ジェノヴァ・チェン氏
TGCの共同設立者でありクリエイティブディレクター。
学生時代に『Cloud』などのゲームを発表。TGCは大学時代の仲間とともに設立した。
ジェノヴァ・チェン氏から見た『Sky』と開発チーム
――累計ダウンロード数が2億6000万を超えたとのこと、おめでとうございます。現在『Sky』のプロジェクトの進行は目標とする地点からどのくらいだと考えていますか?
ありがとうございます。このマイルストーンを達成できたことを、とても誇りに思います。『Sky』は我々が当初に立てた目標の多くを達成してきました。しかし、『Sky』のビジョンは常に進化しており、プレイヤーの皆さんにより没入感とつながりのある体験を提供するため、努力を続けています。
――現在の開発チームについて、人数規模や職種の構成について教えてください。
私たちのチームは、アーティスト、プランナー、エンジニア、デザイナーなど、約100人の優秀なメンバーで構成されています。4割がアーティストとデザイナー、2割がエンジニア、残りがサーバーオペレーション、プロダクション、サポートスタッフなどです。この多様なメンバーで構成されるチームによって、私たちは創造性と技術力を融合させることができます。
YouTube動画「『Working at TGC』 日本語字幕付き」。様々なルーツを持つメンバーが集まっているほか、「TGCのゲームのファンだった」という人が多いのも特徴
――運営型のゲームは生き物のようで、当初のゲーム性から運営中に大きく変わるタイトルも少なくありません。当初のコンセプトと、現在のゲーム内容で意識的に変えているところや変えていないところはありますか?
私たちは、人と人とのつながりやポジティブな感情体験を育むゲームという、『Sky』の核となるコンセプトを意図的に守ってきました。しかし、プレイヤーの皆さんからのフィードバックや技術の進歩により、ゲームの機能を調整、拡張し、常に新鮮で魅力的な体験を提供できるように努力しています。
例えばですが、同画面内で1万人が感情体験を共にした48分に及ぶ没入型のコンサートでギネス記録を達成し、ゲーム内から各プラットフォームへ直接動画配信を行うことにも成功しました。
デイリークエストはゲーム内に登場する精霊から依頼を受ける形式に刷新。これにより、精霊の性格や大事にしていることも推し量れるようになり、デイリークエストをこなす意味も変わった
――2億以上のダウンロードは想定内だったのでしょうか? また、同時接続人数が増えた場合、インフラ基盤など開発を支える環境も変化すると思いますが、運営を続けるなかでの技術的な工夫を教えてください。
2億ダウンロードを突破したことは、当初の予想を超えるものでした。増え続ける同時接続ユーザーをサポートするため、動的サーバーのスケーリングや最適化されたネットワークプロトコルなど、様々な技術革新を実施しました。プレイヤーの皆さんにスムーズでシームレスな体験を提供しようと心がけています。
――『Sky』では、マルチプレイ対応、マルチプラットフォーム対応など新たな挑戦も多かったと思いますが、開発中から現在に至るまでの間で、技術的にもっとも苦労したのはどんな点でしたか?
最も困難だった点は、様々なプラットフォームでシームレスなマルチプレイヤーインタラクションを確保することでした。クロスプラットフォームの同期を実現し、一貫したプレイヤーエクスペリエンスを維持するためには、チーム内での大幅な技術革新と協力が必要でした。
『Sky』で得られる感情体験の根底にあるもの
――世界中の人をつないで、ポジティブな感情体験をもたらすことがTGCの理念だと伺いました。『Sky』で目指された「ポジティブな感情体験」について、詳しく教えてください。
『Sky』では思いやりや優しさ、共感を呼び起こすような体験を創り出すことを目指しました。プレイヤー同士が助け合い、地理的、物理的な障壁を越えて、有意義なつながりを築けるようにゲームをデザインしました。
――プレイヤーにもたらす感情を設計するのは、ゲーム以外のメディアでも多数行われてきていますが、感情「体験」を設計できるのはゲームならではの強みだと考えます。「感情体験」を設計するうえで大切なことを教えてください。
ゲームにおけるエモーショナルな体験をデザインするには、人間の心理を深く理解し、物事の本質にこだわる必要があります。親しみやすいキャラクターやシナリオを作り、音楽やビジュアルを効果的に使い、プレイヤーが主体性やつながりを感じられるようなインタラクティブな要素を提供することが不可欠です。
