水谷 立氏
TGCのリードサウンドデザイナー兼ジャパンブランドリード。サウンドデザイナーとして、効果音の作成や実装を手がける。
ブランドリードとしては日本の市場に向けてTGCの作品を広めるためのイベントや企画を実施している。
田邊 裕一朗氏
ビジュアルデベロップメントリードとして、主に3D化前の2Dコンセプトを担当。
学生時代はインタラクティブメディアを専攻していた。
「Timeless」な作品を生み出すthatgamecompanyの理念
YouTube動画『Sky 星を紡ぐ子どもたち PC配信シネマティックトレーラー』
――TGCの作品には色褪せない独特な魅力があります。今回は過去の作品にも触れながら『Sky』の開発について聞いていきたいと思います。まずは『Sky』というゲームが生まれたきっかけを教えてください。
水谷:2013年から『Sky』の開発が立ち上がって、2017年にAppleのイベントで新作発表を行いました。そこからベータテストが始まり、2019年に正式ローンチとなりました。「全く新しいゲームを」というよりも「TGCの理念に沿って、よりその体験を広げていける作品を」というコンセプトで開発がスタートしています。まずはこの理念について説明します。
TGCの理念は「世界中の人々をつないでポジティブな感情体験をもたらすため、独自の技術と世界レベルの才能を掛け合わせ、古びることのない、世代を超えたエンターテイメントを作る」というものです。この「世界中の人々をつなぐ」というのは「どんな人でも遊ぶ・触れることができる」とも言い換えられます。
ゲームで遊ぶ人々は、普段使っている言語、年齢や性別、育ってきた文化・価値観によって好みや面白いと感じるものがそれぞれ違います。ですから、1つの作品で世界中の人々をつなぐというのはとてもチャレンジングな目標です。
――この理念はデビュー作から一貫しているのでしょうか。
水谷:そうです。新しい技術を取り入れることによって、世界中の人々を同じ感情体験につなぐという目標の規模を少しずつ広げています。
『風ノ旅ビト』は『Flowery』までと違って、初めてオンラインでのリアルタイムなマルチプレイ探索に挑戦した作品ではあるんですが、『Sky』ではそれをさらに広げて、もっと多い人数で、そしてゲーム専用機を持ってない人にも遊んでもらえるよう、スマートフォンを初めてプラットフォームに選びました。
田邊:『風ノ旅ビト』はたくさんの好意的な反響をいただきましたが、その中には「私のファミリーとも遊びたい」「パートナーにも遊ばせたい」という声も多かったんです。
――共通した理念に基づいた作品作りの中で生まれた『Sky』ですが、『Flowery』や『風ノ旅ビト』からビジュアルの面で引き継いだ部分や、変えていった部分はどのようなところでしょうか。
田邊:TGCの企業理念の中にもある「古びることのない」という要素ですが、これをは僕たちは「Timeless」と呼んでいます。いつの時代も古びることがなく、世代や性別、国籍を超えたエンターテイメントを目指すにあたって「ビジュアルはどうしようか」と僕たちもだいぶ考えました。
分かりやすいところで言えばキャラクターのデザインですね。『風ノ旅ビト』ではポジティブな感情体験を目指すため、あえて腕のないキャラクターをデザインしました。腕があると隣にいる人を押してしまうなど、その体験に意図していない動作を想起させてしまう可能性があると思ったからです。『風ノ旅ビト』のキャラクターは、こうした余計な要素を削いだ“引き算の哲学”から生まれました。
『Sky』でもキャラクターデザインは『風ノ旅ビト』に倣ってシンプルなものを目指しつつ試行錯誤しました。でも、どれもしっくりこなくて「そもそも私たちはこの作品をどういうゲームにしたいのか」と原点に立ち返って考えてみると、プレイヤーが童心に帰って空を飛んだり仲良く友達とつながったりというイメージが大きかったんです。じゃあそれを体現させるキャラクターは子供だろうということで、小さな子供のようなキャラクターデザインになりました。
子供のデザインには「弱い者たち」という意味もある。力を合わせることに意味を持たせるためのコンセプト
