2024年7月5日(金)、クラスメソッド設立20周年イベント「Classmethod Odyssey」にてGame Special Dayのセッションが開催されました。「特別な才能が無くてもヒット作品を産み出せる科学的企画開発手法 #1」と題された講演にはホットスタッフ・プロモーション エグゼクティブプロデューサー コヤ所長が登壇。
ヒット作品を連発し、自信を得るきっかけとなった梅澤式マーケティング科学「M.I.P.理論」について語られた本講演をレポートします。
2024年7月5日(金)、クラスメソッド設立20周年イベント「Classmethod Odyssey」にてGame Special Dayのセッションが開催されました。「特別な才能が無くてもヒット作品を産み出せる科学的企画開発手法 #1」と題された講演にはホットスタッフ・プロモーション エグゼクティブプロデューサー コヤ所長が登壇。
ヒット作品を連発し、自信を得るきっかけとなった梅澤式マーケティング科学「M.I.P.理論」について語られた本講演をレポートします。
TEXT / じく
EDIT / 神山 大輝
登壇したのは、バンダイナムコで『アイドルマスター』『機動戦士ガンダム戦場の絆』『釣りスピリッツ』などの作品を世に送り出してきた「コヤ所長」こと小山 順一朗氏。現在はホットスタッフ・プロモーションに所属し、日本工学院専門学校では教育革新プロジェクトのエグゼクティブプロデューサーにも就任しています。
講演冒頭、コヤ所長はゲーム開発の流れを説明しました。ゲーム開発には20種類を超える専門的な仕事があり、それぞれの得意分野で活躍する人たちがいます。こうした専門家たちが独自のアイデアや思想だけで仕事をしてしまうと、各人の思想がぐちゃぐちゃに交じり合い、プロジェクトは迷走してしまいます。
こうした混乱を防ぐために、プロジェクトにはオモシロさの軸を決める「開発の羅針盤」が必要です。羅針盤に相当するのは企画書ですが、さらにそのもととなる開発方針が「商品コンセプト」である、とコヤ所長は語ります。
プロジェクトにとっての理想形は、専門家がそれぞれ活躍しながら、当初から思い描いていた商品を完成させること。その上で、営利企業として利益を得ることであるとコヤ所長は説明しました。
続いて、コヤ所長は自身の過去をゲーム業界の市場の変化と紐づけて振り返りました。ゲーム市場はゲームセンター中心から家庭用ゲーム市場中心へ徐々に移り変わり、1999年4月にPlay Staton 2が発表されたタイミングで転換期を迎えます。
当時のナムコではアイデアコンペが活発であり、特に2000年前後には多くの企画がゲームセンター市場へ投入されました。しかし、大きくヒットする商品は少なく、筐体の廃棄も少なくありませんでした。
こうした中でコヤ所長が出会ったのが“マーケティング”でした。特に参考にした人物として挙げたのが、「経営戦略≒商品開発戦略」を掲げた長井和久氏、「新市場創造商品 —M.I.P.理論—」を掲げた梅澤伸嘉氏です。
マーケティングは広告や宣伝などの販促活動と捉えられがちですが、コヤ所長が出会ったのは「マーケティングとは企業活動そのものであり、『需要の創造』や『需要の拡大』である」という真のマーケティングとも呼べる概念でした。
これは「ヒット作品」こそ会社を救い屋台骨として支えるものであり、経営戦略と商品戦略は等しいという考え方です。しかし、当時は「商品企画はマーケティングなしでヒットする方がよい」、つまり「作家性・作品・アートをユーザーに問いかけ、己の感性でヒットさせるのがゲームである」という考え方を持つ上司もいたとのこと。
後者の考え方に対しては、「それも一つのやり方である」としながら、コヤ所長はその難しさを挙げています。なぜなら、開発者の感性に共感する人の多さと、その感性が独自的な魅力を持っていることが相反するから。つまり「みんなが欲しがるモノと、まだ誰も見たこともないモノ」を共存させるのは難易度が高いという理由です。
