翻訳にとどまらないゲーム特有のローカライズ
左から、
ハチノヨン シニアローカライズマネージャー 長谷川 亮一氏
ハチノヨン 英日ローカライズスペシャリスト 松下 浩之氏
マーベラス 日本・アジア地域プロデューサー 斎藤 昌之氏
マーベラス ローカライズディレクター Colin Wahlert氏
──自己紹介をお願いします。
長谷川:ハチノヨンのシニアローカライズマネージャー 長谷川と申します。ハチノヨンは日本のゲームを海外に、あるいは海外のゲームを日本に届ける両方のローカライズを担っています。
20年近く続いている会社ですので、ご指名をいただいて翻訳することもありますが、良いゲームを見つけたら「この作品をローカライズしませんか」と開発者の方に働きかけることもあります。
松下:ハチノヨンの松下と申します。ローカライズマネージャーやプロデューサーとして動くこともありますが、『ボウと月夜の碧い花(以下、ボウ)』では日本語版翻訳とLQA(※)を担当しました。
※ Linguistic Quality Assuranceの略称で、ローカライズの品質を保証する工程のこと。ユーザーが理解しやすく、適切に翻訳されているかをチェックする
ハチノヨンがローカライズを手がけてきた作品の一部。また、ハチノヨンはYouTubeチャンネル『桜井政博のゲーム作るには』の英語版翻訳も担当した(画像はハチノヨン公式サイトより引用)
斎藤:『ボウ』では、日本・アジア地域プロデューサーを担当しているマーベラスの斎藤です。
コリン:マーベラス ローカライズディレクターのコリンです。今回は、主に開発者のローカライズ関連の窓口と、翻訳の発注とファイル管理を行っていました。
ローカライズの具体例を示す題材として、本記事では2D和風アクションゲーム『ボウと月夜の碧い花』を紹介。タイに開発拠点を置くSquid Shock Studiosが開発し、ハチノヨンが日本語版のローカライズを務めた
——まずは、ローカライズとはどんなことをするのか?という初歩的なところから、改めてお話しいただきたいです。
長谷川:ローカライズの主要素である「翻訳」からお話します。翻訳は英語などのテキストを日本語や別の言語にする作業、主に意味を正確に訳す作業です。
ですが、単純に訳しただけでは「英語ではこう言っているけど、そのまま日本語にしても伝わらないよね」という表現がたくさん出てきます。これをゲームの雰囲気に合わせて調整することが「ローカライズ」です。
単なる翻訳だけでなく「もっとこうしたほうが良くなりそう」など、方向性やクオリティについてアドバイスすることもあります。
──ゲームならではの翻訳の難しさはありますか?
長谷川:メッセージウィンドウなどテキストを表示するエリアの広さがタイトルごとに異なるのは、ほかのメディアではあまりないチャレンジだと思います。1行に入る文字数や最大で表示できる文字数は、表示エリアの広さやフォントの種類・大きさによって決まり、その文字数によって訳し方が変わってくるのは難しいポイントのひとつです。
また、欧米諸国の言語だと単語ごとの区切りで自動的に改行されるので問題ないのですが、日本語でウィンドウの右端で自動改行にしてしまうと、例えば「マーベラス」の「マ」で改行され、次の行が「ーベラス」から始まってしまうなどということも起こります。これでも読めないことはないですが、かなり読みづらいですよね。
そうした問題に対応するため、開発会社にお願いして禁則処理を入れてもらうこともありますし、場合によっては開発側ではなく私たちが手打ちで改行コードを入れることもあります。
調整前の『ボウ』の画面。1行目が「選択したあ」で改行されているなど、読みづらい状態
──翻訳先の文化に合わせるカルチャライズも、ローカライズの要素ですよね。
長谷川:開発元の国や地域では一般的なジェスチャーやシンボルであっても、翻訳先では危険な意味に変化することが起こり得ます。大きな問題ではなくても誤解を招きそうなものは、内容の変更や削除を提案することもあります。