――確かに『Sky』は童心に帰れるゲームだなという印象を受けました。
田邊:ただ、子供のキャラクターにすることを決めてからもデザインの試行錯誤は続きました。例えば、髪の色は白で統一していますが、これは世代を超えた世界中の人たち誰もが自分を投影できるキャラクターを目指すために、特定の人種を想起させるような色をあえて省いたためです。
どの人種でも年をとったら最終的に白色の髪になっていくので、誰もが自分をオーバーラップできます。肌の色も同様で、特定の人種を想起させないよういろんな色を混ぜ、最終的にあんまり綺麗な色ではないんですが、くすんだ灰色になりました。
――ゲーム内には女性向け・男性向けだなと思うコスチュームもありますし、アロハ柄やサングラスなど現代的なアイテムも登場します。「性別を感じさせない」「世代を超える」デザインという点では今までどのような議論があったのでしょうか。
水谷:これは「性別や特定の国・時代を感じさせるデザインを用いない」ということを意味しているわけではありません。『Sky』では現実世界にあるさまざまなものからインスピレーションを受けてデザインに活かされることも多いです。
意図としては「それが今流行っているから、という理由だけで取り入れない」というのが近いかと思います。現代にあるものでも、末永く世の中に存在するであろうもの、好まれるであろうものから刺激を受けて、しかし現実世界のものを無理矢理持ちこむのではなく『Sky』の世界に存在する文化として新たに構築することを意識しています。
「女性向け・男性向け」「現代的」という感覚も絶対的な指標としてあるものではなく、その感じ方自体が時代や文化的背景によって変わると思います。あらゆる人が自分らしさを表現できると感じられるように、まだまだ不足しているところもあると思いますが、幅広いデザインを用意しようとしています。
――『風ノ旅ビト』を踏襲しつつ、コンセプトに沿うようキャラクターがデザインされていたんですね。キャラクターデザイン以外で継承した要素や大きな変化があった要素はありますか?
田邊:『風ノ旅ビト』では自分ともう1人のプレイヤーがつながる体験でしたが、『Sky』ではなるべく多くの人とつながる作品にしたかったんです。できればもっとたくさんの人とつながれるようにしたかったんですが、技術的な制限もあって8人まで(※)つながれるようになりました。
※ リリース時。現在はライブイベント会場など同時に1万人以上接続できる仕組みが開放されることもある。この仕組みを用いたゲーム内コンサートが2023年8月、「最も多くのユーザーが参加したコンサートがテーマの仮想空間」としてギネス世界記録™に認定された
『風ノ旅ビト』は1つのタイムラインでスタートから終わりまでプレイして完結するゲームでしたが、つながる人数が増えた『Sky』では何回でも帰ってこれる、何回でも遊べるゲームを目指したので作り方がだいぶ変わりました。
『Sky』のループ要素は『風ノ旅ビト』の反響が大きかったので似た感情体験を目指そうという考えはあったんですが、何回でも遊べる『風ノ旅ビト』はどんなものだろうという答が出せず、かなり苦労しました。最後の最後まで試行錯誤というか四苦八苦というか、 悩みに悩んで最終的に今の形に落ち着きました。あれが最適かどうかもわからないんですけど、皆さんからの反響を聞きながら、常に進化させていくのもライブゲームである『Sky』の特徴のひとつかなと思います。
水谷:明確な終わりがあって、そこで完結する形のゲーム体験にするかは開発中議論がありました。当時はスマートフォンでゲームを遊ばれる方がどんどん増えているタイミングで、ストーリーなどより深みのある体験がゲームへと導入されるようになってきた時期でもあったんです。繰り返し遊べる要素、長く遊び続けられるような要素や拡張性が、スマートフォンゲームにも取り入れられるようになっていったんですね。
――『Sky』には、何もない余白を感じる空間も多いと感じます。サービス開始時点で各エリアに要素を追加できる余地を残す設計をしていたのでしょうか?
