高橋玲央奈
皆さん、こんにちは!高橋 玲央奈です。中国でゲーム開発・配信を行い、日本のゲームの中華圏展開や中国ゲームの日本展開をしています。
7 月26 日から7 月29 日まで上海で行われた中国最大のゲーム展示イベント「ChinaJoy 」の翌日にオープンしたばかりの「中国音数協ゲーム博物館」に行ってきましたので、今回はそのレポートをお送りします。
博物館を運営する中国音像与数字出版協会(中国音数協) は、中国におけるデジタルコンテンツを制作する会社が所属する業界団体です。ちょうど日本のCESA のような団体と考えていいと思います。「中国音数協ゲーム博物館」はゲーム会社が多く集まる上海に作られ、実際の運営は大手ゲームメディア「游研社」が受託して行っています。
ゲームの起こりから家庭用ゲームの歴史を辿る
展示エリアに入ると、「ゲームは紀元前3100 年頃から世界中の文明で登場していた」という内容から始まる説明が目に入ります。
デジタルゲームが生まれてから50 年以上が経ち、毎日数十億のユーザーが遊んでいることを背景に、この博物館ではゲームの歴史や発展に関連したものや資料を保存・研究することで、テクノロジーのイノベーション、文化の継承と海外進出、教育・科学普及、公益などに役立て、業界のイノベーションの活力としたいと説明されています。
続いて、古代のゲームの紹介としてボードゲームが展示されています。
その先に展示されているのは、世界最初のコンソールゲーム機(家庭用ゲーム機)といわれているマグナボックスの「オデッセイ」 の実機です。「触らないでください」と書かれていますが、特にケースにも入っておらず展示されています。
この空間に入ってすぐに目に付いたのは、部屋の中央に置かれたATARI「ATARI2600」 と『ET』 のカセットです。『ET』 は、後年「アタリショック」と呼ばれる業界の大事件のきっかけとなったタイトルで、後年に世界中で話題を呼びました。このタイトルの実物が中国にあるというのは、少し不思議な感覚がします。
1975年の大ヒットゲーム機ATARI「Home Pong」 の巨大な模型が当時のテレビCM と一緒に展示されています。
これは80 年前後に上海で作られたテレビゲーム機で、3種類のゲームが遊べます。
台湾のBit Corporation 「賓果(Apple) 」はATARI2600 互換機で『OPEN, SESAME!』 が刺さっています。背後にはゲーム音楽史/ゲーム史研究家の田中”hally”治久氏 の書籍が並んでいます。
Bit Corporation 「賓果(Apple) 」
エポック社の「テレビテニス」 や、日本初のカセット交換式ゲーム機であるタカトクの「ビデオカセッティ・ロック」 も展示されています。
『ポン』 が遊べるソ連製のゲーム機や、東ドイツで生産されたゲーム機も展示されています。
中国産やアメリカ・西欧のゲーム機も展示されていますが、日本やソ連や東ドイツなど旧東側諸国で作られたゲーム機が多く目に付きました。
デジタルゲームの創世記にはたくさんのポケットゲーム(LSI ゲーム)も生まれました。また、トミーが作った初期のVR ゲームもあり、こちらは実機を触ることができました。
1970年代から1990年代に発売されたマイコン・パソコン
80年代にはたくさんのマイコンが作られ、さまざまなゲーム表現が生まれました。多くの実機が展示されており、一部は実際に動作する動態展示が行われています。筆者は1984 年生まれであり、生まれた時にはファミコンがあった世代ですが、この時同行してもらった一回り上の世代のゲーム開発者は大興奮していました。ここでも東側諸国のゲーム機や中国国産のゲーム機が展示されています。
シンクレアの「ZX81」 は教育現場にも普及した「ホームコンピュータ」で、当時BBCの 「Micro」 とイギリスで激しい競争を繰り広げました。
コモドール「Amiga 500」 はカラーのパソコンでゲームユーザーに受け入れられ、1 枚のフロッピーでリッチなアニメーションを描画する「メガデモ」という文化を生み出し、音楽家やアーティストにも愛されました。コモドール「PET」 も展示されています。
