『プラグマタ』でリードキャラクターアーティストを担当した入江 健二氏(スライドの写真左)と、同作でフェイシャルアニメーターを務めた小原 芹菜氏(スライドの写真右)
「可愛い」だけじゃない。「ディアナらしくて可愛い」表情を実現するアニメーション制作の手法
2026年4月に発売された『プラグマタ 』。ディストピアと化した近未来の月面世界を舞台に、宇宙服姿の「ヒュー」とアンドロイドの少女「ディアナ」が地球を目指して逃避行を繰り広げるSFアクションアドベンチャーゲームです。
本作の開発では、カプコンが独自に開発した内製ゲームエンジン「RE ENGINE」が使用されています。
小原氏らフェイシャルアニメーターのチームが同作の制作で目指したのは、登場キャラクターたちの生き生きとした実在感のある魅力を表情によって描き出し、作品への没入感やキャラクターに対する愛着を深めることでした。
ディアナのキャラクター像については「好奇心旺盛で無邪気な子どもらしさ」という指針を定めたうえ、アニメーター同士で認識のすり合わせを行い、ディアナの魅力をアニメーションに落とし込む方法を模索しました。
常に可愛さを前面に押し出すと単調な表情であると受け取られてしまうため、ディアナらしい反応を作ることでキャラクターの魅力を表現する 手法を採用。
ディアナがそれぞれの場面で「何を感じているか」「どのようなバックグラウンドがあるか」を踏まえ、演技内容を精査してアニメーションを制作しました。
ディアナの心理状態に基づく表情描写の具体例として、「困り眉」と「唇をかむ仕草」が挙げられました。
困り眉は、不安や甘え、「守ってあげたい」という印象を伝えやすい一方、多用すると常に弱々しい人物であるように見えかねません。そのため、ディアナ自身が本当に悩んでいる場面や困っている場面に限定して困り眉を使用しました。唇をかむ仕草も同様に、照れや迷い、感情を抑えようとする状況に絞って使われました。
『プラグマタ』のフェイシャルアニメーションができるまで
キャラクターらしさを表現するアニメーションを実際に制作するために用いられたのが、モーションキャプチャー およびFACS(※)をベースにしたフェイシャルリグ です。
※ Facial Action Coding Systemの略称。顔の筋肉の動きを計測して符号化する手法
『プラグマタ』のカットシーンにおけるフェイシャルアニメーションは、以下のフローで制作されています。
俳優が頭に専用のカメラを装着し、音声と同時に顔の演技を収録
Faceware(※)で顔の動きを分析
分析結果をMayaで扱える形式のアニメーションデータに変換(リターゲット)
Maya上で身体のアニメーションと合わせ、目線や表情のニュアンスを調整
RE ENGINE上で実際の見た目を確認しながら最終調整
※ 映像から顔の動きを読み取るソフトウェア。1台のカメラの映像でも動作し、モーションデータをMayaやUnreal Engineなど幅広いソフトウェアに流し込めるのが特徴
Maya上で筋肉の動きをリアルタイムに変化させながら表情を調整可能。顔のパーツごとに「アクションユニット」と呼ばれる筋肉の可動域を定義し、リグの動きを連動して制御できます。 シワなどを含めてRE ENGINEでの見た目に近い状態で確認できるため、表情が頻繁に変わるディアナの「子供らしさ」を表現するのに役立ったそう。
表情の演技からアニメーションへ変換する精度を高めるため、 ROM(Range of Motion)と呼ばれる顔の可動域データベース も用意。喜怒哀楽、目、口などを中心とする表情を登録して、俳優が作る表情とキャラクターリグでの表現を対応関係としてソフトウェアに学習させるというもので、俳優の演技をキャラクターらしくメリハリのある表情に変換できます。
ただし、リターゲットの結果をそのままゲームに反映するのではなく、変換直後のデータからアニメーターが手作業でノイズを除去したり、メリハリや一部不足しているアニメーションを追加したりと修正を施していきます。
また、Mayaとエンジン上(ゲーム画面)ではライティングの違いによって見え方に変化が生まれることを受け、制作中は頻繁にRE ENGINE上でのルックを確認しつつ、必要に応じてライティングアーティストとも連携することで課題を解決していきました。
開発中に直面した表情制作の課題とその解決策の具体例も数点紹介されました。
たとえば、ディアナが笑顔を浮かべた際にほうれい線がくっきりと浮かび上がってしまう問題に対しては、リグのポーズ自体を変更し、より子どもらしいふっくらとした自然な笑顔となるように調整を施しました。こうした問題は実際に画面を作ってからではないと発覚しにくいもので、アニメーション制作と並行しながら調整が進められました。
そのほか、RE ENGINE上で表情を確認した際に眼球に光が入らず、暗くくすんで見えてしまった際、疑似ハイライト機能を開発することで対処したことなどが語られました。
ディアナのロングヘアを実現したストランドヘアの技術
後半では入江氏より、ディアナのロングヘアを制作するにあたり「ストランドヘア 」の技術を活用した事例について解説されました。
3Dキャラクターの髪を制作する手法としては、大別して「ヘアカード 」と「ストランドヘア 」の2種類が挙げられます。
前者は、板状のポリゴンに髪のテクスチャを付与した「ヘアカード」を複数つなぎ、毛髪を塊として制御する方式です。
対してストランドヘアは、毛髪1本1本を独立した物体としてレンダリングする技術 。近年のリアルタイムグラフィックにおいて採用事例が増えつつある手法で、しなやかでフォトリアルな質感で髪が揺れる様子を描画できます。