田邊:最初から拡張を目的として世界をデザインした、というわけではないですね。ただ、『Sky』は最初から最後まで通してプレイしたときの感情体験のレンジを広げるため、各エリアに「こういう体験をして欲しい。そして次のレベルではこういう感情体験をして欲しい」と振り分けるようなデザインをしていたのが役に立ちました。
『Sky』における、場面ごとに感じてほしい感情曲線
もう少し詳しく説明すると、太陽が昇っては沈んでいく「1日のサイクル」と、人間が生まれて大きくなって年を取って死ぬまでの「人の一生のサイクル」。そして文明が興って滅んでいくまでの「文明の興亡のサイクル」と3つのテーマがあります。
「1日のサイクル」は「Dawn(夜明け)」「Day(日中)」「Rain(夕立)」「Sunset(夕焼け)」「Dusk(黄昏時)」「Night(夜)」。
「人の一生のサイクル」は「生まれたて」「幼少期」「思春期」「成熟期」「中年期」「晩年」。
「文明の興亡のサイクル」は「巨石期」「農耕期」「産業革命期」「絶頂期」「衰退期」「終末期」。
『Sky』の6つのエリア「孤島」「草原」「雨林」「峡谷」「捨てられた地」「書庫」はこの「1日のサイクル」「人の一生のサイクル」「文明の興亡のサイクル」の3つからそれぞれテーマを設定しています。
例えば「孤島」なら、「Dawn(夜明け)」「生まれたて」「巨石期」というテーマです。
『Sky』の6つのエリア。左から「孤島」「草原」「雨林」「峡谷」「捨てられた地」「書庫」
「1日のサイクル」とエリアの割り振り。感情曲線に合わせて時間帯を割り当て、太陽の位置でムードや色を決めている
「人の一生のサイクル」とエリアの割り振り。幼少期の草原エリアは丸みを帯びるなど、成長過程に合わせ、フォルムも変化している
「文明の興亡のサイクル」とエリアの割り振り。それぞれのエリアの文明水準に合った建造物が建てられている
このサイクルの振り分けを通して、感情体験はエリアに応じて大きく6つに分けられるなと気付いたんです。
新しいコンテンツでの体験のテーマを決める時も、この振り分けによって「この新しい体験はこのエリアに当てはまるな」と自然な拡張ができていると思います。
ゲームで出会う精霊はエリアのテーマに合わせた感情表現(エモート)をそれぞれ持っている。ちなみに各エリアの最後で出会う大精霊のデザインは、その成長過程から見た大人の姿を表現しているそうだ
感情表現と鳴き声――プレイヤーが使える2種類の非言語コミュニケーション
――『Sky』は感情表現(エモート)など、他のプレイヤーとのコミュニケーション方法に非常に特徴があるゲームだと思います。この仕組みがそもそもどういう経緯で生まれ、ゲームに落としこまれたのか過程を聞いてみたいです。
『Sky』でフレンドを作るには、アバターを見せることへの同意、フレンドになることへの同意が必要。チャットの開放やギフトの送付なども、スキルツリーならぬフレンドツリーを開放することに相手プレイヤーの同意が必要だ
田邊:僕たちのゲーム開発は「こういうものを作る設計書があって、この通りに作ります」というフローでは成り立ちません。『Sky』の開発を始めた当時は少人数だったのもあり、何かを実装したいと思ったらそれをとりあえずゲームに落としこんでみて、それをみんなでプレイテストをして、目指していた感情体験ができたかを確認していました。
水谷:だからすごく時間がかかるんです。
田邊:そうなんです。でも、僕は1つすごく印象に残ってる体験があって。“手をつなぐ”という感情表現のアイデアをデザイナーとエンジニアが実装してくれた時のことです。キャラクターがてててっと歩いていって、もう1人のキャラクターの手をぱっとつないだ瞬間、それをスクリーンで見ていたスタッフ全員が自然と立ち上がって拍手をしたんです。
「ああ、これだ!」とイメージが全員で共有できた瞬間でした。
『Sky』で手をつなぐ場面。相手プレイヤーには手をつなごうとしている旨を表すアイコンが表示され、相手プレイヤーがアイコンをタップして同意すると手をつなげる
――手つなぎに関しては、手を差し出すときの音も温かみがあって素敵ですね。
水谷:『Sky』は複数人で同時にプレイし、言葉を使わずにコミュニケーションや意志疎通を図る必要があるので「音」はすごく重要なツールになると感じていました。
プレイヤーはこのゲームの世界で、物を触ってちょっとずつ、時には失敗もしながら使い方を学び、目的やルールを理解します。「あなたの目的はこうです」と言葉で説明されるのではなく、プレイヤー自身が試行錯誤しながら見つけていくため、音でゲーム内の情報をきちんとプレイヤーに伝えることが重要だったんです。
