Hondaが推進する「eスポーツのレース大会」を通したレース業界活性化プロジェクトなど、3つのeスポーツ活用事例が紹介された「SIG:e-sports」講演をレポート

2025.02.27
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2025年2月10日(月)、IGDA日本が主催するセミナー「IGDA日本デジタルゲーム競技研究会 ~eスポーツで社会の課題を解決する人々~」が、Red Bull Gaming Sphere Tokyoで開催されました。

セミナーでは、デジタルゲームを競技として捉える「eスポーツ」を、地域創生や教育、企業活動などさまざまな分野で活用した事例を語った3つの講演が行われました。本記事ではその講演内容をレポートします。

TEXT / じく
EDIT / 浜井 智史

目次

冒頭では、セミナーを主催するIGDA日本について、同団体の理事を務める松井 悠氏より紹介されました。

eスポーツシーンではRed Bull関連イベントでもおなじみの松井 悠氏

IGDA」とは、ゲーム開発者個人を対象とするNPO団体「国際ゲーム開発者協会(International Game Developers Association)」の略称です。開発者同士の情報共有とコミュニティ育成を理念にイベント運営などを行う団体で、会員数はアメリカを中心に全世界で1万人以上。各国に地域支部を持つほか、「SIG」と呼ばれる分野別の専門部会を有しています。

同団体の日本支部にあたる「IGDA日本」は、2002年に任意団体「IGDA東京」として発足し、2012年12月よりNPO法人化。専門部会「SIG」を中心に、セミナーやワークショップを開催しています。

本セミナーは、IGDA日本の「SIG:e-sports」による研究会として実施され、YouTube Liveにて一般公開されました。配信のアーカイブ動画はIGDA日本の公式YouTubeチャンネルより視聴できます。

「IGDA日本デジタルゲーム競技研究会 ~eスポーツで社会の課題を解決する人々~」アーカイブ映像

eスポーツで地域創生。富山県に根差した「ZORGE」のゲーム事業

最初の講演では、eスポーツを通した地域創生に関する取り組みについて紹介されました。登壇者の堺谷 陽平氏は、出身地の富山県で地域社会に根ざしたeスポーツ関連事業を手がけています。

ZORGE代表取締役/バーニングコア代表取締役/富山県eスポーツ連合会長を務める堺谷氏。運営するプロeスポーツチーム「BURNING CORE TOYAMA(BCT)」は、『ストリートファイター6』や『League of Legends』などのタイトルで活動している

学生時代からPC対戦ゲームに熱中していたという堺谷氏。上京してしばらくシステムエンジニアとして働いた後、バックパッカーとして東南アジアの諸地域を巡った経験から、地方の魅力を見つめ直したい気持ちが芽生えたといいます。

2016年に富山県でコミュニティスペースを立ち上げ、定期的に『シャドウバース』などの大会を開催。徐々に活動の規模が拡大し、2018年にeスポーツイベントの運営などを手がける企業「ZORGE」を設立し、本格的にeスポーツ事業の展開を開始しました。

富山県の魅力を全国へ。地域と連携したイベント展開

ZORGEの活動のベースとなっているeスポーツイベント「TOYAMA GAMERS DAY」。2016年に始まり、過去13回開催されてきた同イベントは、2019年には3,000人規模まで成長し、県外からの参加者が半数を占めるようになりました。

それを受けて堺谷氏は、ゲームイベントを通して富山県の魅力を県外の方に発信できないかと考え、高岡市の伝統工芸品「高岡銅器」を記念品として贈ったり、酒蔵を借りてお酒を飲みながらゲームを遊ぶイベントを企画したりと、地域と連携した活動を進めてきました。

「高岡銅器」の職人と協力した記念品作成の様子

富山県の老舗酒蔵を借りたイベントでは、夜通しお酒を飲みながらゲームをしたり、お酒の作り方を見学したりといった催しが行われた

「Toyama Gamers Day 2020 Re-start」では、地元名産の紅ズワイガニを賞品に、インディーゲーム『カニノケンカ』の大会を実施。会場に入りきらないほどの来場者が集い、大盛況を収めた