Apple Computerの「Apple II」 は、あのApple が創業期に作ったヒット商品です。後世に残る多くの名作ゲームがApple Ⅱで作られました。
こちらはApple Computerの 「Macintosh Plus (または128K か512K) 」です。今日に続くMac の最初機のバージョンで、同じ筐体で3種類が作られています。白黒ですが、革新的なユーザーインターフェースGUI を採用したSystem( のちのmacOS) の基本機能は現行機にも受け継がれています。
Apple Computer 「Macintosh Plus 」
NEC(日本電気)の「PC-8001」 は1979 年に発売されたパーソナルコンピューターで、日本の多くのゲーム開発者はここからゲームを始めたと言われています。
米マイクロソフトと日本のアスキーが打ち出したパソコンの共通企画「MSX」に基づいて作られたソニーの「HB -F1XV」 。ソニーが初代PlayStationでゲーム機に参入する5年前、1989年に発売された同機種は、カートリッジスロットが2つ、フロッピードライブ、連射機能などが入っており、ほぼゲーム機として活用されていました。
富士通の「FM TOWNS II UX 」は、1991 年に発売されたカラーのパソコンです。当時のパソコンはメーカー毎に互換性がないのが当たり前で、これもCPU こそIntel 80386(i386) シリーズでしたが、TOWNS 専用ゲームしか遊べませんでした。中央下部にあるキーにシフト機能を割り当てた通称「親指シフト」は、後年も富士通製ワープロ「OASYS 」 で採用され続けました。
シャープの「X68000 」は当時としては高スペックのパソコンで、多くの人気ゲームが移植されました。近年ミニバージョンが発売されたことでも話題になりました。
80年代の中国では、ゲーム機はパソコンというより「学習機」として販売されていました。1986 年に発売された中華学習機こと「CEC-I 」 はその中でも大ヒットした商品で、「Apple II」 との互換性もあったことから多くのユーザーに愛されました。館内では、当時のパッケージや本体がそのまま展示されていました。
任天堂、セガ、ソニー、マイクロソフトなどのハードや周辺機器も
展示の中盤になると、デジタルゲーム市場の主役となった任天堂の製品が数多く展示されています。
任天堂がファミコンの前に作っていたポケットゲームやおもちゃの展示もありました。トランプ、花札、麻雀、ディズニーのIP を使ったゲーム、大ヒットしたラブテスター、ウルトラスコープなど珍しいゲームが展示されており、興味深く拝見しました。
任天堂の祖業であるおもちゃメーカー時代に作られた花札、小倉百人一首、任天堂いろはかるた
左から、1960 年代に発売された運命ゲーム( すごろく) 、ウルトラマシン( ピッチングマシーン) 、ラブテスター( 相性診断) 、ウルトラハンド( 遠くのものを取るおもちゃ)
70年代に開発されたレフティRX( レースゲーム) 、魔法のトランプ( 特殊なメガネをかけるとカードの種類が認識できる) 、オートマチックウルトラスコープ( 潜望鏡のように高い位置にあるものを見ることができるおもちゃ)
また、「ゲームボーイカラー」と接続し、自分のデザインした刺繍が縫えるミシンなど、2000年代以降のグッズも展示されていました。
「ゲームボーイカラー」と接続して縫えるミシン、「ヌエル」と「ヌオット」
中央にある金のマリオ像は、90 年代に日本で展開された任天堂エンターテイメント特約加盟店に置かれていたもの
ここには、かつて任天堂の代理店をしていたiQueの「ゲームボーイポケット」や「ゲームボーイアドバンス」、「iQueプレイヤー 」など中国国内でのみ販売・流通されていたゲーム機が数多く展示してあります。すぐ 隣には、各国で作られたファミコン互換機も展示されていました。