『Sky』では「音」はプレイヤー同士のコミュニケーションツールであり、ゲームの情報を伝えるための手段でもあるということをすごく意識してサウンドデザインをしていました。
――サウンドとコミュニケーションに関しては、自分のキャラクターをタップした際に発せられるプレイヤーの鳴き声だけで、ある程度のコミュニケーションが取れるのも印象的です。
プレイヤーの鳴き声。タップとロングタップでアニメーションやゲーム内での効果が変わる
水谷:思想としてはかなりの部分で前作の『風ノ旅ビト』の鳴き声を踏襲している形になっていますが、『Sky』では複数のプレイヤー間できちんとコミュニケーションを取るためのツールとして考え直したところがあります。
『Sky』のプレイヤーの初期ボイスは楽器のような「ポーっ」という音で、この音自体は意味を持ちません。田邊から「プレイヤーの分身となるアバターはどこか特定の国籍や人種を象徴したりするようなものではない」という話もありましたが、これはサウンドにおいてもそうなんです。プレイヤーの鳴き声がそもそも特定の意味や言語的な特徴を表すものにはならず、現実のプレイヤーの文化的な背景、言語的な知識に基づかないツールにしようと意図して設計しました。
意味を持たないことを全員が認識している状態のコミュニケーションの場では、言葉の裏や行間を読むというような、言葉があるがゆえに発生してしまう邪推や、相手に意図が伝わっただろうと過信してしまうような齟齬が起こりません。限定された表現の中でコミュニケーションを、意思疎通をしようと鳴き声の回数を多くしてみたり、あるいは少し溜めてから声を出してみたり、場面と画面の情報からその人がどういう意図で鳴き声を発してるのかプレイヤーが読み取ろうとすることで、他のプレイヤーとのつながりを生み出したいと考えています。
――感情表現と鳴き声はどちらもプレイヤーが使える非言語コミュニケーションですが、違いはどこにあると考えていますか。
水谷:鳴き声によるコミュニケーションはそれ自体には意味がなくて、文脈や背景からプレイヤー自身が意味を作っていくところがあるんですけれども、感情表現はそれに比べるとある程度は意味があるといいますか「こういう感情を表現するものとして使ってほしい」という意図が設定されています。
ただ、制作した側が意図した感情表現の場面で必ずしも使われていないケースも多々あってですね、それがまた面白いんです。こちらがリリースしたものがいろいろな受け取り方をされて使い方の可能性がいろいろ広がっていく現象が起こっていて、興味深いです。
――予想外な使われ方をした例として印象的なものはありますか?
水谷:例えば日本語の「すいません」はそもそも多義的な言葉ですが、ゲーム内の「おじぎ」動作も同様にプレイヤーによって使い方が違いますね。「ありがとう」の意味で使う人もいれば「ごめんなさい」として使う人もいますし、あるいは「さようなら」の意味もありますし、反対に「こんにちは」として出会いの時に使うプレイヤーも見られます。
先ほどの鳴き声とちょっと近い話になると思うんですけれども、必ずしも意味や状況を指定・限定はしていない感情表現を世界中から集まっているプレイヤーが使うと、それを使っている意図を汲み取りながらコミュニケーションが成立しているという状況が出てきているようです。
――なるほど。手を合わせて祈るポーズなど「これって世界共通なのかな」と思うような動作もありますが、特定の意味で使われなくても良いという設計なんですね。
水谷:そうですね。世界共通の限定されたものとして使ってほしいというよりも、これをコミュニケーションの道具の1つとして使ってほしいと思います。コミュニティーの中で何か新しいブームとかトレンドみたいなの使い方を発見してもらったり作ってもらえたりすると嬉しいです。
――『Sky』では、なぜ非言語コミュニケーションからコミュニケーションが始まるのでしょうか。
水谷:限定されたコミュニケーションツールを用いることによって、プレイヤーは相手の気持ちや感情、相手が困っていて助けてほしい状況にあるということを思いやって読み取ろうとします。そうプレイヤーを促したいという意図から、あのデザインになっています。
あくまで個人的な考え方になりますが、コミュニケーションにおいて「こちらが意図した通りにそのまま伝わること」は当たり前でもなんでもなく、伝えようと最善を尽くしたとしても伝わらないことはままあります。その中で、言葉でも態度でも使えるツールを尽くしてなんとか伝えようとする、そして相手もその意図を汲み取ろうと心を寄せる、それでも意図しない解釈が生まれることがある。それら全て含めてがコミュニケーションの面白さだと思います。コミュニケーションに限らず、基本的には思い通りにならない中で予期できないカオスを楽しむ、という考え方です。