そのほか、世界的な格闘ゲームの祭典「EVO JAPAN」参加者に向けた宿泊費・交通費の支援を賞品とした大会「EVO Japan CHALLENGE in TOYAMA」や、シニア向けeスポーツ全国大会「LEGEND CUP」の運営にも携わっています。

大会運営のほかにも、ZORGEは自治体や教育機関などと連携して、高齢者向けのeスポーツ体験会や、台湾の高校生との国際交流イベント、幼児から小学生を対象としたゲーム作り教室など幅広い層に向けた活動を展開しています。

子どもたちの側から上の世代にゲームを教える形で世代間交流を図るイベントも

eスポーツを活かした地域創生を根付かせるには

堺谷氏は、地方社会が抱える少子高齢化問題・世代間の交流が断たれていく問題を解決する方策としてゲームに注目しているといいます。幅広い年齢層にアプローチでき、教育・健康・地域PRなど多彩な分野で活用できるゲームに、世代間交流の促進や地域活性化への可能性が秘められていると語りました。

地域創生にeスポーツを活用する上での課題として、まず地域企業の理解を得ることが挙げられました。堺谷氏によると、eスポーツの地域創生などへの活用は、企業より自治体による事例のほうが多いといいます。今後、企業が主体となってゲーム活用を推進する流れを生み出すことが重要だと堺谷氏は述べました。

また、eスポーツは競技性が高く触れづらいという先入観を払拭し、よりカジュアルで親しみやすいコンテンツとして広めていくことも必要だと語りました。

ゲーム開発コストが次第に高騰し、プレイヤーとしてもプレイ時間やボリュームが増加して気軽にゲームを遊べない傾向にある中で堺谷氏は、開発者・プレイヤー双方の視点でコストが低く触れやすいインディーゲームに可能性を感じているそうです。

地域社会を巻き込んだ持続性のあるeスポーツ市場を作りたいという展望や、ゲームを活用することで地域社会の未来を紡いでいきたいと述べ、堺谷氏は講演を締めくくりました。

「ZORGE」公式サイト

学校教育にeスポーツカリキュラムを。通信制高校「クラーク記念国際高等学校」の取り組みを紹介

続いての講演では、eスポーツを学校教育に導入した事例が紹介されました。登壇者の後村 幸司氏は、通信制高校であるクラーク記念国際高等学校の「CLARK NEXT Tokyo」でキャンパス長を務めています。

後村氏は、専門学校「東京クールジャパン」(現「東京クールジャパン・アカデミー」)の学校長に在任時、同校の「ゲーム総合学科」にeスポーツコースを新設。そのノウハウを活かして、2023年より「CLARK NEXT Tokyo」でeスポーツカリキュラムを実践している

CLARK NEXT Tokyoは、eスポーツやゲーム制作、ロボット工学といったテクノロジー分野に特化したキャンパス。eスポーツコースでは、全国規模の高校生eスポーツ大会「STAGE:0」で全国大会に進出したり、生徒主体でeスポーツ大会が運営されたりと、さまざまな活動が行われています。

画像左上は、校舎にコーチを招いてeスポーツの指導を受ける風景。画像左下は、高校生のeスポーツ全国大会「STAGE:0」に出場した際の写真。画像右上は、生徒主体で運営するeスポーツイベント「板橋区長杯」で挨拶する板橋区長。画像右下は、集中力向上のためにフィジカルトレーニングに励む生徒の様子

eスポーツ教育をもとに不登校生徒・児童をサポート

後村氏は、教育現場が抱える問題の解決にeスポーツが活用できると語りました。

まず挙げられたのは、不登校児童・生徒のサポート。不登校の子どもたちの大半がゲームに触れていることに着目し、他者と交流する場や将来の目標を見つける機会をeスポーツで提供し、ゲームと勉強を両軸で進めることで前向きに学校に通えるようになるといいます。

また、成功体験を獲得したり、失敗・反省を次に生かすチャレンジ精神を身に付けたりと、eスポーツにおける“スポーツ”の即面を活用できると述べました。

文部科学省「令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」によると、全国の小・中学校における不登校児童・生徒数は、コロナ禍を境に急激に増加し、令和5年は約35万人に及んだとのこと

eスポーツに取り組む子どもたちの心理状況について後村氏は、他人とのつながりを求めるだけでなく、「マズローの欲求5段階説」における最上段の「自己実現の欲求」に相当する、自分がやりたいことを突き詰めたいという強い意志を抱いている傾向にあると語りました。