ローカライズは単なる翻訳だけでなく、相手の文化も理解しながら作者の意図したものを、正確に多くの地域の方へと伝えるようにする作業。少し大仰な言い方かもしれませんが、ローカライズは総合芸術だと思います。
松下:僕は「体験を翻訳すること」が大事だと思っています。原文の面白さが伝わらなければ訳す意味がないと言いますか、意図がずれてしまいますよね。英語でプレイしたときに感じ取れる面白さや体験を日本語で再現することが、僕の目指しているローカライズです。
長谷川:『ボウ』に登場するカギのアイテム名で「SHITA KEY(原文)」→「しいたキー(日本語)」のように、直訳でどちらの言語でも意味が通じる奇跡的な例もありましたが、やはりアレンジを加えたものの方が多かったです。
「しいたけ」は英語でも「shiitake」。オリジナル版と日本語版で共通のダジャレも存在する。なお、こうしたケースでも日本語に訳す際はまったく別のダジャレも案として挙がることもあるという
長谷川:例えば『ボウ』には、体力回復やだるまの召喚に使うアイテム「茶瓶」が用意され、茶瓶の容量を増やすアイテムも存在します。以下はそのアイテム名の原文と直訳です。なお、これらアイテムは、茶瓶の容量がアップする度合いがそれぞれ異なります。
- Saijo Sip→最上の一口
- Fusen Fill→付箋付きの銘品
- Ocha Oasis→お茶の天国
- Kanpai Capacity→乾杯サイズ
- Surging Tsunami→あふれる津波
長谷川:上記の直訳を見てみると、何に使うアイテムなのかも、茶瓶の容量が増える度合いも伝わりづらいかと思います。
このケースでは、「Saijo Sip」「Fusen Fill」など単語2つの頭の音が揃ったリズムの良い名前がつけられていることに着目し、松下が日本語のオノマトペを活用。以下のように、大胆なアレンジをして名付けました。
- Saijo Sip→ちょびちょび茶器
- Fusen Fill→とぽとぽ陶器
- Ocha Oasis→ぶんぶく茶瓶
- Kanpai Capacity→どぶどぶ土瓶
- Surging Tsunami→じゃばじゃば磁器
長谷川:韻の踏み方を再現しつつ、茶瓶の容量が増える機能面も含めて、わかりやすく表現できたと思います。
余談ですが、「朱水晶をキタネに渡すミッション」の実績名を「朱い狐」と提案してみたのですが、そのままOKをいただけました(笑)。ほかの実績名にも大胆なアレンジが入っているので、ぜひ確認してみてください。
ローカライズのワークフロー
——『ボウ』のローカライズにおける役割分担を教えてください。
長谷川:マネジメント周りは私が、翻訳作業は松下がひとりで担当していました。
松下:翻訳のチェックは、弊社(ハチノヨン)の別スタッフが担当しました。本作以外でも度々お世話になっている、経験豊富な方です。
コリン:マーベラスではチームメンバーに中国語と韓国語のローカライズを手伝ってもらいましたが、RPGのようにテキスト量の多いゲームでもないので、ベースとなる管理やチェックは私ひとりで担当しました。そのおかげで最初から『ボウ』のすべてに関わることで理解が深まった、思い入れのある作品です。
長谷川:ローカライズを誰が担当するのか、についてはいくつものバリエーションが存在します。大手のパブリッシャーや開発会社であれば社内のローカライズ部門に所属する方が担当することもありますし、フリーランスでローカライズ会社と契約して仕事をされる方もいるかと思います。
著名な翻訳者さんであれば、作家性を期待されて開発会社から個人へ直接依頼することもあります。ただそういった場合でも、例えば背景の文字などグラフィック周りの作業をほかの方に発注したり、マネジメントをまた別の方に依頼することもあるでしょうから、本当にケースバイケースですね。
斎藤:『ボウ』では弊社からハチノヨンさんに依頼したことで、日本語版のローカライズがスタートしました。
——ローカライズ会社は複数ありますが、ハチノヨンさんに日本語版のローカライズを依頼した理由は?