「語らずに示す」ために緻密に組み上げるアートデザイン
――意図を読み取るといえば、『Sky』では言葉を使わなくても画面内の情報だけで、これからすべきことが読み取りやすいとも感じました。
田邊:僕たちアート・ビジュアル担当はプレイヤーとして見る視点をすごく大事にしていて、ビジュアルをデザインする際にもゲームデザイン思考というか、「この場面でプレイヤーに何をさせたいのか」をビジュアルで伝えられるように意識して作っています。
ただ、ビジュアルで促しはするんですが「これをしないといけない」という制約はつけたくないんです。制約はしないけどサジェストすると言いますか、基本的に「語らずに示す」ところを目指しているので、1つの画面の中で自然に促されるところがあったら嬉しいですね。
キャラクターデザインでもありましたが“引き算の哲学”は他の分野でも意識しているところではあって、例えばアートだと「あれも足してこれも足して」と綺麗に楽しくいろいろ付け加えたくなるんですけど、僕たちの思考では「ここに花を乗せると綺麗だけど、初めてこのエリアに到着した時に見る景色として体験の邪魔になるのか、あるいは体験をサポートできるのか」を意識しています。なくても体験が成立するものならなくてもいい、という極端な引き算でやっていくと、なんとなく体験させたいものに近づけるのかなと。
――目標地点へのルートもどちらを目指せばいいのか、なんとなく進むべき方向が分かるように思います。これも視覚的なデザインによるものなのでしょうか。
田邊:そうですね。基本的に人は暗い所にいると明るい方へ出たがるので明かりを利用するなどしています。ただ、ここも試行錯誤したところでして、特に雨林では迷って出られなくなるプレイヤーの方も多かったので、ちょっとずつ調整しています。
注意しているポイントとしては、レベルをビジュアル化した時に「よしできた」と思ったら一度180度後ろを向いてみるテストをしています。場面によっては一生懸命作りこんで完成したと思っていても、中央に立って後ろを向いてみると前を向いたときと同じ印象のシーンになってしまって、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうことがあるんです。
そこで、印象付けるものを手前に置くなどして方向を示したり、奥に行くほど徐々に明るくなっていくなどのグラデーションを加えたりしています。いろいろと特性の違うエリアがあるので、全部が同じルールでは設計できないんですが、雨林に関しては神殿という1番明るい光源があって、そこにだんだん近づいていくようには設計しています。
雨林の前半のエリア。前を向いている際の景色(左)とその反対側の景色(右)
雨林のゴール目前のエリア。かなり全体が明るくなっているが、前を向いたとき(左)と後ろを向いたとき(右)では印象が異なるように設計されている
言語コミュニケーションと非言語コミュニケーションの使い分け
――『Sky』では、フレンドになったプレイヤーとチャットも可能です。チャットのような言語コミュニケーションは『Sky』でどのように位置づけられているのでしょう。
水谷:チャット機能は導入するかどうかについてさまざまな議論がありました。これはチームの考えというより個人的な考え方にはなるんですが、チャットで会話を楽しむのは遊び方の1つとしてもちろん大いに良いと思うんですが、言葉を使ってコミュニケーションをすることが必ずしもコミュニケーションをリッチにするわけではないと思うんです。
例えば、メッセージを受け取った時に「これは本当はどういう気持ちで言ってるんだろう」とか、「こういうふうに読み取れるけど、一体この人はどういう意図でこれを発したんだろう」とか、必ずしもポジティブではない意味でコミュニケーションが複雑になることがあります。
今も言葉を使ってインタビューという形でコミュニケーションをしていますが、言葉というものは感情や思念・思考をいつも100%置き換えられる・体現できるものではないと考えていますし、実際に「本当はこういう気持ちを伝えたかったのに、なんか言葉にすると自分の気持ちに100%しっくりこない」と感じてしまうことはよくあるじゃないですか。そういう“揺らぎ”を 私たちは現実世界で知っています。