こうした考え方から、ヒット商品とは「珍しくて、多くの人が欲しがるもの」と定義。市場の分析として、コヤ所長は「珍しい軸」と「欲しい軸」の2つ軸で、既存作品を4象限に分類していきました。
この中でも、特に目指したいのが「珍しく多くの人が欲しい“天才商品”」、つまり先に挙げたヒット商品です。「珍しく多くの人が欲しがるプロダクトを提供する」というテーマは言語化されるとシンプルに感じられますが、実際は作るのは困難です。
コヤ所長は、「ヒット商品の条件」をさらに掘り下げるために参加者へある質問を投げかけました。
この2つについて、コヤ所長は「自分が嬉しいから作る」「自分が楽しいから作る」をアマチュア、「他人の幸せのために作る」をプロフェッショナルと言語化しました。
どちらがより偉いということはないものの、他人の幸せのために作る方が難易度が高くなりやすく、他人のためにゲームを作ってお金をもらうのがプロのゲームクリエイターであるとコヤ所長は語ります。
なぜ他人のために作るのが難しいのか。例えば、友達にプレゼントをあげる場合、喜んでもらうためには相手の欲しいものを知る必要があります。
ゲーム開発でも同様で、取材や観察によってヒントを得た上で、ユーザーの考えを知る必要があります。例えばゲームセンターで遊べる『マリオカート』を開発するためには「マリオカートを実際に運転したかった」というユーザーの気持ちを知らなければなりません。
この「マリオカートを運転したい」という気持ちを欲求と言い、プロはニーズと呼びます。つまり、他人のために作る場合は他人のニーズを手に入れる必要があります。
他人のニーズを手に入れたいならば、他人に直接聞いた方が早いことに間違いはありません。しかし、他人に聞いてもすでに世にあるものしか聞くことができません。
そこで、ヒット商品の条件である「“珍しく”多くの人が欲しがる」を満たすためには、多くの人が未だ満たされていない欲求である「未充足ニーズ」を手に入れることが必要です。
未充足ニーズとは、本人さえも気付いていない欲求や、気付いてはいるものの満たされていない欲求のこと。ゲーム開発では未充足ニーズこそが達成すべき目標であり、それを叶えるアイデアが必要になります。
ここに来て、講演の冒頭にプロジェクトが迷走する原因の一つとして登場した「アイデア」という言葉が登場しました。コヤ所長は未充足ニーズを手に入れるための手法として、ニーズを言語化することによる「ニーズとアイデアの切り分け」を挙げました。
例えば「超美麗なグラフィックのゲームで遊びたい」という他人の気持ちがあったとします。しかし、ここにはアイデアとニーズの両方が含まれているため、両者の境目をはっきりと切り分ける必要があります。
切り分けた結果、「遊びたい」という言葉の中にニーズが格納されてしまっていることが分かります。では、隠されているニーズを言語化するにはどうすれば良いでしょうか?これを導くマジックワードが「それは主として何のため?」「そのためには?」です。
例えば「超美麗なグラフィックのゲームで遊びたい」に対して「それは主として、なんのため?」というマジックワードを割り当てると、「現実のような臨場感を味わうため」というニーズが浮かび上がります。
今度は逆に、「現実のような臨場感を味わうため」というニーズに対して「そのためには?」というマジックワードを割り当てます。現実のような臨場感を味わうためには、超美麗なグラフィックのゲームが必要となることが分かり、ここでアイデアとニーズが正しく一致していることが確認できます。
コヤ所長は、マジックワードを用いたチェック手法を「上位化 下位化」として説明。ぜひ覚えて欲しいテクニックであると語りました。
アイデアとニーズを切り分けることができれば、ニーズ自体を未充足ニーズに加工できたり、アイデアを出しやすくなったりといった効能が得られるとコヤ所長は語ります。
コヤ所長は、ここで特に「ニーズ:目的」「アイデア:手段」であることを強調しました。それは目的を達成するために手段は存在している、つまりニーズのためにアイデアは存在しているからです。