斎藤:開発会社のSquid Shock Studiosさんからリクエストをいただいたことがきっかけです。『ボウ』は日本ならではの世界観を重視し、彼らは日本語のクオリティも高くしたい思いがありました。そこで、海外の開発者さんの間でもローカライズの評価が高いハチノヨンさんにお声がけしてほしいとリクエストされたのです。
Squid Shock Studiosロゴ(画像はSquid Shock Studios公式サイトより引用)
長谷川:弊社の共同設立者、源紘子とジョン・リカーディはおかげさまで業界の中でも知名度があり、また、古くからのメンバーが仕事後の雑談などを配信する非公式のポッドキャスト番組『8-4 Play』を隔週で15年近く続けています(取材時点で381回)。配信を聞いてくださった方が、会社のこだわりを理解して指名してくださるケースもあるようです。
ほかにも、業界内の友達・知人経由の口コミからコンタクトしてくださる方もいらっしゃって、大変ありがたいですね。
「トライアル」を実施して翻訳者を決める
——その後の流れも教えてください。
長谷川:まずは開発元のSquid Shock Studiosさんから送られてくる英語テキストなどの素材を確認し、翻訳できる状態に整えます。
いただいた素材がどの程度翻訳できる状態にあるかは開発元によってまちまちですが、『ボウ』はいただいた直後から整っていた状態で、非常にありがたかったです。
それでも、「このセリフの話者がわからない」「この特殊なセリフが登場する条件がわからない」といった疑問点は出てきます。
マーベラスさんにそうした疑問をまとめて伝えつつ、マーベラスさんとSquid Shock Studiosさんがやり取りし、ローカライズする素材を翻訳しやすい状態に作り変えていただきます。
翻訳しやすい状態の素材を用意できたら、次に翻訳者を決める「トライアル」を実施します。トライアルでは、ゲーム内の詳しい設定・背景は説明せず、ゲーム内テキストの一部を複数の翻訳者さんに翻訳してもらいます。
——トライアルに使うテキストは、どのようにして決めるのでしょう?
長谷川:会話テキストだけでなくアイテム名や地名など、ゲームの中から偏りなく拾います。
トライアルで翻訳された文章は翻訳者名を伏せた状態でマーベラスさんで確認、イメージに合う方を指名していただきます。今回は(このインタビューに同席している)松下が選ばれました。
——トライアルに参加されたほかの方と松下さんの翻訳の違いは、どのようなものだったのでしょうか。
長谷川:今回は彼を含めた4名の方にトライアルを依頼しました。クオリティに関する差はありませんでしたが、方向性はかなり違っていました。ダジャレをたくさん盛り込んで翻訳した方もいたり、和風を意識して漢字を多用してカチっとした翻訳をした方もいたりと、翻訳者さんによって作品の印象が一変します。
斎藤:本作は“英語で書かれた和風のゲーム”という珍しさもあり、翻訳者さんの特徴がテキストに表れて面白かったですね。なかでもヒロ(松下)さんの翻訳はゲームのやわらかいアートスタイルや優しい雰囲気にすごく合っていて、ゲームのシステムや内容に対する理解力も高そうだと感じ、今回お願いしました。
——翻訳者さんによって、そのほかに影響はありますか?
