令和の時代に蘇るPC-9800シリーズ“っぽい”アドベンチャーゲーム
『機動戦艦ガンドッグ』は、星暦214年の宇宙を舞台にしたコマンド選択型SFアドベンチャーゲームです。
環太陽系大戦を生き延びた主人公が、警備士官として木星軌道パトロール艦「ガンドッグ号」に派遣され、ガンドッグ内を探索するシーンから物語は始まります。
(本記事で掲載しているスクリーンショットは、Steamで展開されている試遊版のもの)
特徴は、モノクロのグリーンディスプレイを再現したようなグラフィック、PC-9800シリーズのアドベンチャーゲームを彷彿とさせるUI。チップチューンのBGMもレトロ感を引き立てており、没入感を高めてくれます。
画面右側に配置された「移動する」「調べる」「使う」などのコマンドを選びつつ、場面に応じて選択肢を選んだりポイントアンドクリックで探索したりして物語を進めます。これは、PC-9800などで人気を博したアドベンチャージャンルの正統派スタイルといえます。
同じ場所・同じ選択肢でも調べるタイミングによってテキストが変化することもあり、古き良きアドベンチャーの醍醐味が味わえます。
ゲームプレイ時において、面倒に感じる部分や迷いをフォローするための現代的な便利機能「Function」も搭載されています。
Functionには、ファストトラベル機能が付いた「地図」や、ストーリーを進めるために必要なToDoリストを確認できる「目標」が内蔵されており、ゲームでのつまずきを解消してくれます。
「目標」に表示されるToDoのうち、完了したものには打ち消し線が自動で引かれ、未完了のToDoがすぐに判別できる
キャラクターグラフィックが2種類用意されているのも本作の特徴。ディレクターのJonathan氏が描いた「スタジオ オリジナル」と、1980〜90年代の日本アニメ風の絵柄を楽しめる「ショウワ オマージュ」が用意されており、いつでも切り替えられます。好みのグラフィックで『機動戦艦ガンドッグ』の世界を堪能しましょう。
主人公の性別は「男性」「女性」「どちらでもない」から選択可能で、性別によって主人公の見た目も変わる。ノンバイナリーのキャラクターをリアルに、魅力的に描くため、LGBTQ+の友人にテキストのチェックを依頼することも
重厚感のあるシナリオ、レトロなグラフィック・ゲームシステムに、古典的日本製ゲームへのリスペクトと熱量を感じる一作です。
日本のアニメへの熱意とPC-9800シリーズへの憧れが生んだレトロなビジュアル
ピクセルアーティストのKevin Butler氏(左)、ディレクターのJonathan Durham氏(中央)、プログラマーのBenjamin Keller氏(右)。Jonathan氏とBenjamin氏は遠い親戚とのこと
1980〜90年代における日本アニメの影響を色濃く受けた『機動戦艦ガンドッグ』は、どのようにして生まれたのでしょうか?
「PC-9800シリーズ用のレトロなゲームが好きだけど、今はもう誰も作ってない。ならば自分が作るしかないと思い立ちました」と語るのは、本作のディレクターであるJonathan Durham氏です。
2000年代、イギリスのウェールズに住むJonathan氏は『機動戦士ガンダム』をはじめとする往年の日本アニメと出会います。
「イギリスで放送されていたアニメは平和な作品が多く、アニメとはそういうものだと思っていました。しかしガンダムなど日本のアニメを見てみると、ストーリーはハードでシリアス。イギリスとのギャップに衝撃を受けました」と、Jonathan氏は当時を振り返ります。
本作の開発には、ビジュアルノベルエンジン「Ren’py」が使われています。日本でビジュアルノベルやアドベンチャーを作ろうと思うと別のツールがまず頭に浮かぶかと思いますが、海外では「ビジュアルノベルエンジンといえばRen’py」というほど有名なのだそう。
ピクセルアートは「Aseprite」、BGMは「FamiTracker」によって作られています。
本作はPC-9800シリーズをオマージュしたゲームではありますが、同シリーズにはまず見られないグリーンディスプレイ風のビジュアルスタイルを採用しているのは一見不思議に思えます。
その点に関しては、「かつてのSF映画では、CRTディスプレイに緑のテキストがカタカタと表示されていたものがあり、その雰囲気が気に入っている、という理由が大きいです。また、CRTディスプレイのことはわからなくても、こうしたグラフィックならゲームボーイなどの古い表現だと理解してもらいやすいです。より多くの人に、レトロな雰囲気を味わってもらえるかと思います」と、Jonathan氏は教えてくれました。
PC-9800シリーズのゲームで流行したコマンド選択型のUIについても、「イギリスでPC-9800シリーズは流通していなかったため実機は見たことがありませんが、インターネットでスクリーンショットを見かけて、ずっと憧れていました」とのこと。
自作のTRPGから離れた友人がいたからこそ『機動戦艦ガンドッグ』の制作がスタートした
本作の制作開始時期は2020年。コロナ禍でロックダウンが実施されていたころ、「何か作りたい!」と思い立ち、友人たちと遊ぶためにTRPGを制作。最初は楽しく遊んでいたそうですが、しばらくすると友人は興味を失ってしまいました。
