国内最大規模のゲーム業界カンファレンス「CEDEC 2022」が、2022年8月23日(火)から8月25日(木)までの日程で開催されました。最終日となる8月25日には、フリーランスのテクニカルオーディオデザイナー 木幡 周治氏が登壇し、「テクニカルオーディオデザイナーの世界」と題した講演が行われました。まだまだゲーム業界でも聞き慣れない「テクニカルオーディオデザイナー」とはどのような仕事で、なぜそれが今多くの場面で必要とされているのかを紐解く本講演をレポートします。
TEXT / じーくどらむす
EDIT / 神山 大輝
目次
とあるテクニカルオーディオデザイナーの経歴
テクニカルオーディオデザイナーは、いわばテクニカルアーティスト(TA)のオーディオ版です。テクニカルオーディオデザイナーの仕事内容を紹介するために、講演冒頭では木幡氏の経歴や職務内容について紹介されました。
木幡氏は2013年から2021年までプラチナゲームズ株式会社のオーディオプログラマーを務め、CEDECでも2017年に「実戦的なゲームのための音響空間表現 – NieR:Automata における事例 –」と題した講演を行い、同年のCEDEC AWARDSサウンド部門最優秀賞を『NieR:Automata』が受賞するなど数多くの実績で知られています。
プラチナゲームズ以前はローランド株式会社でギターエフェクターなどのソフトウェア設計に携わっており、名機RC-505のメインエンジン設計も手掛けています。
木幡氏は小学生の頃からプログラミングでCUIを用いたゲーム制作を行っていたほか、中学生の頃はギターやベースの音作りに熱中しており、こうした経歴から自然とデジタルエフェクターなどの技術面に傾倒したと語られました。
「オーディオ技術」と「オーディオデザイン」をトータルで評価する
ゲーム業界内において、一般的なゲームオーディオ制作のイメージといえば「コンポーザーやサウンドデザイナーが音を作り」「プログラマーやゲームデザイナーが鳴らす」という2工程でシンプルに捉えられがちです。
しかし、ゲームのビジュアル表現の進化に伴い、ゲームのサウンド表現にもより一層の”深化”が求められています。
同時に、CPU処理負荷の効率化などスペック面の課題や、大量の実装が必要となる環境音や動作音の実装作業の自動化も重要な要素です。サウンドデザイナーがクリエイティブな音作りや調整作業に時間を割けるように、システム側も可能な限り自動化・効率化することが求められています。
「作って」「鳴らす」という間にも、楽曲実装やインタラクティブミックス、音響空間表現など大量の作業領域があります。木幡氏は「個々のトピックだけで1セッション分語れてしまう内容」としつつ、全体像として以下のようにまとめています。
この「間にある仕事」の多くは、コンポーザーやサウンドデザイナーの視点では「プログラマに依頼したい、どうやったらいいか分からない」と悩んでいる場合が多くあります。
一方、プログラマーやゲームデザイナーはからは全てサウンドの仕事だと思われていたり、そもそもタスク自体を認知されていない状況さえあり得ます。
テクニカルオーディオデザイナーの役割とは、デザインと技術の間にある仕事を、オーディオ技術とオーディオデザイン両方の視点を持って主導することであると木幡氏は語ります。海外ではこのようなポストが徐々に認知されつつありますが、国内においては人材不足です。
特に強調されたのはオーディオ技術を「評価」する仕事です。技術的な実現性や処理負荷を考慮した上で、デザイン的に良い表現と言えるかを同時に判断する必要があります。こうした仕事を主導するためには、表現面、技術面双方の視点を持つ人材が必要となります。
オーディオ技術だけで幅広い専門職が存在する
オーディオ技術には多くの専門分野があり、さまざまな職域が含まれています。本講演では具体的に12種類の職種が挙げられました。
テクニカルオーディオデザイナーは、より表現力の高いゲームオーディオ制作のために欠かせない職種であり、今後のゲーム開発ではオーディオ技術に関する幅広い業務範囲を主導できる存在が必要になります。
一方、「こんな役割の人がプロジェクトにいるんだ」という周囲からの理解がなければ(TAのように)セクションをまたぐコミュニケーションはできません。木幡氏は認知拡大を課題として捉えており、まずはこの講演で業務範囲や職能について知って欲しいと語っています。