iQue(神游科技)は、2002年に任天堂と中国系アメリカ人の科学者である顔維群氏によって設立された合弁会社です。2000年からコンソールゲームの流通が禁止された中国において、携帯デバイス型のゲームを展開していました。このことにより、中国のユーザーはマリオ、逆転裁判を含めた様々なゲームIPに触れることができました。現在は任天堂の完全子会社となっていますが、中国最大のゲーム展示会China Joyのチケットスポンサーになるなど今もなお一定の影響力を持っています。
「iQue プレイヤー」(左)と「iQue DS」(右)
ファミコンのコントローラーの巨大なオブジェの前には、当時のCM が展示されています。
このほかにも、あまり日本では見られない北米版の「Nintendo Entertainment System 」(NES) が展示されているほか、「ツインファミコン 」、「バーチャルボーイ 」、「スーパースコープ 」、「Wii 」 、「Switch 」 など新旧さまざまな任天堂ハードが展示されています。
「Nintendo Entertainment System」(NES)とファミリーベーシック
左から、カラオケスタジオ、ファミリーコンピュータ ロボットとブラスター(光線銃)、PAX パワーグローブ、ニューファミコン、ツインファミコン。任天堂のおもちゃや周辺機器は近年でもしばしばゲームの中に登場する
セガの筐体も数多く展示されています。「マスターシステム」 や「メガドライブ」 だけでなく、ブラジルで発売されているテクトイ(Tectoy) のメガドライブなど、日本ではあまり見られない海外のみで展開されたゲーム機の展示もありました。
「SG-1000」と「SG-1000 II」。「SG-1000」はファミコンと同時期に発売された
「マスターシステム」はテレビの受像方式が異なることで、ファミコンの普及が遅れた欧州や南米で一定の成功を収めた
「メガドライブ」とその派生機種。北米では「GENESIS」 として展開され、「スーパーファミコン」と競合となった
セガがハードの製造を終了したあとも南米ではTECTOY がセガのライセンスのハードを製造し続けていて、この「Master System Evolution」 は現在でも販売されている“現行機”である
これは中国で発売された“メガCD が遊べる”ビデオCD プレーヤーです。
ソニーの「PlayStation」シリーズも展示されています。
「PS one」から「PlayStation 5」までが一挙に展示されているエリア
「PlayStation 5」の筐体には、ソニー中国の江口董事長のサインが
「PlayStation Portable」(PSP)や「PlayStation Portable Go」(PSP Go)だけでなく、「PlayStation」に接続してゲームをダウンロードできた「ポケットステーション」やAndroid スマホの「Xperia PLAY SO-01D」 も展示されている
「PlayStation Vita」。「PSP」シリーズ、「PS Vita」 はコンソールゲーム規制のある中国で多くのユーザーを得ることができた
「PlayStation」の登場は、ゲーム開発コストとゲーム製造コストを下げ、新たな市場を作りました。また、ここには「PlayStation 2」 のテスト機が飾られています。
「Xbox」シリーズも初代から現行機まで、全て展示されていました。
「Xbox」から最新の「Xbox Series X/S」 まで4世代が展示されているエリア
ジェスチャーなどを認識するデバイス、Kinectがプレイできる状態で展示されている
さらに「PC Engine 」、「NEOGEO 」、「ワンダースワン 」などといった懐かしいゲーム機、あるいは時代のあだ花となったハードも展示されています。
「PC Engine」と『プリンセスメーカー1』 。中華圏では『プリンセスメーカー』が人気で、現在でも『ニキ』シリーズ、『火山の娘』など多くの中国産ゲームに影響を与え続けている
SNKのゲーム機「NEOGEO」なども展示。「NEOGEO」はそのカセットの大きさとアーケードさながらの再現性で一定のユーザーの支持を得た