長谷川:ファンタジーやミリタリーなど、翻訳者さんがもともと好きなジャンルがあると、その知識を生かした提案をしてくださる方もいらっしゃいます。ゲームの世界観を大切にして翻訳することが第一ですが、翻訳者さんそれぞれの作家性を感じるポイントでもあります。
——翻訳者さんが決まれば、実際の翻訳作業に進むのですね。
長谷川:はい。固有名詞の訳し方やキャラクターの話し方など、マーベラスさんと何度もやり取りしながら翻訳しました。
また、翻訳しながらゲーム用の調整も進めます。翻訳はできているけどウィンドウに収まりきらないので、どうにかしてあと数文字削りましょう、というような作業ですね。
開発陣との連携も大切なLQA
——翻訳が完了したあとは、どのような工程が待っているのでしょう。
長谷川:LQAです。実際にゲームをプレイしながら、見え方も含めて確認をしていきます。
例えば、英字で太字の強調処理が入っている画面を日本語で表示にしてみると、字が潰れてしまって読みづらいことがわかりました。ゲームの中で「色の変更+太字」の強調で処理されている部分から、太字だけ外す地道な手作業も発生しました。
修正作業前の画面。太字の強調処理により、漢字が読みづらい箇所がある
修正作業後の画面。視認性を上げるため、入力ボタンのアイコンも変更されている
松下:ありましたね。見落としがあると、そこだけ明らかに浮いてしまうので気を遣いつつ作業しました。
長谷川:こうした問題は翻訳しているだけでは気づかないことが多く、実際にゲームをプレイして初めて明らかになります。重要なステップなので、日本語が組み込まれたテストバージョンを、できるだけ早いタイミングで確認したいと思っています。
松下:今回は早めにいただけたため、余裕をもって問題の把握や検討ができて非常に助かりました。リリース直前に問題を見つけてしまった、ともなると修正が大変なので……。
斎藤:日本語を組み込んだバージョンのゲームを作り、こちらに送ってもらうためには、当たり前ですが開発チームとのやり取りが必要です。ですので、開発陣と密にコミュニケーションを取れるようにすることも大切です。その点に関しては、コリンのおかげでとてもスムーズに進められました。
——文字の可読性は、フォントの種類も要因になり得ると思います。フォントの選定は、誰がどの段階で決めるのでしょうか。
松下:弊社の場合、日本語へのローカライズであれば、今のところ僕がフォントの提案をすることがほとんどです。
今回も可読性(読みやすさ)、デザイン性(ゲームの雰囲気に合うかなど)、機能性(収録されている漢字の数など)を考慮しつつ、僕の方で候補を見つくろってサンプル画像を作り、マーベラスさん側に判断していただきました。
長谷川:ゲームにおいてフォントは重要な要素で、『ボウ』でゴシック体など固めな印象を持つフォントを使っていたら、今とまったく異なる印象を抱いていたと思います。
フォントが決まったら開発会社側がゲーム内に組み込むこともありますが、日本サイドで実装を手伝うこともあり、ケースバイケースです。今回は翻訳の実作業がはじまる前に、開発元が実装してくれました。
コリン:フォントによって同じスペースに入れられる文字数が変わるので、早めに決めた方がいいですね。
松下:早めに決まっていれば、原文をExcel上で翻訳する段階から同じフォントで作業できます。特定の漢字が表示されないといった問題も見つけやすくなるので、ありがたいことだらけです。
——ご回答いただき、ありがとうございます。話を戻しますと、LQAを終えるとローカライズが完了したといえるのでしょうか。
長谷川:そうですね。何度もお話してしまい恐縮ですが、『ボウ』は終始スムーズに進められたプロジェクトでした。