――たしかにチャットになるとかえって上手く話せなくなることがあります。「語らずに示す」というお話もありましたが、人とのコミュニケーションでなく情報を提示する場面での言語と非言語はどう使い分けているのでしょうか。
田邊:これについては初期段階からはっきりしていて、世界中のどの国の方でも楽しめるゲームにしたいという思いから「ゲーム体験そのものには言葉は使わない」ことにしています。ただ、ゲームを進行するにあたってどうしてもコミュニケーションしておかないと差し支えがあるような、例えばチュートリアルなど世界観に絡まないゲームのシステム的な説明には言葉を使うようにはしています。
最近はゲーム内にも言葉が追加されてきていて、そのきっかけのひとつは『星の王子さま』とのコラボレーションでした。『星の王子さま』は小説、つまり言葉を使う作品なので、さすがに言葉による表現が必要でした。
ただ、今でも基本的に使わないで済むのであれば言葉は使いません。この「使わないで済むのであればなるべく使いたくない」はビジュアルでもそうですし、いろんな要素に当てはまりますね。
――チュートリアルについて、昨年新たに「花鳥郷」というチュートリアルエリアが追加されましたが、やはり言葉を使わないと難しい場面があったということでしょうか。
田邊:そうですね。特に最近のアップデートで追加しているものはベータテストや実際のプレイヤーからのフィードバックで、どうしても伝わらなくて混乱を生んでしまっているというデータがある部分を改善するために入れています。
加えて、もう結構長くライブでやらせてもらっているゲームなので 新しい機能やゲームプレイ要素を実装していくとシステムがどんどん複雑化していくんですよね。もう何年も遊んでくださっているプレイヤーにとってはもう当たり前の作業でも、今日初めてプレイを始めた方にはすごくわかりにくいシステムも結構あるので、そういうものを説明するためには 言葉を使わざるを得ないかなというところです。
「花鳥郷」はゲームの楽しみ方を伝える、プレイヤーが一番初めに訪れるエリアになった
――そうすると、新エリアのベータテストには初期ユーザーだけでなく、初心者も参加しているということでしょうか。
田邊:そうですね。細かな数字やタイミングは分かりませんが、都度新しく参加していただいています。「花鳥郷」は、全く『Sky』を遊んだことのないプレイヤーも含めた別のプレイテスト環境を作って、いろんな方たちからいただいたフィードバックを考慮しながら作っています。
異なる文化圏で使われるジェスチャーの選定方法
――感情表現はかなりのバリエーションがありますが、感情表現に用いられるジェスチャーは国によって意味が違うなど難しい要素でもあると思います。選定や調整の段階でどのように注意を払っているでしょうか。
田邊:難しい問題ではありますが、まずチームのメンバーには会社の理念に感化されて入ってきている人間が多いので、社員全体に「国籍や人種、性別に偏らず全員に遊んでもらえるものを作りたい」という思いが浸透しているというのがありますね。
例えば何かを実装した時には部署を超えてレビューがあるんですが、その際にも「この文化では受け入れられてるのかな」「こういう人たちから見たら攻撃的だよね」という視点で考える意識は高い方だと思っています。例えば新しいシーズンのコンテンツを作る場合でも、アートチームだけではなくいろんな部署の人たちが集まって、さまざまな視点から意見をシェアできる会が定期的に行われています。
――他部署からの意見で初めて気が付いた例で印象的なものはありますか。
田邊:最近ではAURORA(ノルウェーのシンガーソングライター)とのコラボで拍手をする感情表現を作った時に「音が聞こえない人にとって拍手ってなんだろう」という意見が挙がって、手話の拍手が実装されたことがありましたね。
チーム内でも結構いろんな文化の人たちが集まっているとは思っているんですが、なかなか全部の文化を網羅するというのは難しいので、どこまで完全にカバーできているのかは正直わかりません。ただ、おかげさまで『Sky』もグローバルにリリースができて世界のさまざまな地域の方に遊んでいただいてるので、各国を担当する部署からのフィードバックも反映されるようになりました。
水谷:ここはTGCの面白い部分だと思いますが、そもそもいろいろな文化的な背景を持ったメンバーが世界中から集まっているので、チーム内でもの作りをしている段階でさまざまな価値観で物事を多角的に見ることができるというのが1つ大きな特徴になっています。