人間の基本的な欲求を5階層に分けて考える「マズローの欲求5段階説」によると、人間はまず物理的・身体的な安全を求め、それが確保されると順に社会的な欲求を満たしていき、最終的に自己実現を追求するという

教育にeスポーツを導入するための課題として、「ゲームは教育上良くない」という印象を抱く保護者から理解を得ることが必要です。

家庭内でゲームに関するルールや話し合いの場を用意して、子どもが適切な距離感でゲームを遊べる環境を作ることや、eスポーツを硬派な競技として捉えるのではなく、家庭や地域でのコミュニケーションに役立つものだと伝えることが大切だと述べました。

eスポーツと真剣に向き合うことで広がる子どもたちの未来

後村氏は、eスポーツを通して子どもが将来の道を見つけていく上で大切なのは、eスポーツに真剣に取り組むことだと述べました。その結果、子どもが本気で自分自身と向き合うことにつながり、自らのコミュニケーション不足や改善するべき振る舞いに気づき、成長できるといいます。

本気でeスポーツに挑むからこそ、プロ選手としての活動に適性を見出したり、大学や他の専門学校に進む道を選んだりと、自分に合った進路を決められると後村氏は述べました。

eスポーツを通して人の心理に興味を持ち、心理学系の大学に進んだ生徒や、人にゲームを教える過程から教員を志すようになった生徒もいると後村氏は語る

「CLARK NEXT Tokyo」クラーク記念国際高等学校公式サイト

モータースポーツの入り口としてのeMS—岡 義友氏

続いての講演では、Hondaグループにおけるレース部門「ホンダ・レーシング」の岡 義友氏が登壇。

実物の自動車を使用するレース業界において、レーシングゲームの競技性にフォーカスした「eモータースポーツ」を導入する目的や展望について紹介されました。

岡氏は本田技研工業に入社後、本田技術研究所に配属され、量産車の技術や商品開発に携わる。2022年からホンダ・レーシングに異動し、eモータースポーツプロジェクトを発足。プロジェクトリーダーとしてeモータースポーツイベント運営などに携わる

ゲームを通して若者にモータースポーツの魅力を発信

新規ファンの獲得にあたり、若い層へのリーチを大切にしたいと語る岡氏。現代の若者のコンテンツ消費について分析し、「タイムパフォーマンス」が重視されている点に注目します。

大量のコンテンツが溢れる現代、若者たちは短時間で効率的なコンテンツ消費に駆られています。

こうした状況では、郊外のサーキットまで長距離の移動を要し、屋外で気温や天候の猛威に晒される恐れがあり、2日間に及ぶ予選・決勝を耐え忍ばなければならないモータースポーツは「高いハードル」になってしまいます。

一方で、eモータースポーツは開催場所の制約がなく、予選・決勝を合わせても1時間程度で終了し、屋内で実施可能、選手の順位もわかりやすく実況解説もよく聞こえるので応援しやすいといった、若者に訴求しやすい要素が揃っています。

このことから、eモータースポーツが若者とホンダ・レーシングの懸け橋になり得ると岡氏は考えました。

会社にeモータースポーツの企画を承認してもらうのは簡単な道のりではなかったと語る岡氏。提案の際、以下のようなメリットを提示したといいます。

・バーチャル体験でも競い合う楽しさは味わえるため、モータースポーツの裾野を広げられる
・eスポーツ人口2.4億人という巨大なマーケットに進出できる
・ソフトだけでなくハード面でも多彩な製品を展開できる
・才能ある選手の原石を発掘できる可能性がある

eスポーツ人口の規模を説明する際、比較材料として自動車業界らしく運転免許の保有人数が挙げられている。また、eモータースポーツ優勝者がリアルレースでも活躍しているという実例は興味深い

ホンダ・レーシングのeモータースポーツが目指すのは、リアルのレースとバーチャルが融合した「明るく楽しくて新しくて可愛くて元気で簡単でカジュアル」な世界観

VTuber「戌神ころね」氏とのコラボも行ったプロモーション施策

ホンダ・レーシングによるeモータースポーツイベントは2023年に始動しました。2年目となる2024年は、学生などが時間に余裕のある8月~9月頭にオンライン予選を実施し、参加賞も用意。決勝戦はHonda本社にてオフラインで行いました。