「Tea」を何通りにも訳せる日本語ならではの工夫
——『ボウ』のローカライズで注力した部分があれば教えてください。
斎藤:海外の開発者が表現する「日本らしさ」について議論していました。海外の方が表現する「日本らしさ」は、日本人からすると少しズレている部分もあるのですが、そのズレをあえて残すべきかどうか、という感じで。
長谷川:海外の方が考えたオリエンタリズムと言いますか、私たちからすると「ちょっと変な日本語」が地名や固有名詞にも入ってくるので、それをどう咀しゃくするか(和訳するか)は、固有名詞ひとつとってもやり取りが多かったですね。
例えば、英語だと「Uzumaki Cave」という地名の訳は、当初「渦巻ノ洞窟」と提案していましたが、マーベラスさんとの話し合いで最終的には「ぐるぐる洞」としました。
ほかにも「Sencho Bridge」も、「千長橋」と訳していたものから「おそろし橋」にするなど、ファニーなところを残しつつ日本人が見ても変ではないように訳すために、会議を重ねました。
地名の変遷例
- Uzumaki Cave→渦巻ノ洞窟→ぐるぐる洞
- Ice Caverns→氷ノ地下洞→いてつき洞
- Sencho Bridge→千長橋→おそろし橋
- Crimson Bamboo Forest→赤竹ノ森→くれなひ竹林
コリン:作中に何句も登場する「俳句」の扱いも難しかったですね。『ボウ』の英語版では五七五の音節に則って俳句が書かれていて、これを日本語に訳すのはかなり珍しいと思います。大変な作業だったと思いますが、ヒロさんが頑張ってくれました。
松下:「海外で作られた海外の世界」を日本語にする経験はこれまでにもあったのですが、「海外で作られた日本」を日本語に訳すのはまた違う難しさでした。
コリンさんのお話にあった英語の俳句も、原語では最後の音で韻を踏んでいるのですが、韻を踏みながら日本語に訳すとラップのように見えてしまい、世界観に合わなくなってしまうんです。ゲームに合うよう、日本語の詩として聞こえるように工夫しています。
キャラクターの魅力・個性をテキストで表現
——キャラクターについての工夫はいかがでしょう。
長谷川:キャラクターに個性を出すために語尾を工夫しています。これも松下が提案してくれた要素で、マーベラスさんにも気に入っていただけましたね。
松下:音声吹き替えではないので「文字でキャラクター性が伝わる」のが大事ですからね。
長谷川:キャラクターの表現はマーベラスさんと相談しながら進めましたが、とくに主人公の「ボウ」をサポートする謎多きキャラクター、「アサヒ」の人物像、話し方を決めるのには相当な時間がかかりました。
松下:ネタバレにも関わる部分なのですべてはお話しできないのですが、物語の進行に伴ってアサヒとボウの関係がかなり変化します。
その変化をどうすれば日本語でうまく表現できるかを考えた結果、二人称で表現することにしました。英語だとつねにボウに対して「You」と呼ぶのですが、日本語では「おまえ」から「ボウ」に変化するなど、呼びかけ方の表現は個人的に工夫できたと思っています。
長谷川:言葉の使い分けに関しては、ほかにも松下のこだわりがあちこちに表れています。
例えば「Tea」を訳すときでもキャラクターによって「お茶」「茶」「オチャ」と使い分けられるのは日本語の面白さ、「Tea」というたった3文字の翻訳でキャラクターの印象を変えられるというのは、日本語ローカライズならではの面白さと言えるのではないでしょうか。
——キャラクター名についてもお聞きしたいです。名前がオリジナルと異なるケースはよくあるように思いますが、『ボウ』でオリジナルから変更を加えたキャラ名はあるのでしょうか?
