲーム内課金や広告の閲覧などによって収益を得られるのかを示した指標
また、LTVから逆算してUA(※)の広告費を設定しやすいことが、F2Pのひとつの長所です。
※ User Acquisition:ユーザー獲得。新規のユーザーを獲得するためのプロセス
勝負となる時期は、F2Pはリリース後に対して、売り切り型はリリース前。井上氏から「生涯売上は初週売上の2〜4倍」と紹介されたように、ストアページの立ち上げからローンチまでにどれだけの費用対効果を出せるかが争点になっています。
これを受けて川瀬氏から、「発売後に何ができるか」という質問が議題に。
井上氏は多彩なセールイベントに参加することに加え、「DLCをリリースしてLTVを増やす」というF2Pに近い戦略を選択できることも紹介しました。
「パブリッシャーとしてできることをいつも探している」という沼田氏も、セールは大きな武器になると賛同。とくにSteamにおいては価格に敏感なユーザーが多いとされるデータもあり、事前にプランニングされているセールだけでなくリリース後に状況を見て追加する必要があると述べました。
川瀬氏は、初動での売上が芳しくない場合でも高評価であればバック・カタログ(※)として売れることもあるため、評価値は重要と話します。井上氏も「どんなゲームをリリースしてきたかは、これからリリースするゲームに向けた財産になる」と、パブリッシャーやブランド全体での価値につながる見方を示しました。
※ 過去に発売され、今も購入可能な作品群
ウィッシュリストはマーケティングの答え合わせができる「唯一の先行指標」
話題は繰り返し登場している「ウィッシュリスト」へ。Steamが代表的ですが、近年はそれ以外のプラットフォームにも登場しているブックマーク的機能です。
追加している人の多さによってストア内の表示アルゴリズムにも影響し、宣伝上でも欠かせないKPIとなっています。
ゲームは発売まで売上の見通しが見えづらいコンテンツですが、ウィッシュリスト登録数によってある程度の予測が立てられます。そのためウィッシュリストは「市場の期待値を可視化する唯一の先行指標」と表現されており、Steamストアページ公開の段階からマーケティングの検討材料として活用されています。
また、井上氏・沼田氏は「地域ごとにウィッシュリストへの捉え方が異なる。たとえば北米や欧州は登録されやすい」と指摘します。
日本のユーザーは登録のハードルが高いのですが、登録者の購買意欲は強めです。一方、欧米では気軽にブックマーク機能を利用する向きがあります。
ゲームジャンルにもよるものの、集英社ゲームズで確認している地域別のウィッシュリスト登録数と販売数との相関関係は「日本は高く、欧米は伸びづらい(相関関係が弱い)」傾向にあると言及した沼田氏
井上氏はこの背景を、Steamにおける日本ユーザーは全体の3%程度であるという数字に触れつつ「日本で日常的にSteamを利用している方はコアゲーマーと呼べる存在のため、コンバージョン率(※)が高くなっている」と分析。
※ ここでいうコンバージョン率とは、「ウィッシュリスト登録者のうちゲームを購入した割合」を指す
沼田氏はマーケティング職としては、ウィッシュリストのことを「タイトルがどれだけ認知されているか」と「どれだけ利用意欲を喚起できているか」をかけ算した結果が現れる数字であり、マーケティングの成果を確認する“答え合わせ”として見ているとのこと。
さらに、ウィッシュリストへの登録数を増やすための「露出」→「興味」→「獲得」という3ステップのフローも紹介。
沼田氏は最初のステップにあたる「露出」の重要性を強調し、「Steam Nextフェス」や無料で参加できるオンラインショーケースへの参加を強く推奨しました。
Xだけでは海外で通用しない
Steamの全利用者に対しておよそ97%にもおよぶ海外ユーザーに向けたマーケティングでは、どのような点を意識すべきなのでしょうか。
井上氏が最重要項目として挙げたのはローカライズで、とくに中国語圏では「伝わるが日常的には使わない言葉」レベルの翻訳ではゲーム内容が良かったとしても低評価を受けることも珍しくないと言います。
アソビズムにおいても、二重三重のチェックをするなど最新の注意を払ってローカライズ・カルチャライズを進めているとのこと。
注目を集める「AI翻訳」についても「使える部分はありつつ、そのままではカルチャライズできていない点が多い」と注意喚起も
続けて沼田氏は、海外でのマーケティングを考えるうえで、SNSについて言及。
日本では圧倒的にXの知名度・利用率が高いものの、欧米ではSNSのすみ分けが進んでいます。パブリッシャーとしてもInstagramやBluesky、TikTokなど各種SNSで発信しなければリーチできず、SNSによって発信の形を変えることも必要に。Xが利用できない中国に向けても現地のSNSでの発信が不可欠になります。
井上氏は、ユーザー向けの発信だけでなく、マーケター自身が業界の最先端情報を得るための「B2Bのネットワーキング」の観点でも、XだけでなくLinkedInの活用を強く推奨しています。
同氏は、SNSを通じた情報網やコネクションの拡大について「自分のLinkedInのつながりは1,000人を超えているが、Xは100人もいない。グローバルマーケティングを行ううえで、LinkedInで海外のプラットフォーマー担当者やパブリッシャーとつながれないのは本当にもったいない」という実体験を交えつつ、海外に向けては“やり方を変えるべき”と主張。