中央にある「Game.com」 は現在はファービーなどの電子おもちゃで知られるTiger Electronics が1997 年に発売したタッチパネル付きゲーム機。最も売れなかった携帯ゲーム機ランキングにも載っているという。当時電子ゲーム最大手のメーカーであったがこの失敗により大手玩具メーカーハズブロに買収された
新旧ゲーム機のコントローラーも展示してあり、いずれも触れる状態になっていました。
中国のゲーム開発者の幼少期の部屋を再現したエリアもあり、そこではゲーム開発者が当時を懐かしみながらゲームをプレイしていました。
中国でのゲーム産業振興のきっかけとなったPCゲームの展示
中国ではPC ゲームからゲーム産業が興ったと言っても過言ではないほど、初期はPC ゲームが流行りました。当時のPC やブラウン管が動態展示されており、子供たちが『クエイク 』などで遊んでいました。
これは現在のLenovo が当時製造していたPC です。PC ゲームをはじめとした莫大なPC 需要をバックに、ここからThinkPad や富士通、東芝のPC 部門などを買収して事業を拡大していきました。
面白いのが、Voodoo など当時のグラフィックボードがそのまま展示されていたことです。チップにはTAIWAN やKOREA などと書かれていて、現在のGPU の歴史が感じられます。台湾出身の創業者が立ち上げたNVIDIA は、大ヒットグラフィックボードVoodoo にチップを供給して拡大しました。のちにVoodoo を作っていた3Dfx は、NVIDIA に買収されました。
中国で販売されていたPC ゲームもパッケージで展示されており、今回同行した先輩も自分が関わったゲームが展示されているのを見て喜んでいました。
大ヒットゲーム『仙剣奇侠伝』シリーズも展示されていました。
展示の最後には、現在販売されているゲームのレコードや昔販売されていたガイドブックなど、貴重な資料が展示されていました。また、一部の書籍はミュージアムショップで購入できるようになっています。
「中国音数協ゲーム博物館」に行こう
「中国音数協ゲーム博物館」は、新旧のゲーム、世界中のゲーム、さらに海賊版といった、企業が運営するゲーム博物館では展示されないような、いわゆるゲーム業界の暗部のようなものも歴史の一部として展示されています。私自身、世界中のゲーム博物館やコンピューター博物館に行きましたが、このレベルの展示は見たことがないほどでした。
営業日は祝日を除いた月曜日以外、10 時から17 時。
住所は上海市徐汇区桂箐路65 号新研大厦B 座3 层で、上海浦東空港のある浦東新区側ではなく、上海虹橋空港のある浦西地区にある。博物館は建物の3 階にあるが、外階段から入場するので注意が必要。
入館チケットはWeChat ミニプログラムで購入する形式。2024年10月現在大人が38 元、未成年は半額
上海では毎年7 月に中国最大のゲーム展示イベント「ChinaJoy 」、11 月には中国最大のインディーゲームイベント「WePlay 」、廈門国際アニメフェスティバルゲームコンテストといった国際的に有名なゲームイベントが行われています。こういったイベントに参加した後には、ぜひ博物館に寄ってみることをおすすめします。
中国音像与数字出版協会 Webサイト 高橋 玲央奈氏 Facebookページ
日本と中国でゲーム会社を経営している。ゲーム開発、配信のみならず日中間でのゲーム海外進出、ローカライズ、マーケティング、コンサルティングなどを行う。2019年9月2023年9月まで一度も帰国せずに中国に滞在し、日中ゲーム産業の架け橋として奮闘。過去の作品として「円谷プロ ウルトラマン 大決戦!ウルトラユニバース」「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ炎のカスカベランナー」「マッピー 対決!ネオニャームコ団」などがある。廈門国際アニメフェスティバルゲームコンテスト審査員。2021ゲーム産業白書、2024ファミ通ゲーム白書中国担当ライター。iGi(indie Game incubator)メンター。