ニーズ単体の良し悪しは、共感の有無で評価が可能です。一方、アイデア単体の良し悪しは、要不要や知っている・知らないといった違いで人それぞれの評価となるため、一律の評価は不可能です。
しかし、人はアイデアの良し悪しを語るのが好きで、アイデアを考えると披露したくなる本能があります。この本能がヒットを妨げる原因になります。これらを確かめる実験として、コヤ所長は参加者に以下のような問題を出しました。
講演では参加者からの回答を聞き取りつつ、コヤ所長からは「飛行機、船、ヨット」など乗り物に関連する回答や、「動画や催眠術、虎ノ門にハワイを作る」などの回答例が提示されました。
ニーズを目的としてアイデアの数量を求めていくと、頭が柔軟になり、結果的にアイデアの質が上がってきます。この問いかけを先ほどの「現実のような臨場感を味わいたい」に当てはめると、「超美麗なCGで表現されたゲームをする」だけでなく「巨大スクリーンで映画を観る」「現実をゲームのような世界に」といったアイデアを生み出すことができます。
優れたアイデアを出すためには魅力ある未充足ニーズを発見し、創造する必要があります。そしてニーズは達成すべき「目的」であり、その手段としてさまざまなアイデアが存在します。
これまでに未充足ニーズを導く大切さが語られましたが、「そのためにはニーズを立体構造で捉える必要がある」とコヤ所長はさらに分析を深めます。ニーズはまるで地球のようであり、表面はよく知っていても、深層へ進むにつれて解析不可能になっていきます。これは人間の心にも当てはまり、自分の表面上の気持ちには気付けても、いわゆる深層心理と呼ばれる領域は自分自身でしっかりと理解できているわけではありません。
ニーズを表層・中層・深層に分けたときの消費行動を「Have」ニーズ、「Do」ニーズ、「Be」ニーズとし、それぞれ「商品」ニーズ、「生活」ニーズ、「人生」ニーズと分解していきます。
深層ニーズを上位とし、立体ではなく断面的に示すと、ニーズをピラミッド構造で表すことができます。講演では「スタバに行きたい」を例に取り、モノを買う動機を前述のマジックワード「それは主として、なんのため?」で遡るニーズの上位化が説明されました。
最後に到達するBeニーズには、「豊」「自」「愛」など、幸福を追求する「10大Beニーズ」があるとされています。
Be・Do・Haveニーズを層構造とし、上流(Beニーズ)から下流(Haveニーズ)になるにつれて具体化する末広がり状の形状を「ニーズ層構想図」と呼びます。このニーズ層構想図はプロジェクトの組織構造と非常に似ています。
たとえ斬新で面白いアイデアや遊びが挙がってきても、それが課題を解決せず、目的と関係ないならば不要なアイデアとなります。ニーズがない状態で面白さを追求し始めると、プロジェクトは迷走してデスマーチと化してしまうとコヤ所長は語ります。
このような事態にならないためにも、アイデアはあくまで技術や手段であり、アイデアを可愛がり過ぎるのは危険であると明示されました。
未充足ニーズ(Needs)に対応したアイデア・技術(Idea)を全て記述すれば、自ずと完成系が見えてきます。これをConcept(コンセプト)と呼びます。
また、未充足ニーズは顧客側の言葉であるため、開発側は未充足ベネフィット(Benefit)という言葉に言い換える必要があります。ベネフィットは利益や便益、恩恵などと訳されますが、ここでは「顧客が持つニーズを実現可能にするもの」という意味合いで使用されています。
つまり、「C=I+B」はConcept(コンセプト)=Idea(アイデア・技術)+Benefit(未充足ベネフィット)ということ。ヒット作品のためのコンセプトは、このように定義されています。
コヤ所長はこの理論を『太鼓の達人』に当てはめて説明。「J-POPがたくさんあり、ドンとカツの2種類だけの譜面に合わせて太鼓を叩く和太鼓リズムゲームなので」(Idea)、「難しいことを考えることなく、すぐに全身で大好きな曲のリズムに乗って爽快になれます」(Benefit)と言語化しました。