『Sky』を運営していく中では一般のプレイヤーの方々に遊んでいただく前の段階ですごく積極的に協力をしてくださるベータプレイヤーさんの力も大きいです。ベータでテストをしてみて、そこで上がってくる意見を反映して、最終的にライブ版へリリースしていく流れになるので、意見を取り入れる段階は複数設定されています。
実体験が生み出す感触を大事にして生まれる『Sky』のプロトタイプ
――お話を聞いていても本当に『Sky』のコミュニケーション方法はユニークだと感じます。開発する際、皆さんはどういう部分を大事にしているのでしょうか。
水谷:サウンドをデザインするときは必ず2つの視点を同時に持つようにしていて、ひとつは「プレイヤーはこれをどう受け取るだろうか」という視点です。プレイヤーはこの音をどう使うだろうか、他のプレイヤーがこの音を出している時に聞いてどう思うだろうか、あるいは一斉に大勢のプレイヤーがこの音を使ったらどういう印象を受けるだろうか。など、プレイヤーから見た感じ方や受け取り方は常に意識してデザインするようにはしています。
そしてもう1つの視点は「その音を聞いたときに自分がワクワクするだろうか」というものです。プレイヤーの方々に高く評価していただける、喜んでいただけるような音のデザインっていうものは、思い返してみると作ってる最中の自分もなんだか楽しいものが多いなと。
もちろん考えてる時はすごく辛い思いをしたり、何度もやり直したりして苦しい思いをしてることもあるんですけれども、完成した時にすごく達成感や満足感があるものっていうのは、プレイヤーの皆さんにも喜んでもらえる可能性が高いと感じています。逆に、最後まで迷いを残したまま作ってしまったような場合は、やはりその後にこれはちょっと違う、変えた方がいいっていうような声をいただくこともありますね。
――コミュニケーションやゲームメカニクス以外の要素で意識していることにはどのようなことがありますか。
水谷:自分が担当しているオーディオデザインという領域は、アートやシナリオの「次」の工程になります。
プロトタイプは、開発中ずっと作り続けられる。とにかくまずは実際に体験してみるという作業を繰り返す
アーティストやシナリオライターは、感情を揺り動かすという目的に沿って世界を組み立てていくので、同じ目的を持つこと、つまり効果音が単にゲーム内の情報を伝えるためだけにあるのではなく、まして「なんとなくカッコいい」というような漫然とした理由で鳴らされるのでもなく、一つ一つがどう感情を揺り動かすのか、場面の中で明確に表現したい感情の方向性が定まっている時にどうそれを補うのか、を考えてデザインを行っています。それによって世界観をより深めることができていればと願っています。
――プロトタイプを作ってみて検証するというお話がありましたが、サウンドやアートはその段階でどこまで作りこむのでしょうか。特に『Sky』はアートやサウンドも含めて全体で完成するような印象がありますが。
水谷:手触りや感情のフィードバックがきちんと返ってくるゲームシステムになっているかを確認したい場合は、なるべくプロトタイプの段階でも、その段階の形に対して、あるいはその目指そうとしている形を想定して音をつけるっていうことは結構あります。
ただ、 これは個人的な話ですが、プロトタイプ自体がうまくいかないとキャンセルされてしまって、そのプロトタイプのために作った音がそのまま捨てられてしまうことはすごく悲しいです。できればプロトタイプの段階では音はあんまり作りこみたくないなという気持ちもありますが、きちんとフィードバックを確かめるためにはテストの目的に沿った形で完成度を上げて音を入れるべきですし、2つの気持ちがせめぎ合いながらやっています。
田邊:担当するゲームデザイナーの趣向によってちょっと作り方が変わったりもするんですけれども、うちは特殊だと思います。もちろん楽しいゲームにはしたいんですけれども、重きを置いてるのは感情体験なんです。そして、その感情体験はグレーボックスでは表現しきれないところがあって、ある程度は色や空間、音楽も漠然とでもいいんですが形になってないと成り立たないんです。
感情体験の設計は、軸となる感情を一枚のコンセプト図に落としこむところから始まる
次に、エリアのテーマと感情曲線に沿った流れを決める。峡谷エリアは感情が最も高まるエリアとして設計されていることがわかる
最後に、ストーリーとゲームデザインを照らし合わせる
やっぱりいろんな部署のそれぞれの仕事が重なって初めて1つの感情体験として認められるので、それぞれが最初の段階からオーバーラップして、音楽やカメラのフローまで作りこんで、やっと「これだ」というものができるんです。その「これだ」という状態にいくまでのシステムというかフレームワークは存在しないんですよね。前と同じようにやっているのに全然ハマらない時もあって、最初の時点で掴める時もあれば最後の最後に音が入ってやっと見つかる時もあって難しいですね。
