IGDA日本(国際ゲーム開発者協会日本)による「GDC参加報告会」が、2023年4月9日(日)にウェビナー形式で開催されました。登壇したのは西川 善司氏、南治 一徳氏、德岡 マサトシ氏、三宅 陽一郎氏。人体にまつわるゲームグラフィック、LDゲームのポストモーテム、アナログゲームのゲームデザイン、ゲームAIなど、それぞれの視点からGDCについて報告がありました。
TEXT / 田端 秀輝
EDIT / 酒井 理恵、神山 大輝
目次
Game Developers Conference (GDC)とは?
『Game Developers Conference (GDC)』は、1988年にゲームデザイナーのChris Crawford氏の非公式な集まりから始まった、ゲーム開発者・関係者を対象とした国際的なカンファレンスです。講演やパネルディスカッションだけでなくEXPO(展示)エリアもあり、開発者のネットワーキングやリクルーティングの場としても活用されています。
例年アメリカにて開催されるGDCですが、2020年、2021年は新型コロナウイルスの流行によってオンライン開催となりました。しかし、2022年のハイブリッド開催を経て、2023年は無事現地での開催を果たし、日本からの来場者も少しずつ戻ってきています。
IGDA日本が行う「GDC参加報告会」
IGDA日本では、GDCが終わった後に現地参加者による参加報告会を実施しています。今年は西川 善司氏、南治 一徳氏、德岡 マサトシ氏、三宅 陽一郎氏の4名が登壇し、各々が関心を持つ分野について、会場の雰囲気を交えながら報告が行われました。報告会の様子はIGDA JapanのYouTubeチャンネルで公開されています。
報告会の冒頭では司会を務める小野 憲史氏が挨拶。以前と比較して、現在は動画の書き起こし字幕や翻訳ソフトを活用することで、講演資料が集まるGDC VaultやGDCのYouTubeチャンネルに公開された情報を日本語で入手することが容易になったと述べました。小野氏は今回の登壇者の報告から自分なりにキーワードをみつけ、自ら情報を収集する上でのきっかけづくりとしてほしいとコメントしています。
西川 善司氏:筋肉や瞳のよりリアルな表現に挑んだグラフィックセッション
最初に登壇したのは、ゲームメーカーズでもお馴染みの西川 善司氏。
西川氏が紹介したのは『God of War Ragnarök』のグラフィックに関する「Joint-Based Skin Deformation in ‘God of War Ragnarök’」というセッションです。
3Dモデルの人型キャラクターを動かす際、ボーンと連動してポリゴンモデルの表皮も動きます。しかし、ガッツポーズを取った時など、人間の手足が大きく曲がると不自然に感じます。この講演では、その理由を筋肉のシミュレーションができていないからと仮定し、ボーンだけでなく、ボーンとボーンをつなげる筋肉のリギングについて考えています。
解剖学的な着目はしつつ、正確なシミュレーションではなくゲームグラフィック的に不自然がないよう簡略化して実装。筋肉が縮むと体積としては膨らみ、伸びると小さくなるという表現を筋肉用のボーンを仕込むことで制御したそうです。
続いて西川氏が紹介したのは、サバイバルホラーゲーム『The Callisto Protocol』に関する「The Character Rendering Art of ‘The Callisto Protocol’」というセッション。
人間の肌は光が入ると肌の下で散乱し、肌の外に出ていく「皮下散乱現象」を起こします。これを表現するにあたり、Screen Space Subsurface Scattering(SSSS)という技法はどのように光が出ていくかのプロファイルを作成し、ぼかすようにすることで透明感のある肌を実現します。このセッションでは、さらにそのリアリティを追求しています。
シャボン玉や水たまりの油は表面の細かい溝が光の波長に近く、干渉を起こします。これにより波長が変わるのが、シャボン玉や水たまりの油が虹色に見える理由です。膜のように涙で覆われた眼球や表面に脂がついた肌でも、光が当たった時は同じことが起きているそうです。
『The Callisto Protocol』では現在のGPU性能でこれを実現するために、場合分けを行って擬似的な表現を用いたとのことです。
南治 一徳氏:LDゲームのポストモーテムに見る、ゲームの歴史
続いて発表を行ったのは『どこでもいっしょ』シリーズなどの開発で知られるビサイドの南治 一徳氏。
GDCは最新テクノロジーの話だけではなく、過去の作品のポストモーテムや展示など、ゲームの歴史を感じられる場でもあります。南治氏は「GDCでゲームの歴史!? 最新技術だけではないGDCの話」というテーマで『Us vs. Them』というレーザーディスクゲームのポストモーテムセッション「’Us vs. Them’ and the LaserDisc Debacle of 1984」などの報告を行いました。
