受賞作を実際にプレイしてみる
神山:ゲームメーカーズ 編集長の神山です。これまでに4作品のクリエイターインタビューをお届けしてきた「革命前夜」シリーズですが、今回は特別編として、本作の開発者 からすさんとユニティ・テクノロジーズ・ジャパン 𥱋瀨さんをお招きして、受賞理由や作品の深掘りなどを行う座談会を行いたいと思います。皆さんよろしくお願いいたします。
𥱋瀨:よろしくお願いいたします。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの𥱋瀨と申します。普段はUnityを広めるアドボケイトとしての仕事をしています。大学時代はVRについて研究し、その知識をもとにゲームデザイナーとしてゲーム会社で20年ほど開発に携わっていた経歴があります。
からす:このたびUnity賞をいただいた『BWF01【メインストリートの決斗】』(以下、『決斗』)を開発しました、からすと申します。 clusterワールドだけでなく、個人的にインディーゲームも制作しています。本業ではUnityエンジニアとして、ゲームはもちろん、モバイルやVR、ノンゲームと幅広いアプリケーションの開発に携わっています。
神山:今回はclusterワールド内での取材ということで、すぐにゲームのプレイエリアに移動できる便利な状況になっています。早速3人で『決斗』ワールドを遊んでみます。
からす:本作は『決斗』と、前日譚となる酒場のワールド『BWF00【ガンマンの集う酒場】』(以下、『酒場』)の2つに分かれています。ゲームは、酒場から移動できる荒野エリアで行います。荒野には4色に色分けされた銃が置いてあり、プレイヤーは自らが持った銃の色でチーム分けされます。
「ゲームに参加」と書かれたポータルに触れると、ゲームを行う荒野エリアに移動する。「観戦する」では荒野エリアを見下ろせる場所に移動する
銃に近づいて左クリックなどでインタラクトすると手に持てる
銃を持った後、エリアに配置されているスタートボタンを撃つとゲームがスタートします。出現し続ける敵を撃ってポイントを稼ぎ、タイムアップまでに最も多くのポイントを獲得したチームが勝利です。
エリア内のランダムな場所に敵がスポーン。倒したチームにポイントが加算される
神山:協力しながら倒してもいいし、競い合っても良いというゲームですね。VR空間内だからかもしれませんが、友達とアーケードゲームに1クレジット入れて遊んでいるような楽しさがあります。
𥱋瀨:非常によくできていますよね。今回はMacからデスクトップモードで入っていますが、VRモードではよりよい体験ができそうです。
神山:敵のスポーン場所となる建物には高低差があり、プレイヤーを囲むように配置されているので、VRモードだと振り向いて射撃するムーブがやりやすそうですね。被弾のエフェクトも凝っていますし、ダメージをくらっても一定時間で復帰するので、プレイフィールは良好な印象です。
日常と地続きになったゲーム世界
神山: ゲームプレイを終えたところで、『酒場』に戻ってきました。まずは受賞の感想をお聞かせください。
『BWF00【ガンマンの集う酒場】』。『決斗』と世界観を共有しており、酒場での会話を楽しめる
からす:まずは賞を頂いたことに対し、御礼を申し上げます。Unity公式から賞をいただき、作品の完成度の高さを褒めていただいたことで、これまでのUnityを使ったゲーム制作活動が報われた気持ちになりました。
𥱋瀨:Unityを駆使してくださったことも嬉しいですが、clusterのポテンシャルを強く引き出している点が受賞の大きな理由となりました。一般的なVRゲームでは、タイトル画面の存在や、ヘッドマウントディスプレイを装着する行為などによってゲームと日常生活の境目が強く感じられます。一方で、clusterではcluster内にある日常とゲーム世界が地続きになっています。そういったclusterが持つ特性が本ワールドには強く現れているように思います。
最初にプレイした時、これはまさに「夢のテーマパーク」だと感じました。少し古い話ですが、『ドラえもん』に登場する未来のゲーム「ウエスタンゲーム」を思い出しました。
神山:取材をcluster内で行い、そのままプレイエリアに移動して、すぐに酒場に戻ってくる、というのも地続きな世界での一連の行動になるわけで、ゲームというよりは「テーマパークのアトラクションで遊んで、また広場に戻ってくる」感覚に近い気はしました。