長谷川:キャラクター名は世界観を壊さない範囲で変えています。原語だと「To」と「Ri」という鳥の二人組(二羽組?)のキャラクターがいるのですが、さすがにそのまま「ト」と「リ」だとわかりづらそうなので、「シロ」と「クロ」にしました。
シロとクロは名前だけでなく、話し方も特徴がつけられている
松下:ただ、本作はクラウドファンディングで支援いただいた方の名前が付けられているキャラクターがいて、そこは変えられないという、ちょっと特別な事情もありました。
——名前といえば、ゲームタイトル自体もローカライズのひとつかと思いますが、タイトルが決まったのはいつごろでしょうか。
長谷川:ローカライズ作業全体の中盤ごろだったと思います。ある程度翻訳を進めて、皆がゲームの内容を十分理解している状態で決められたのは良かったですね。
斎藤:当然なのですが、タイトルが決まらないとタイトルロゴが作れません。マーケティングやプロモーションの観点ではタイトルは早く決めてしまったほうが良いのですが、各所にハラハラされつつもギリギリまで考えました。
長谷川:本当に苦労しました。この作品の原題は『Bō: Path of the Teal Lotus』で、「Teal」は青緑のような色を示す言葉なのですが、訳として「碧」を使うのか「蒼」を使うのかだけでも我々とマーベラスさんでかなり相談しましたよね。
斎藤:100案ほど候補を出しました。邦題は少し親しみやすい形にしたい意図もあり、海外の開発者さんとも相談を重ねたうえで、儚さと力強さを兼ね備えた『ボウと月夜の碧い花』というタイトルに落ち着きました。
タイトル案の一部
子ぎつねボウと妖ノ国 / 子ぎつねボウのおとぎ絵巻 / ボウとおとぎの園 / 月夜のボウと妖ノ国 / ボウと月夜の妖絵巻 / ボウと蓮華の夢絵巻 / ボウと月夜の蒼い蓮 / ボウと蓮華の淡き夢 / ボウ:蒼き蓮と妖狐(あやかしぎつね) / ボウと月夜の蒼い花 / ボウと月夜ノ泡沫物語 / ボウと月夜ノ蓮華物語 / ボウと月夜ノ妖物語 / ボウと月夜ノ蓮華譚 / 桜月夜の妖奇譚 ボウ / ボウと妖花の浮世絵巻 / ボウと天花ノ旅人 / ボウと散らないあやかし桜 / ボウと蒼き蓮の道 / ボウと月夜に舞う華 / ボウと月夜に咲く花 / ボウと舞い踊るあやかしの花 / ボウと月夜の蓮華舞 / ボウと月夜ノ妖舞 / ボウと月夜ノ泡沫舞 / ボウと月狐の蓮華舞 / ボウと月狐ノ蓮華舞 / ボウと月夜の妖ノ国 / ボウと花舞う妖ノ国 / ボウと花舞ウ妖ノ国 / 浮世舞う月狐ボウ / ボウと蓮華の朧絵巻 / ボウと天狐の朧絵巻 / ボウと天花の朧絵巻 / ボウと天花ノ朧絵巻 / 子ぎつねボウと妖ノ国 / 子ぎつねボウのおとぎ絵巻 / ボウとおとぎの園 / 月夜のボウと妖ノ国 / ボウと月夜の妖絵巻 / ボウと月夜の朧絵巻 / ボウと月夜の蓮華舞 / ボウと月狐の蓮華舞 / ボウと月夜ノ蓮華舞 / ボウと月夜の蒼い華 / ボウと月夜の朧絵巻 / ボウと月夜の蓮華舞 / ボウと月夜ノ蓮華譚 / ボウと月夜の蒼き華 / ボウと月夜の蒼き花
——マーベラスさん側にも、印象に残っている翻訳についてお伺いしたいです。
斎藤:ボウたちの種族は、作中で「テンタイハナ」と呼ばれています。会話シーンでは「テンタイハナ」、フレーバーテキストでは「天花ノ化身」といった訳し分けをしていただいたことで、場面に応じた温度感を演出できていると思います。
コリン:僕は日本のゲームを海外に持っていくことがメインで、今回は逆の仕事という事情から、今回の仕事全体が新鮮で印象に残っています。僕は日本語ネイティブではないので日本語表現には自信がなく、皆さんが手伝ってくださったのがすごくありがたかったです。
国・地域ごとに異なるカルチャーの知見はどこで得る?
——ローカライズ会社の仕事のなかに、時代考証など正確さのチェックは含まれるのでしょうか。
長谷川:本作はそこまで厳密さを追求するものではなかったのですが、もし翻訳側で気づいた点があればお伝えして、最終的にどうするかの判断は開発者側にお願いすることになります。時代考証とは少し違いますが、文化的なタブーに触れてしまうものについてはローカライズ会社で発見するのも仕事の一部です。
斎藤:マーベラスも、パブリッシャーとして気になる部分は、コリンと開発者さんの間で意思疎通を図って修正していただくこともありました。
長谷川:文化的な差異はすごく難しいですよね。例えば中国では髑髏のマークは禁忌とされていますし、ギリシャだと手のひらを見せることは侮辱的な意味合いを持ってしまいます。
ほかにもタイでは頭上に精霊が宿ると言われているため子どもの頭をなでる行為もよろしくないとされているなど、「この地域でこれをやってはダメ」という例はいくつかあったりするので、とくに気をつけています。
——国・地域の文化的な知見はどうやって得るのですか?