レーザーディスク(以下、LD)は直径30cmの映像や音声が再生できる光学ディスクのことで、日本でも1980〜90年代に高品質な映像を求める映画・アニメマニア層を中心に展開されました。
1980年代にはLDを使ったゲームが登場。LDゲームには、操作すると展開に合わせたアニメーション映像を再生させるタイプ(下記画像左上)と、LDの映像を背景に使いゲーム部分はオーバーレイで動かすタイプ(下記画像右下)の2つのパターンがあったそうです。
このセッションの登壇者Warren Davis氏は『Us vs. Them』というシューティングゲームを開発。ヘリコプターを使った空撮で背景を撮影し、南治氏いわく「B級感あふれる」ドラマパートも収録していきます。
スケジュール遅延ゆえステージを減らすなどの対応をしつつ、アップライト筐体でゲームは完成しました。
『Us vs. Them』のゲーム自体の評判は良かったようです。しかし、LDは高価であったのに加え開発費がかかりました。また、熱やホコリに弱く、筐体が乱暴に扱われた時にディスクが外れてしまうなどの理由で稼働時間が減り収益が下がってしまう問題やゲーム性にも乏しいという問題がありました。こうした様々な理由からLDゲームは逆風を受け、スタジオは閉鎖してしまったそうです。
德岡 マサトシ氏:アナログゲームのゲームデザインの応用と紹介できない必聴講演
ゲームジャーナリストでありシナリオライターでもある德岡 マサトシ氏のパートは「Game Narrative Summit: The Best and Most Stealable Mechanics from Tabletop RPGs」の紹介から始まりました。内容はアナログゲームからコンピューターゲームに応用できるゲームデザインです。
「クトゥルフ神話」がモチーフのTRPG『クトゥルフ神話TRPG』に登場する正気度のパラメーター、いわゆるSAN値。このSAN値を自分から率先して削ると力を得る、という要素があるインディーのTRPGがあるそうです。また『The Darkest Dungeon』はSAN値的な要素をコンピューターゲームに取り込んでいます。
また、TRPGのシステムでは、キャラクターの性格とゲーム内のパラメーターをバラバラに設計するのではなく、性格にあわせてゲーム内の行動にボーナスを与えます。このシステムも、コンピューターゲームに活用しやすいのではないかという話題も挙がりました。
『DREAD』というホラーTRPGでは、判定をジェンガで行うというギミックがあり、失敗するとキャラクターは全滅するというシステムがあるそうです。「野蛮」ともいえるこのシステムはプレイヤー側にゲームを「ぶっ壊す」権利が与えられている、つまりゲームを劇的に変化させる仕組みをゲームメカニクスの内側に持たせている点が重要だと指摘。ジェンガ判定システムであれば、文字通り「テーブルをひっくり返す」ことで、プレイヤーが意図的にゲームの展開を変化させられます。
この考え方もコンピューターゲームに応用できます。ステルスゲームでは、敵に見つかるまでは慎重に慎重を重ねて行動をするという「溜め込む」フェーズから、敵に見つかった後は力押しで敵を倒していく「解放する」フェーズへの変化があります。このような劇的な変化はゲームを盛り上げやすいということです。
徳岡氏が「ゲーム関係者ならば絶対に聞くべき講演」として紹介したのが「Mitigating Harm in Design: Extremism and the Gamification of Violence」。ゲームの暴力表現規制の歴史と、現実勢力の過激主義への対抗に関連するセッション(※)です。
内容を切り取られて伝わるのは避けたいということで、GDC Valut、またはGDCのYouTubeチャンネルで無料で公開されたならば直接フルで見てほしいと徳岡氏は強調しました。
三宅 陽一郎氏:「GDC2023」に見るAI技術動向
IGDA日本 SIG-AIのチェアでありゲームAI開発者の三宅 陽一郎氏は「GDC2023 AI技術動向」と題する報告を行いました。
冒頭では三宅氏視点での今年のGDCの動向を報告。コロナ禍を経て新しいオンラインでのコミュニケーションツールを使用することが日常的になった中、新しいプラットフォームやゲームサービスもまた展開されようとしていると、メタバース・NFT・Web3・Generative AIといったキーワードを挙げながら述べました。
「ゲームからメタバースへ」という流れで取り上げられたのは『Fortnite』に新たに導入されたクリエイティブツール「Unreal Editor For Fortnite(UEFN)」です。