𥱋瀨:また、本ワールドが1人で制作された事実にも驚きました。複雑性の高いマルチプレイゲームを1人で作るのは、clusterというプラットフォームが用意されているからこそ可能でしょう。本ワールドは、ゲームクリエイターの可能性を広げ、clusterのポテンシャルを大きく引き出している点で、clusterを象徴するワールドだと感じました。
からす:このワールド全体のコンセプトは、日本のコンテンツによくある西部劇をモチーフにしています。西部劇的な世界で無法者と銃を打ち合うシチュエーションや、遠くにいる敵をスナイプする神業を狙う楽しさに焦点をあてて制作しました。
clusterには、世界観を楽しむ“日常に近い”ワールドもあります。しかし、本ワールドではあくまでゲーム体験をシンプルに切り出した形で、西部劇を舞台にしたミニゲームにしています。
一方で、いま私たちがいる『酒場』は、世界観やコミュニケーションを楽しめる日常寄りのワールドとして制作しています。このワールドでは、NPCに話しかけると「無法者に絡まれた人を助けるために対決しよう」と『決斗』に案内してくれます。そういった流れを作り、日常ワールドとゲームワールドという2つの要素を1つの体験としてパッケージングするよう意識しました。
𥱋瀨:この『酒場』に入った時、酒場でポーカーをして撃ちあいの喧嘩に発展する、西部劇をモチーフにした荒木飛呂彦氏の短編『武装ポーカー』を思い出しました。『酒場』や『決斗』は『武装ポーカー』のように日本人が共通して持っている西部劇観に通じており、それがゲームルールなどを理解する助けになっているように感じます。
からす:ゲームの雰囲気には、尾田栄一郎氏の短編『WANTED!』や『ドラえもん』の西部劇エピソードなども影響を与えていると思います。それらの漫画を通して日本人が持つステレオタイプ的な西部劇が、このワールドの骨格になっているように思います。
clusterやアセットストアのポテンシャルを最大限引き出し、約1か月半で完成
神山: 先ほど𥱋瀨さんが仰ったように、「酒場でゴロツキに因縁を付けられて決闘を行う」というステレオタイプ的な西部劇モチーフを用いることで導入をスムーズにしている感覚もありました。『決斗』の制作は世界観の構築からスタートしたのか、ゲームのルールやシステムから立ち上がったのか、どちらでしょうか。
からす:実はこのワールドの起源は、クマのぬいぐるみと触れ合えるワールド『くまちゃんカフェ』なんです。『くまちゃんカフェ』では、クマのぬいぐるみの手足がふわふわ動くギミックを実装しました。
同様のギミックをリアルな等身の人型キャラクターに適用したところ、ゲームのラグドールに近い表現ができました。その発展として「人を銃で撃って倒すワールド」を制作している最中に、「ゲーム革命前夜」が発表され、このシステムを組み込んだゲームを応募しようと考えたのが企画のスタート地点です。
続いて、人体を銃で撃つワールドをゲームとして表現できる最適な世界観を考えました。ミリタリー色の強い世界観では、多くのユーザーが怖さを感じてしまう可能性があります。そこで、今回はある程度ファンタジーを感じられる西部劇の時代をテーマとしました。なるべく表現を柔らかくしつつ、「流血モード」など少し過激な表現も含める形でバランスを取っています。制作期間は約1.5カ月でした。
𥱋瀨: いわゆるR&D(研究開発)から始まり、それを企画に落とし込む作り方ですね。お話を伺っていて、まさに経験ゆえの実力だと感じました。自身の技術力、clusterにおける機能の制限、そしてユーザー層を考慮すると、実現できることは限られてきます。その上でみんなが楽しめる答えを出すのは経験の引き出しが必要でしょう。
ゲーム開発の現場では役割の細分化が進んでおり、個人が多岐にわたる業務を経験する機会は減少しています。ですが、個人制作者は常に全体を見る必要があるため、制約の中でポテンシャルを生かしきる能力が培われていくのでしょうね。それを『決斗』は体現しているように思いました。
『決斗』では、モデルへのギミック適用や銃の実装などもからす氏が1人で行った
神山:世界観を表現するにあたって、建物やキャラクターなどのアセットは自作されたのでしょうか。