そこで、Jonathan氏は「せっかくシナリオとキャラクターを作ったのだから、もっとたくさんの人に遊んでもらいたい」と考え、デジタルゲーム制作にシフトチェンジ。TRPGで生まれたシナリオとキャラクターをベースに用いることにしました。
「TRPGで友人が演じたキャラクターが、『機動戦艦ガンドッグ』の登場人物と性格のベースになっています。もし友人がTRPGで遊び続けてくれていたら、本作は生まれていませんでした」(Jonathan氏)
開発メンバーはコアメンバー3人と、ピクセルアーティスト、コンポーザーの計5名。全員フルタイム勤務の傍ら、本作を開発しています。
いずれのメンバーもゲーム開発経験はほとんどなく、Jonathan氏のみ『Travelling Hero: Bellatrice demo』というプレイ時間10分ほどのビジュアルノベルを制作したことがあるそう。
紙に書いたイラストをスキャンしてデータ化することでゲームに使用している。絵本のようなスタイルが魅力的(画像はitch.ioより引用)
Jonathan氏は、制作スタート時は一人ですべて作り切ろうとしていたのですが、ストーリー以外は適正がないと感じ、メンバーを探すことにしました。
集まったコアメンバーとコンポーザーはイギリス在住で、ピクセルアーティストのみアメリカ在住の国際的チーム。全員がオフラインで集まる機会はこれまでなく、「TGS会場で初めて全員が揃いました!」とJonathan氏はうれしそうに教えてくれました。
開発で苦労した点について伺ったところ、本業を終えた後に子どもを寝かしつけてから制作をはじめるため、時間の確保が大変だとJonathan氏は言います。
しかし「自分が作らないと誰も作ってくれない」と自分を奮い立たせることでモチベーションを維持。また、シナリオの執筆に詰まったときは、SF好きの友人と議論してインスピレーションを得ているそう。
TGSなどのイベントで試遊していただいた方に直接作品を褒めてもらえることも励みになっていると、Jonathan氏は話します。
「ショウワ オマージュ」はパブリッシャーとの協力で生まれた
『機動戦艦ガンドッグ』は、上海で生まれたパブリッシャー「Astrolabe Games」担当者からTwitter(現X)を通じて連絡を受けたことをきっかけに、両者はタッグを組んでいます。今回、本作が「Selected Indie 80」に申し込んだのもAstrolabe Gamesの提案でした。
「Selected Indie 80に採択してもらえたうえ、『センス・オブ・ワンダー ナイト 2023(SOWN2023)』のファイナリストにノミネートされました。提案を受けて良かったです」とJonathan氏は語ります。
SOWN2023のファイナリストとして選ばれた本作は、インタビュー後に「Best Presentation Award」を受賞した
両者は良好な関係を築けているようで、TGSへの出展だけでなく、先述の「ショウワ オマージュ」グラフィックの採用、グラフィック切り替え機能の搭載はAstrolabe Gamesとの話し合いで追加されたそうです。
「ショウワ オマージュ」は、元々Jonathan氏が描いていたキャラクターイラストに対して、パブリッシャーから「より日本アニメらしさをアピールするには、当時のスタイルを踏襲したイラストを起こしてみては?」とアドバイスを受けたことに端を発して生まれました。
Jonathan氏が提案に了承したことで、パブリッシャーは中国のイラストレーターにイラストを描き起こしてもらい、チーム内のピクセルアーティストがゲームに落とし込みました。「流行の絵柄は変わっていきますが、やっぱり1980〜90年代頃の絵柄が心の中でずっと残っていたので、実装できて良かったです」と、Jonathan氏はコメント。
とはいえ、元のイラストもJonathan氏が描いた努力の結晶。「せっかくなら選べるようにしよう」と提案された結果、「スタジオ オリジナル」「ショウワ オマージュ」の切り替え機能の実装に至りました。
また、「ショウワ オマージュ」という名称そのものも、パブリッシャーとの議論の末に決定したとのこと。
「OVAモード」や「VHSアニメーションスタイルモード」という案もありましたが、Jonathan氏は「昭和」にしたいと心の内で考えていました。しかし、グローバルで展開するにあたって「昭和」は分かりづらいのではないかと葛藤もあり、なかなか決められずにいたそうです。
すると、パブリッシャーが「日本もターゲットにするのだったら、昭和は付けたほうがいい」と力強くアドバイス。「あれはいい決断でした」と、Jonathan氏は満足そうに語ります。
「ショウワ オマージュ」の中国語版は「昭和之风」、英語版では「Studio mode」と名付けられている
制作の進捗は、スクリプトとシナリオはほぼ完成しており、演出の調整やアニメーションパートの追加を行っているとのことです。
リリースするプラットフォームはSteamとEpic Games Storeを予定。Ren’pyで移植できるかはまだ不明と話していたものの、可能であればNintendo SwitchとPS4での発売も検討していました。
今後もどのようなレトロでありながらシーンが見られるのか、期待が高まります。
「Space Colony Studios」公式サイト『東京ゲームショウ2023』公式サイト
ゲームを遊び、ゲームを作り、絵を描き、文章を書くエビです。