――なぜ倒せない暗黒竜のようなキャラクターを作ったのでしょうか? 暗黒竜がプレイヤーにもたらす感情体験としての狙いを聞かせてください。
暗黒竜に赤いサーチライトでターゲッティングされたプレイヤー。このままでいると、数秒後に暗黒竜から突進されて大ダメージを受けてしまう。倒すことはできないため、基本的にはどこかに逃げ隠れるしかない
暗黒竜は、プレイヤーが倒すのではなく、回避しなければならない障害を表し、自分一人ひとりの小ささ、か弱さと畏怖の感覚を呼び起こすために創られました。『Sky』はプレイヤー同士がつながりを築くことを目指したゲームですが、つながりが生まれるには、心を開くきっかけが必要になります。暗黒竜のデザインはプレイヤー同士が協力、創造して解決策を見つけることを促しています。他者と感情を共有し、一体感を育んでもらえるように考えました。
――作成したゲームの仕組みが想定外の使われ方をしたケースはありますか? その結果、ポジティブではなく、ネガティブな感情を引き出してしまうなどの事象があったか、またその対策について教えてください。
ゲームの仕組みがネガティブな感情を引き出してしまうのは、それが想定外の使われ方をされたというよりも、その使い方を引き出してしまう仕組み自体に問題があると考えます。
例えばプレイヤー同士がフレンドになることを促すために、協力して開ける必要がある扉の先に良いアイテムを置いたことがありますが、結果多くのプレイヤーがその場限りのフレンドを作り、アイテムを入手した後は二度と交流をしないということが起きました。それは私たちが意図した結果ではありませんでしたが、その原因はフレンドシステムの使い方ではなく、友情に対してアイテムという安易な対価をおいてしまったデザインの方にあり、私たちにとって重要な学びとなりました。
自分が書いたメッセージを残せるキャンドルは、ベータ版ではネットの匿名掲示板のようなセンシティブワードが飛び交っていた。しかし、フレンドにだけは誰が書いたか名前が表示されるようになると、削除したがる人が急増。「人間性はシステムで左右される。いい悪いではなく、人間とはそういう生き物なのだ」とジェノヴァ・チェン氏は自らの講演で語っていた
ユニークなゲームを生み出してきたジェノヴァ・チェン氏が考える、これからの「感情体験」の設計
――昨今ではAIが人のように振る舞うことも増えてきました。「体験」を設計するうえで、「あらかじめプログラミングされたもの」と「生身の人間によるもの」とでは違いがあると感じていますか? 『Sky』のある重要なシーンで、プレイヤーが出会うのはNPCですが、それでも大きく感情が揺さぶられたのでお聞きしました。
確かに、事前にプログラムされた経験と、生身の人間が関わる体験には違いがあります。AIは物事を解決するための一般的な方法を参照する上では非常に有用です。しかし、アートと創作の領域においては、まだ誰も見たことがなく、かつ真に深い創造が求められます。例えば、『Sky』のある重要なシーンで出会うのはNPCではありますが、そのシーンの空間や物語は、共感及び自分自身を振り返る事を引き出して心を動かすことができるよう、生身のアーティストが自身の人生を反映させようと苦闘しもがいた末に生み出されたものです。
――先ほどの質問でお伺いした違いはAIが進化し、NPCが人間らしく振る舞えるようになると、プレイヤーとの関係性も変わってくると考えますか。
AIが進化するにつれて、プレイヤーとNPCのやり取りは、よりダイナミックでパーソナライズされたものになるでしょう。この進化はより深い感情的かつ繊細なコミュニケーションを生み出し、ゲーム体験全体を向上させる可能性を秘めています。ただそれには研究とツールの向上がまだまだ必要であるとも考えています。
――今後の『Sky』の展望を教えてください。
今後、『Sky』では新しいコンテンツや機能の追加、イベントによってゲームの世界を拡大していくことを計画しています。また、ゲームの中でプレイヤー自身がクリエイティビティを発揮できる機会を増やすなど、プレイヤー同士がより有意義につながれるようにすることを目指しています。
2024年7月に行われた「SkyFest2024」にて、ジェノヴァ・チェン氏(左)と金澤唯氏(右)。ホワイトボードに描かれているのは、ジェノヴァ・チェン氏による『Sky』の精霊と星の子
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ゲームメーカーズ編集。その他、ソーシャルゲーム、ボイスドラマ等のフリーのシナリオライターとしても活動中。突き抜けた世界観のゲームが好き。
『サガ・フロンティア』のアセルス編などのゲームを心のバイブルにして生きてます。