沼田氏も「日本の常識を忘れないと海外のマーケティングはできない」と続けました。
井上氏のLinkedinとXではフォロー・フォロワー数が大きく異なる。井上氏はほかにもInstagram、Facebookなどでも均一に発信をしている(画像はそれぞれLinkedin、Xのスクリーンショット)
信頼関係の構築が鍵!4つの地道な施策
Steamの売り切りタイトルのマーケティングはリリース前が重要でありながら、F2PタイトルにおけるCPI(※)のように読み切れるデータが存在しません。
※ Cost Per Install:インストール単価。広告費をインストール数で割って計算する
モバイルゲームのようにゲーム内にタグを埋め込んで「どの広告経由でコンバージョンしたか」を正確にトラッキングする手法が、発売前のSteamストアページでは機能しないためです。
つまり、データドリブンの有料マーケティング施策は取りづらいのが現状です。どうしても数字的根拠を作るのであれば、「CPW(Cost Per Wishlist)」という獲得単価の指標を追うことになりますが、欧米特有の「死にウィッシュリスト」も混ざるため精度には限界があります。
結論としては、冒頭でも述べられたように「地道にやる」ことが近道です。ここからはユーザーを獲得する4つのポイントについて紹介。
ひとつ目に井上氏が披露したものが「オンラインフェスへの応募」。
Steamでは毎日のように大小さまざまなイベントが登場します。小規模で露出がそこまで見込めないニッチなジャンルのイベントであったとしても、それに対して関心が強いユーザーにとっては良いイベントです。参加しておけば、コンバージョン率が高い可能性のあるウィッシュリストを獲得できます。
こうした取り組みはSteamの表示アルゴリズムにも影響をおよぼすため、グローバル全体で参加できるフェスを「地道に探して地道に応募することが大切」と述べられました。
発売前のゲームが集まる「Steam Nextフェス」は毎年2月、6月、10月の年3回開催されている(画像はSteamのスクリーンショット)
2つ目は無償で行うオーガニックなアプローチが基本となる「インフルエンサーへのアプローチ」について。欧米ではメインの施策で、沼田氏は「欧米では日本に比べてゲームメディアの影響力が低く、代わりにプレイヤーに近い立場のインフルエンサーに発信してもらうのが基本」と分析しました。
有償で有名なインフルエンサーに依頼するケースも考えられますが、無償で依頼できるインフルエンサーでも熱量の高いコミュニティを持っていることもあり、その影響力を借りて展開したいところ。
沼田氏は、インフルエンサーと信頼関係を築き、自ら人脈を開拓し続ける姿勢の必要性を強調します。
井上氏も「イベントなどで会える機会があれば必ず会う」と、信頼関係の構築は欠かせない見方を示した
「信頼関係の構築」はマーケターの必須スキルであり、コンソール展開でも同様です。3つ目のポイントとして挙げている「コンソールはウェットな人間関係から」にも、それは表れています。
Steamのようにグローバルでリーチできる巨大なプラットフォームがないコンソールでは、各プラットフォームのSNSやショーケースの利用が必須であり、その担当者との人脈が求められると井上氏はいいます。
「人を伝って各リージョン担当者のトップと知り合い、忘れられないように毎月のようにゲームの進捗を伝える。大きなイベントの内容は9か月前には決まっているので、その前にアプローチしてピッチを終わらせるスケジュールで動かなければいけない」と、まさに地道な働きかけになることを井上氏は明かしました。
最後の要素は「ファンとの関係性が生まれる場を作ること」。
先述のように海外では主要なSNS事情が異なるため、SteamストアページのSNSリンクも幅広く対応するのが望ましく、中国市場向けにbilibiliやQQを通じてファンと直接対話できている例はまだ少ないと指摘し、ファン獲得の要点を説きました。
アソビズムのゲームのSteamストアページでは、各種SNS情報が一通り掲載されている(画像はSteamストアページのスクリーンショット)
SNSの中でも、トップクラスに重要な存在は公式Discord。ストアページを見たユーザーがその場で購入やウィッシュリスト登録を迷ったとしても、導線からDiscordへ飛んでコミュニティの面白さを感じてもらえれば、ストアページに戻ってウィッシュリストに登録してくれる流れを作れるとのこと。
両氏からは、こうした“近道がない”マーケティングを実践してきたことがタイトルの成功につながっていると実感のこもった言葉も聞かれました。
PC・コンソール向けの売り切り型タイトルの地道なマーケティングの要点が解説された本講演。井上氏から“お土産”として、マーケターのChris Zukowski氏が作成している「応募可能なオンラインフェスのリスト」と、同氏のメールマガジンを公開し、講演は終了しました。
メールマガジンは、1通ごとに講演できるくらいノウハウが詰まっていると井上氏
「GAME FUTURE SUMMIT 2026」公式サイト
大阪生まれ大阪育ちのフリーライター。イベントやeスポーツシーンを取材したり懐ゲー回顧記事をコソコソ作ったり、時には大会にキャスターとして出演したりと、ゲーム周りで幅広く活動中。
ゲームとスポーツ観戦を趣味に、日々ゲームをクリアしては「このゲームの何が自分に刺さったんだろう」と考察してはニヤニヤしている。