よく「ビジュアルとゲームデザインとか融合している」と評価していただいて、どうやってそれを設計するんだと聞かれることもあるんですけど、多分同時にやっているからだと思います。それがうまく重なるまで何度も作り直すので、たまたまといったらおかしいですが、最初から設計に沿って作っていくのではなく、それぞれが試行錯誤しながら「これだったんだ」というものを見つけるプロセスになっています。
――メンバーが持っているものを持ち寄って作りあげていくようなイメージですね。
田邊:そうですね。特に最初の頃は少人数でプロデューサーもいなかったので、それぞれが独立したクリエイターとして独立したアイデアを詰めこんで、実際に自分たちが体験してみて調整していく流れでした。今は『Sky』もリリースされてからだいぶ経ったので計画的になりましたけど、一番初めの生まれてくる過程は結構オーガニックでしたね。
――オーガニックというのは面白い表現ですが、ぴったりの言い回しですね。最後に、TGCのような独創的なゲームデザインやアーティスティックな世界観を作りたいというクリエイターの方や、若手、後続のクリエイターに向けて方法論などのアドバイスをお願いします。
田邊:やっぱり実体験が元になってることは説得力がありますよね。 TGCのプロセスで言えば、作りたいものは最後まで自分で作ることが大事になりますので、アイデアをアイデアだけで終わらせず、形にして体験できる状態に自ら持っていくことが求められます。
いいアイデアはみんな持ってると思うんですけれど、それをいかに共有できる形にするかっていうのが大事で、その時に実体験があればすごく説得力が高くなります。同じ形をデザインするにしても、色をデザインするにしても、絵からは感じない臭いだったり体温だったり感触だったりを醸し出すためには実体験が必要です。自分の経験は大事ですし、それをみんなに共有できる形に落としこむ力も身につけると役に立ちます。
――ありがとうございます。水谷さんはいかがでしょうか。
水谷:普段暮らしている世界のいろんな細かな現象、例えば自然とか生き物とか、動きとか、それらを意識する時間を設けてみてほしいなと思います。いろんなゲームを遊んでほしいとか、さまざまな作品に触れてほしいとか、さまざまな音楽を聴いてほしいとかももちろんあるとは思うんですけれども、実際にゲームのサウンド制作で何が役立つかっていうと「コップを指で叩いた時ってどんな音がするんだろう」「木のテーブルに置いた時ならどんな音がするだろう」っていう、細かな自分自身と世界とのインタラクションから得られる感触なんです。そこに興味を持ってほしいなと思いますね。
ゲームの音を作ってる時でも、そのものが手元にあれば再現はできますけど、例えば「氷を噛み砕いたときの音」を、氷が手元にない状態でも作らないといけないこともあります。でも、氷を噛み砕く瞬間、飴をかじる瞬間みたいなものは、生活のどこかで必ず見たことありますよね。その時にどんな感触で砕けて、どんな音が響いて、どんな温度や質感で、トゲトゲした感じだったのかツルツルした感じだったのかっていうものを感じる機会を生活の中で増やしてほしいんです。そればっかり24時間やってるとちょっとしんどくなっちゃうと思うんですけれども、そうした意識が制作のヒントや引き出しにつながっていくと思います。
傘を差すと、雨が傘に当たる音に変わる。聞いたことのあるその音は、記憶の中でどのように響いているだろうか
『Sky 星を紡ぐ子どもたち』ストアページthatgamecompany 公式サイト
『風ノ旅ビト』
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Conversion development by Inline Assembly Ltd. Published by Annapurna Interactive.
『Sky 星を紡ぐ子どもたち』
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大阪生まれ大阪育ちのフリーライター。イベントやeスポーツシーンを取材したり懐ゲー回顧記事をコソコソ作ったり、時には大会にキャスターとして出演したりと、ゲーム周りで幅広く活動中。
ゲームとスポーツ観戦を趣味に、日々ゲームをクリアしては「このゲームの何が自分に刺さったんだろう」と考察してはニヤニヤしている。