ここに至る開発のきっかけは「太鼓の音ゲーはどの会社も出していない」というものでした。これを“手がかりDoニーズ”として言語化すると、アイデアは「譜面に合わせて太鼓を叩く」、ベネフィットは「全身でリズムに乗って爽快になれます」となります。
しかし、「全身でリズムに乗って爽快になれる」というベネフィットは他のゲームでも充たされるものです。そこで、「初めてでも、すぐ楽しみたい!」というわがままなニーズを足したベネフィットを策定しました。これが、「難しいことを考えることなくすぐに全身で大好きな曲のリズムに乗って爽快になれます」と言語化されています。
このベネフィットに応えるアイデアは「J-POPがたくさんありドンとカツ2種類だけの譜面に合わせて太鼓を叩く」こと。ここにまで至ると唯一の商品しか想起できなくなり、結果として『太鼓の達人』というゲームに繋がってきます。
講演内容の理解度テストとして、コヤ所長は再び参加者に問題を出しました。
解答:「爽快な気持ちを得る」というニーズが含まれている「パンチの爽快さ」
解答:「気持ちよさ」というニーズが含まれている「リズムに乗る気持ちよさ」
このように、ニーズを選ぶのは簡単であるものの、ニーズ自体の言語化は意外と難しいものです。
続いて、ニーズの言語化へのチャレンジとして、コンビニで販売される飲料が挙げられました。例えばコーンポタージュスープの場合、「飲みたい」→「飲んで温まりたい」→「飲んで温まり少し空腹を満たしたい」と言語化することでニーズを上位化できます。
こういったワークショップ的なやり取りを経て、参加者とコミュニケーションを取りながら進行するコヤ所長の講演は大いに盛り上がり、たびたび会場では笑いや拍手が起きていました。
コヤ所長の講演は「アイデアとニーズの切り分け」「ニーズ層構造図」「C=I+B」など理解しやすい内容で、まさに“科学的企画開発手法”に相応しいと感じさせるものでした。講演全体を通じて感じられたのは「それはなぜか?」「それは何のため?」という上流や深層を目指す方針と、徹底して言語化していく姿勢です。
なお、本講演が行われた「Classmethod Odyssey」では、今後もさまざまな専門家による講演が1ヶ月にわたって行われる予定です。詳細およびチケットの購入、お問い合わせは公式サイトよりご確認ください。
Classmethod Odyssey 公式サイトコヤ所長こと小山順一朗氏、クラスメソッドの顧問に就任ゲーム会社で16年間、マニュアル・コピー・シナリオとライター職を続けて現在フリーライターとして活動中。 ゲーム以外ではパチスロ・アニメ・麻雀などが好きで、パチスロでは他媒体でも記事を執筆しています。 SEO検定1級(全日本SEO協会)、日本語検定 準1級&2級(日本語検定委員会)、DTPエキスパート・マイスター(JAGAT)など。
西川善司が語る“ゲームの仕組み”の記事をまとめました。
Blenderを初めて使う人に向けたチュートリアル記事。モデル制作からUE5へのインポートまで幅広く解説。
アークライトの野澤 邦仁(のざわ くにひと)氏が、ボードゲームの企画から制作・出展方法まで解説。
ゲーム制作の定番ツールやイベント情報をまとめました。
東京ゲームショウ2024で展示された作品のプレイレポートやインタビューをまとめました。
CEDEC2024で行われた講演レポートをまとめました。
BitSummitで展示された作品のプレイレポートをまとめました。
ゲームメーカーズ スクランブル2024で行われた講演のアーカイブ動画・スライドをまとめました。
CEDEC2023で行われた講演レポートをまとめました。
東京ゲームショウ2023で展示された作品のプレイレポートやインタビューをまとめました。
UNREAL FEST 2023で行われた講演レポートをまとめました。
BitSummitで展示された作品のプレイレポートをまとめました。
ゲームメーカーズ スクランブルで行われた講演のアーカイブ動画・スライドをまとめました。
UNREAL FEST 2022で行われた講演レポートやインタビューをまとめました。
CEDEC2022で行われた講演レポートをまとめました。