からす:ゲームの核となる部分やUI周りの素材のみ自作し、他の要素はUnityアセットストアで購入しています。個人制作者によくある「細部へこだわりすぎて完成に至らない事態」を回避したかったことと、購入したアセットだけでもしっかりとしたゲームが作れるのを示したかったことが理由です。
「ゲーム革命前夜」というタイトルが持つ意図は、「clusterのワールド内にあるゲームを一段上に引き上げるような革命を起こそう」なのだと私なりに解釈しました。そこで、自分の作りたい世界観を追求するよりも、購入したアセットをいかに魅力的に活用するかに重点を置きました。「テンプレートの改変や購入したアセットでここまでできるんだ」と示すのが、このワールドの役目だと思いました。
𥱋瀨:マルチプレイのシステムがあらかじめ用意されているcluster、アセットの宝庫であるUnityアセットストア、その2つを最大限活用するクリエイターの実力。本業がありながら、わずか1か月半程度で作品を作りあげるのは、それらの相乗効果によるものでしょうね。
過度な説明を省くための文化理解とテストプレイ
𥱋瀨:ゲーム制作で最も難しいのは、過度な説明を避けつつ自然にルールを理解させ、すぐに遊べる体験の設計だと思っています。その点で『決斗』は非常に完成度が高いですね。1か月半でこの完成度にたどり着ける現実に、強い感動を覚えています。
このワールドでは迷う要素がほとんどありません。1人で、誰の助けがなくともちゃんと楽しめる。ゲーム制作において、説明を省くことは相当な勇気が必要です。最低限の説明で成立させられるのは、やはり普段からclusterを使い、clusterユーザーに対して説明すべき部分の勘所を掴んでいるからでしょうか?
からす:通常のゲームよりもテストプレイの回数が多いことが理由だと思います。テストプレイの過程でプレイヤーが戸惑う可能性のある要素を一つ一つ精査しました。例えばNPCとの会話システムでは、プレイヤーは文章を読まずに連打してしまう傾向があることがわかったため、世界観やルールの説明はあまり把握されない前提で設計しました。
『決斗』内にはNPCとの会話システムがあるが、ゲームの進行には影響しない
𥱋瀨:通常のゲームでは、UI、システム、操作感などが明確に分かれていますが、clusterではそういったものが全部一続きになっています。clusterの日常からゲームワールドへ移動し、目の前にあるものを取り、「あ、こんなルールでやるんだな」とルールを理解し、ゲームを始める流れがすべて一続きの体験として感じられました。
からす:インディーゲームの場合、友人が仕事で忙しいなどの理由でテストプレイを依頼するのが難しい場合もあります。clusterのようなメタバースであれば、ロビーで知り合った友達に、気軽にテストプレイを依頼できます。その点は、プラットフォームとしての強みかもしれません。
神山:一般的なワークフローを考えてみると、誰かにテストプレイを依頼するためにはゲームをビルドし、ある程度の容量のデータをダウンロードしてもらう必要がありますよね。作品によっては、プレイヤー側に高性能なPCが必要な場合もあります。この辺りのハードルがないのは、現代的な作り方だと思います。
𥱋瀨:その意味では、運営型のゲームのように、公開後もプレイヤーの反応をもとに内容をアップデートしていけるのも大きな利点ですね。
からす:そうですね。テストプレイでのフィードバックを受けた結果は、エリアの最初にある看板にも現れています。ゲームルール自体を極めてシンプルにして、1枚の看板で説明できるようにしたことで、プレイヤーの体験から不要な要素を取り除き、直感的に楽しめるゲームに仕上がったと思います。
神山:私も今回の企画でさまざまなワールドを訪問しましたが、一枚看板でゲーム説明を行うのはcluster文化に沿っており、パッと見ですぐ分かるので好印象でした。また、観戦者が同じワールドに参加でき、建物の上から見る仕様もユニークだし、これがコミュニケーションの導線にもなっていると感じています。
からす:最初は他プレイヤーを撃って妨害するなど、もっと複雑なゲームを考えていたんです。ただ、お互いを撃ちあうのが楽しくなってしまい、ポイントを稼がなくなってしまう問題が発生するため、この仕様は取り入れませんでした。
そこで、プレイヤー全員で協力して敵を倒す、いわゆる「無双感」を味わえるゲームとして構成することにしました。ただし、一方的に撃つだけではつまらないため、敵の攻撃からはしっかりとダメージを受けるようにしています。