テクニカルオーディオデザイナーの仕事
続いて、テクニカルオーディオデザイナーがどういった仕事を行っているのかについて解説されました。木幡氏は「完成度はまだ7割」としつつ、空間音響表現のデモを披露しました。
CEDEC ありがとうございました~〜
謎デモの一部を貼っときます pic.twitter.com/Wac5ht8gnA— Prismaton (@prismaton) August 25, 2022
※木幡氏のTwitterから引用。CEDEC講演後にデモの動画が公開された
本デモでは空間に応じて左右それぞれで適したリバーブが適用されるほか、立体感を高めるフィルター処理を行い、音そのものの魅力を活かしながら統合的に技術を適用したとのこと。この「統合的に」という部分が重要で、単にフィルターをかけたというだけでなく、それをどのように、どの程度かけるのか、といったデザイン面での判断も含まれています。
足音のリバーブが空間に応じて自然に変化しつつ、最後の部屋では壁面のブロックがすべてシーケンサーになっており、マリンバの音色で立体的な音楽が奏でられるという仕掛けも。そして、今まで等間隔に聞こえていた足音が実はこの音楽の4部音符と同期されていたという伏線を回収するような演出でデモは締めくくられました。
立体音響表現の他にも、アニメーションを音楽に合わせるなど、細かな表現部分も追求できるのがテクニカルオーディオデザイナーのやり甲斐とも語られました。
効率化や自動化の重要性
効率化についても多くの需要があります。既に足音や衣擦れなどの自動発音に挑戦している会社もありますが、「プログラマーに頼んでツールを作ってもらい、デザイナーが設定するというイテレーションになるよりは、”両方ともできる人”がツール自体を作ることで実装がスムーズになる」と木幡氏は説明します。
背景音の配置も、ゲームエンジンとオーディオミドルウェアの中間にあるため、どちらからも置いていかれているというのが現状です。音源は点だけの情報ではなく、川であれば線の情報であったり、雑踏や虫の声などであれば密度の情報であったり、表現によって適したフォーマットが異なるため、こうした仕様を作るのも重要な仕事です。
テクニカルオーディオデザイナーになるには?育成するには?
年々需要が高まるテクニカルオーディオデザイナーになりたい人、あるいは欲しいという現場に向けて、いくつかの方法が提案されました。
テクニカルオーディオデザイナーには「技術」と「デザイン」両方への強い興味が必要で、苦手意識を持たすにどちらも対応できることが重要です。鶏と卵のような話になりますが、苦手意識を克服するためにも、両方を経験できる環境が大事であるといいます。
木幡氏自身も(オーディオエフェクトを構築する技術を持っていながらも)実際にそれを職務として担当してはじめて「独学でもできる」という事に気づいたという経験があるそうです。
育成ルートとしては、4通りの手法が検討されました。
講演の結びとして、テクニカルオーディオデザイナーは表現力の高いゲーム制作のために欠かせない職種であるとしながら、現状ではその活躍や育成に関しての環境整備が不足していると木幡氏は指摘します。本講演によってその必要性を伝え、認知拡大とともに業界全体のオーディオ表現力の向上に繋がればという想いが語られました。
なお、講演後のQ&Aでは「足音や衣擦れの自動発音はどのように実装するのか?」「サウンド専属のプログラマになりたくても他の仕事が忙しい」などの質問や相談が数多く寄せられました。
後者の相談には「サウンド以外の仕事も、アニメーション等であればサウンドに活きることも多いので無駄にはならない。サウンドを主軸としたいのであれば、軸足をずらされないように意識する」といったアドバイスが送られました。
テクニカルオーディオデザイナーの世界 - CEDEC2022フリーランスのサウンドプログラマー。スクウェア・エニックス在籍中に開発したインタラクティブミュージックシステム「MAGI」が「FINAL FANTASY XV」などに採用された。ゲームと音楽の融合を目指し、様々な音楽演出の研究、開発を行っている。
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