オンラインゲーム作成・共有プラットフォームである『Roblox』もメタバース文脈で語られました。その中でGenerative AIを活用してユーザーが簡単にものを作れるようになると、UGC(※)系メタバースも盛り上がるというセッション「AI Summit: Advancing Content Creation with Generative AI」が行われました。
※ User Generated Content。一般ユーザーが制作したコンテンツ
Generative AI on #ROBLOX examples from #GDC2023 pic.twitter.com/dPFOLX7Nd9
— Morgan McGuire (@CasualEffects) March 20, 2023
機械学習に関しては、現時点では、ゲーム中にランタイムで走らせるには不安定ではあるものの、開発工程で使用する事例が出てきています。
開発工程における機械学習に関しては、レースゲームにおけるNPCの挙動、ダンジョンなどのコンテンツの自動生成、マルチエージェントの学習、自社のゲームエンジンに組み込みコンテンツを生成させるといったセッションが話題にあがりました。
Generative AIについては、技術的には可能でも学習させる画像のライセンスの問題から、大規模なタイトルではなかなか組み込めないといいます。一方で、インディーシーンではすぐに導入されるだろうと三宅氏は予想しています。
「Machine Learning Summit: GPT-3 Powered Text to Lifelike Speech and Animation for NPCs」というセッションでは、Nuverseが『アース:リバイバル』でGPT-3を組み込み、会話やアニメーションを生成させたという発表が行われました。また、関連事項としてChatGPTとStable Diffusionを用いて登場人物の会話を生成させた『Tales of Syn』の話題も三宅氏からあがりました。
セッションの紹介のほかにも、各人が会場周辺の食事や宿泊、託児所事情について触れていました。
また、徳岡氏がラウンドテーブル参加のアドバイスを、三宅氏が参加者同士のコミュニケーションの方法の工夫について話す場面もありました。GDC Vaultによって講演内容が把握しやすくなった今でも、現地参加のメリットは大きいと語られました。
なお、IGDA日本の専門部会「SIG-Audio」によるGDCの報告会も近日中に予定されているとのこと。「SIG-Audio」によるGDCの報告会は2019年以来の開催です。ゲームサウンドに興味のある方は、ぜひ参加検討をしてみてください。
『GDC2023 参加報告会』IGDA日本 YouTubeチャンネル『Game Developers Conference (GDC)』公式サイト『GDC Vault』公式サイト関連記事
注目記事ランキング
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
連載・特集ピックアップ
西川善司が語る“ゲームの仕組み”の記事をまとめました。
Blenderを初めて使う人に向けたチュートリアル記事。モデル制作からUE5へのインポートまで幅広く解説。
アークライトの野澤 邦仁(のざわ くにひと)氏が、ボードゲームの企画から制作・出展方法まで解説。
ゲーム制作の定番ツールやイベント情報をまとめました。
東京ゲームショウ2024で展示された作品のプレイレポートやインタビューをまとめました。
CEDEC2024で行われた講演レポートをまとめました。
BitSummitで展示された作品のプレイレポートをまとめました。
ゲームメーカーズ スクランブル2024で行われた講演のアーカイブ動画・スライドをまとめました。
CEDEC2023で行われた講演レポートをまとめました。
東京ゲームショウ2023で展示された作品のプレイレポートやインタビューをまとめました。
UNREAL FEST 2023で行われた講演レポートをまとめました。
BitSummitで展示された作品のプレイレポートをまとめました。
ゲームメーカーズ スクランブルで行われた講演のアーカイブ動画・スライドをまとめました。
UNREAL FEST 2022で行われた講演レポートやインタビューをまとめました。
CEDEC2022で行われた講演レポートをまとめました。
今日の用語
被写界深度(DOF)
- Depth of Field(DOF)とも呼ばれる。カメラの焦点(ピント)があっているように見える範囲のこと。
- 3DCGにおいて、1をシミュレーションするエフェクト。注目させたい部分に焦点を合わせ、それ以外の部分をぼかすことができる。ゲームの開発現場においては、ボケ自体のことを示すことが多い。