なおかつ、理不尽な体験がストレスにならないよう、視界外から敵が銃撃してこないようにするなどのゲームデザイン上の工夫もあります。ゲームとしての競技性は維持しつつも、皆で集まってレクリエーション的に楽しめるワールドを目指しました。
取材中の様子。酒場のワールドで話を聞いており、時には銃などの小道具を手に取って説明をしていただくなど、対面での取材ともオンライン取材とも違う様相の座談会となっていた
𥱋瀨:最終的にはシンプルで分かりやすい設計になっていますね。ただ、こうしたシンプルな内容のゲームをオフライン向けに作っても、あまり目を引くものにはならないと思うんです。しかし、これがclusterのワールドで楽しめるとなると、一気に価値が変わってくるんです。つまり、道具(プラットフォーム)が変わると、同じルールでも楽しみ方が大きく変化するということです。
パーソナルモビリティの登場によってモータースポーツ自体が変わったのと同じようなことが、VRゲームの登場にも言えるのではないかと思います。さらには、VRプラットフォームの中でも、単純なVRゲームと、VRプラットフォーム内のメタバースで遊ぶゲームは、類似点がありながらも本質的な違いがあるのではないでしょうか。
神山:HMDを被って直接ゲームを遊ぶ行為と異なり、「ワールド内の広場等で交流をする中で別ワールドに遊びに行く」という階層構造になっていることで、ゲームを取り巻くコミュニケーションも含めての遊びが成立しているのかもしれませんね。
メタバースにおけるゲーム開発の可能性
神山:ゲームを作るプラットフォームの選択肢が増えるのは良いことだと考えますが、ある種の階層構造的なメタバース上での体験を作る上では、どのような制作アプローチが効果的なのでしょうか?
𥱋瀨:まずはとにかくその場に飛び込んでみることが大切だと思います。メタバースを実際に体験し、そこから新しいアイデアや可能性を見出していくのがよいでしょう。Unityを使っても良いですし、最初はワールドクリエイターから始めても良いと思います。場合によっては、人気を博したワールドをインディーゲームとして展開する制作スタイルも考えられます。
神山:テストプレイが容易かつ、「ワールドクラフト(※)」などを含めて制作ハードルが低いプラットフォームだからこそ、挑戦しやすい環境になっているのかもしれません。
※ cluster内でワールドを制作できるツール
最後に、これからゲームづくりに挑戦をする方へのメッセージを頂ければと思います。
からす:自分だけの目標を持ち、自分自身が楽しく活動できるかが大切だと思います。「多くの友人を作りたい」「自分の作品を通じて注目を集めたい」といった目標であれば、メタバースの中でゲームワールドを作るのも選択肢の1つとなります。メタバースの中でマネタイズする仕組みを作って収益を上げる、野心的な目標を持つことも十分に考えられます。
どんなゲームを作るにしても、各々の目指す到着地点を自覚し、最適な手段を選んでいくことが大事だと思います。そして、それらを応援していくのがUnityの理念である「民主化」なのかと私は考えています。がんばって楽しいゲームを作っていきましょう。
𥱋瀨:まずは、できるだけ簡単に、少しでも面白いものを作ることを考えてみてほしいですね。人々に楽しんでもらう体験がスタート地点として大切だと思います。
clusterであればワールドクラフトでワールドを作り、ちょっと遊べるものを置くだけで楽しめる空間ができるため、スタート地点として適しているように思いますね。VRヘッドセットがなくても動作するので、ハードルも低いと思います。
「こんなことで人って楽しんでくれるんだ」というのが分かると、どんどんやりたいことが増えてくるはずです。そして、次第に技術を身につけて、できることが増えてくること、今度は要素の掛け合わせで制作コストが跳ね上がっていくのを経験するはずです。すると、今度はシステムを簡略化するための引き出しが増えていく。そういった制作経験を重ねるほど、クリエイターのスキルと知識が向上するのではないでしょうか。
神山:お二人とも、本日はありがとうございました。
『BWF01【メインストリートの決斗】』紹介ページUnity 公式サイト「clusterゲーム革命前夜」イベント特設ページ