長谷川:仕事柄、文化的なギャップなどについてはなるべく調べるようにしています。また、ゲーム業界のカンファレンスで過去に起こった問題が紹介されたりするので、そこから学ぶことも多いです。
ただ、過去に大きな問題となったことでも10年経つと同様のケースが発生してしまうこともあり、知見が業界に残り続けるのは難しいとも感じています。
——そのような知見やノウハウは、社内でたまっていることが多そうですね。
長谷川:長く続いている会社ですと社内に知見が蓄積されていることも多いと思いますが、海外展開をはじめたばかりの会社だとノウハウを持っていないことも考えられます。そういったときはローカライズ会社と一緒に働くことで、我々が防波堤になって「これはこうした方が良いと思います」とお伝えできる可能性もあります。
コリン:英語だけのローカライズが主だった時代に比べて、欧州言語など対応する地域を増やしていくにつれ、気をつけなければいけない点も増えています。マーベラス内でも、ほかのタイトルで覚えたことや経験をノウハウとして蓄積して、いつでも参考にできるようにしています。
密なコミュニケーションと「ト書き」があれば翻訳しやすい!
——これまで挙げていただいたローカライズの変更・工夫などは、開発側に都度伝えるのでしょうか。
長谷川:そうですね。コミュニケーションを取りながら、こちらの意図を向こうも理解している状態で、OKをもらいつつ進めています。
——お話を聞いていると、ローカライズでは開発者さんとパブリッシャーさんも含めたコミュニケーションが大事そうに思えました。
長谷川:その通りです。今回は我々とマーベラスさんでつねにコミュニケーションしていましたし、コリンさんが開発者さんとの間に入って綿密に連絡をしてくださったおかげで、かなりやりやすかったです。
コリン:英語版テキストが固まっている状態で、ローカライズに入れたのもスムーズな進行の要因だったと思います。最近はどのタイトルも全世界同時発売する傾向にあり、翻訳とゲーム開発が同時に進み、ローカライズ中でも元のテキストが変更になることもよくあります。
長谷川:過去に担当したタイトルでは、音声収録する日の朝にセリフが変わり、現場で台本の修正をしたこともありました。このあたりに配慮してもらえるかは、開発会社さんのローカライズ経験や知識によって左右される部分だと思います。
——ローカライズの際、開発側から提供してもらえると助かるものはありますか?
長谷川:『ボウ』のローカライズでとくに助かったのはゲームデザインドキュメント、仕様書がかなりしっかり作られていたことですね。
アイテムの持つ意味やアクションの狙いなどが丁寧に説明されていて、キャラクター設定もかなり細部まで指定されていたので、翻訳のスタイルも決めやすかったです。
——資料が揃っているタイトルばかりではないのでしょうか。
長谷川:大手の開発会社であればキッチリした資料が作られていることも多いのですが、インディーである『ボウ』でこれだけしっかりしたドキュメントを提供していただけたのは、正直驚きに近いものがありました。
——ほかに「こういうデータ・資料があるとうれしい」ものはありますか?