予選の参加人数は235,470人(2023年比116%)を記録し、動画の総再生回数は2023年比で約50倍となる111.3万回まで増加しました。

これほどの成長を達成した要因として、まず挙げられたのがSNS施策。これまでイベント情報の発信はホンダ・レーシングのXアカウントから行っていましたが、2024年はイベント専用アカウントを新設。5ヶ月で約6,000人のフォロワーを獲得し、イベント独自のコミュニティを形成できました。

また、各カテゴリーのレースで活躍するドライバーに協力を仰いで動画に出演してもらうなど、モータースポーツファンに向けてeモータースポーツの楽しさをアピールしました。

イベントのアンバサダーには、大人気VTuberの戌神ころね氏を起用し、Xでの情報発信やYouTube動画でのコラボなどを依頼しました。

事前に設定していた動画総再生回数の目標は2023年比30倍となる60万回でしたが、コラボに頼らないイベント独自コンテンツだけで56.5万回を記録し、その後は戌神ころね氏とのコラボ効果でさらに再生回数が伸び、最終的に111.3万回再生を達成したとのこと。

そのほかにも、レース現場に戌神ころね氏の等身大パネルを持っていくキャラバンを実施したり、レースに参戦した車両に戌神ころね氏のステッカーを貼り、それをデジタルツインで再現して無料配布したりと、さまざまな企画を打ち出したといいます。

さらにリアルな体験を求めて。古い車体をオリジナルシミュレーターの筐体に再利用

eモータースポーツで自動車の魅力を広めていくにあたり、ホンダ・レーシングは本物の自動車の質感や迫力、没入感を味わえるオリジナルのレースシミュレーターを作りたいと夢を抱いていました。

自動車の“ホンモノ感”を出すために試行錯誤していたところ、モータースポーツ選手を育成する「ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿」で使用していたスクールカーを廃却するという知らせを受け、その旧スクールカーを筐体にオリジナルシミュレーター「Honda eMS SIM-01」を製作。「Honda eMS SIM-01」は各種イベントで展示され、老若男女を問わず多くのお客さんに試遊されました。

実機さながらのシミュレーターを幅広い年代層に楽しんでもらえたことで、製品としてのポテンシャルを確かめられたと岡氏は語りました。

岡氏は講演のまとめとして、レース業界が抱える諸問題をeモータースポーツで解決できることを改めて述べたのち、eモータースポーツプロジェクトについて「従来の習慣にとらわれず信じる道にこだわって価値をアップデートしている」と語りました。

また、将来の展望として、eスポーツイベントの運営など「コト作り」と、自動車やシミュレーターの開発など「モノ作り」の2軸路線で、「クルマを操る・競う・見る」楽しさを世界の人々に伝えていきたいと述べて講演を締め括りました。

「世の困りごとを技術で解決する、それがHondaの生き様」という言葉は、技術屋、そしてクルマ屋として誇りや矜持を感じさせるものだった

「Honda Racing eMS」公式サイト

今回の講演は、地域・教育・企業と異なる舞台におけるeスポーツを通じた課題解決の実情を知ることができる内容で、いずれの事例もeスポーツを単なる競技と捉えるのではなく「実は世代間交流に役立つ」「子どもが自分と真剣に向き合うきっかけとなる」「現実世界の課題をバーチャルで解決できる」など、eスポーツの競技性とは異なる側面に気付かせてくれるものでした。

「IGDA日本デジタルゲーム競技研究会 ~eスポーツで社会の課題を解決する人々~」YouTube配信アーカイブ「IGDA日本」公式サイト
じく

ゲーム会社で16年間、マニュアル・コピー・シナリオとライター職を続けて現在フリーライターとして活動中。 ゲーム以外ではパチスロ・アニメ・麻雀などが好きで、パチスロでは他媒体でも記事を執筆しています。 SEO検定1級(全日本SEO協会)、日本語検定 準1級&2級(日本語検定委員会)、DTPエキスパート・マイスター(JAGAT)など。

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