長谷川:「そのセリフは誰が話しているのか」がわかることが重要です。話者の年齢、性別、出身地域などによって同じ主語の「I」でも訳が「ぼく」「俺」「アタシ」のように変化しますし、優しい、暴れん坊などキャラクター性も翻訳に影響してくるので、設定資料が充実しているとありがたいです。
ほかには、あくまでも個人的な要望になってしまいますが、有名作品のセリフを引用したりもじったりする場合は教えてもらいたいですね。
松下:今回は本当に密にコミュニケーションしていただいたので、そういったものもやりやすかったですね。
長谷川:そうですね。引用に限らずですが、その文章に込められた意図がわかっていれば、本意を残したまま大胆に言い換えることもできますので。
コリン:テキストを書くときに「ト書き」のようなメモを残してあると助かりますね。映画の台本を書くような感覚で、どのような状況だからどのような気持ちで演技する必要がある。といったコメントがあると、翻訳者もそれを踏まえた正確で良い翻訳ができると思いますし、後々の修正の必要も減りますね。
長谷川:「バカ」というセリフひとつ取っても、怒っているのかちょっと呆れてるのか、女の子が照れながら言っているのかで意味合いが変わりますからね。
戦闘をアシストする「だるま」の名称と説明が書かれた例。英語は開発側、日本語はハチノヨンおよびマーベラスが記載している
セリフが書かれたシート。状況・口調、発話者なども併記されている
——『ボウ』は日本語訳ならではの工夫や表現もたくさん盛り込まれていますが、逆に日本語から外国語へ翻訳する場合でも独特な表現をキープできるものなのでしょうか。
長谷川:英語でも、人によって「I can’t」と「I can not」を使う人がいるように、セリフでキャラクター性を持たせることは可能です。『スターウォーズ』のヨーダのように「すべて倒置法で話す」なんてキャラクター付けもありますね。
なので、日本語から訳す場合も、どのようなキャラクターにしたいのかといった情報は事前に教えていただくと取り組みやすいです。
あと、事前に伏線要素があれば教えていただきたいですね。翻訳でも途中で少しずつ匂わせるような伏線の生かし方ができますから。
——ローカライズの仕事や翻訳者を目指す方へのアドバイスはありますか?
長谷川:私は30年ほどゲームローカライズの仕事に携わっています。昔はテキスト全体の量もそこまで多くなく、そのまま正しく翻訳できていれば十分だったこともありました。
しかし、時が進むにつれて文化的な背景やスラングを知らないと開発者が意図した通りに翻訳できない、ということも増えてきました。まずは「異なる文化の人たちは異なる考え方をするのだ」とつねに意識し、そのうえで開発者の意図、表現したいことを、さまざまなアプローチで再現できるようにしたいですね。
今のゲームは言語を切り替えられるものも多いので、一通り遊んだあとで別の言語で遊んでみるのはとても参考になると思います。好きなマンガやアニメの英語版に触れてみるのもオススメです。
個人的に最近インパクトがあったのはYOASOBIさんの曲『アイドル』の英語版で、サビの部分が英語なのに元の日本語と同じに聞こえるようになっているなどものすごく上手に訳されていて舌を巻きました。
——お話しいただき、ありがとうございました。うまくローカライズされた作品ほど、違和感なくゲームに没入できそうですね。
長谷川:ちょっと逆説的な表現になりますが、私たちがローカライズに取り組むうえで、ある意味一番成功したと言えるのはプレイヤーの皆さまが「ローカライズされた」という印象を受けないことかもしれません。
言語のことを気にせずに最後まで遊んでいただけたら、それはローカライズとして満点かもしれませんね。とくに今回の『ボウと月夜の碧い花』は良いチームでローカライズに取り組めた素晴らしいタイトルになったと思っています。
本記事を読んでいただいた皆さんも、ぜひプレイしていただけたらうれしいです!
『ボウと月夜の碧い花』公式サイトハチノヨン公式サイトマーベラス公式サイト
大阪生まれ大阪育ちのフリーライター。イベントやeスポーツシーンを取材したり懐ゲー回顧記事をコソコソ作ったり、時には大会にキャスターとして出演したりと、ゲーム周りで幅広く活動中。
ゲームとスポーツ観戦を趣味に、日々ゲームをクリアしては「このゲームの何が自分に刺さったんだろう」と考察してはニヤニヤしている。