ヘアカード(画像左)とストランドヘア(画像右)による髪の質感の違い
ヘアカードで自然な髪の揺れを実現しようとすると、ジョイントでの制御に加えて膨大な数のウェイトを管理しなければならず、工数が嵩んでしまいます。
一方、ストランドヘアは現実的な作業コストで圧倒的な揺れの制御ポイント数を実現できると入江氏は説明しました。
ロングヘア制作工程——①キャラクターデザイン ディアナのデザインは「月面での生活感、ラフなイメージ」を重視して制作されました。また、インゲームではキャラクターの背中部分しか見えないことを加味して、髪の毛を動かして飽きのこない画面作りを目指す必要がありました。こうした背景から、ディアナの髪は初期コンセプトアートの時点からロングヘアで描かれていました。
しかし、ロングヘアは見た目の品質や処理の問題をはじめ、動かす難易度も非常に高いことから社内では賛否両論が巻き起こりました。開発中盤ではボブカットへの変更も提案されるほどだったといいます。
そこでチームは初期から仮モデルを制作し、ゲーム画面上で問題を解決する見込みとデザインの価値を検証。その結果、ロングヘアはディアナのキャラクター描写に欠かせない要素であると結論づけられ、R&Dチームとも相談しつつ、現行のデザインのまま制作する判断が下されました。
ロングヘア制作工程——②モデリング ヘア制作においては、 Maya に搭載されている「XGen Interactive Grooming 」が用いられました。講演では、XGen Interactive Groomingでのヘアモデリングのデモ映像を再生しつつ、XGenでの仮モデルの制作フローについて以下のように解説しました。
最初にマスクで髪の生える範囲を指定する。
ガイドとリージョンマップを使って、頭頂部、側面、後頭部などの大きなブロックを作る。
ブロックができたら、クランプモディファイアを重ねてスタイリングしていく。
レイヤー機能やフリーズ機能を活用しつつ、大まかな形を整える。
ノイズを入れてから再度手動で整えたりして、髪の構造を調整する。
RE ENGINEではXGenのデータをすぐに動く状態で確認できるので、そのままディレクターを呼んで確認してもらえます。入江氏は「早ければ早いほど情報の鮮度も高い」と説明しました。
ロングヘア制作工程——③質感、マテリアルの調整 Maya上でのヘアの制作が終了すると、続いてRE ENGINE側での調整作業に移ります。
RE ENGINEには、実物の毛髪が持つ特性に近い複雑な光の計算によってフォトリアルな質感を生み出せるほか、対照的に現実ではありえない色や太さ、グラデーションなどを設定できる機能も搭載しているそう。こうした機能を駆使し、髪の毛の太さを変更して毛量や髪の雰囲気を調整したり、キューティクル(※)のツヤの質感を調整したりしていきます。
※ 毛髪の外側を覆っている、透明なうろこ上の組織
ロングヘア制作工程——④シミュレーション ストランドヘアとして単に髪の毛を1本ずつシミュレーションするだけでは、髪の毛がバラバラに動いてしまい、モデリング時点で整えたヘアスタイルが崩れてしまいます。
そこで、髪のストランドを形成するカーブから特徴的な箇所を自動的に抽出し、ヘアスタイルを維持したまま動かせる仕組みが構築されました。
髪の特徴付けをOFFにした状態。風に吹かれた髪が1本1本舞い上がっている
髪型の特徴を設定しながらシミュレーションを行った様子。一定のヘアスタイルを維持しながらわずかに髪が揺れている
ロングヘア制作フローの解説に併せて、実制作で直面した課題として「アセット制作コスト」「シミュレーションコスト」「処理コスト」の3つが紹介されました。
【課題①】複数のグラフィック設定に対応する上でアセット制作コストが増加 ストランドヘア自体の制作コストも負荷ではありますが、さまざまな環境のグラフィック設定に対応するためヘアカード版の髪も作成する必要が出てきたことで制作コストがさらに増加したそう。
そこで、「 ストランドヘアのカーブを再利用してヘアカード版の髪を作る 」というワークフローを構築。最初にルールを決めることで、複数の髪型や衣装のバリエーションに対応しました。
【課題②】ゲーム内演出に合わせるシミュレーションコスト 髪の動きをシミュレーションで行うことで動きの品質が向上した一方、高速での移動やカットシーンでの演技には不都合な風・重力、背景物とのコリジョン(当たり判定)によって見た目に問題が発生するたびにストランドヘアとヘアカードの両方で修正が必要でした。
これらの調整作業に加え、処理負荷によってゲームプレイに支障が出ないよう、グラフィック設定ごとにヘアに最終的な調整を加えていきました。 この最適化対応について入江氏は、「ビジュアルとしての品質の高低差はあるものの、それぞれのヘアに良さが生まれるように各ヘアを制作している」と語りました。
処理負荷に対応した髪の毛の見た目の比較。左から順にヘアカード、処理負荷を優先したストランドヘア、品質を優先したストランドヘア
【課題③】ビジュアル品質と描画・シミュレーション処理コストの最適化 ストランドヘアは描画とシミュレーションの双方をGPUで処理するため、ビジュアル品質の向上にあたりストランドヘアのコストの高さが課題になりました。 その結果、処理コストが妥当な量になるようストランドヘアの本数を再調整する作業が発生しました。
ポリッシュ後にストランドの本数を増減するのは難しい作業であるため、ヘア制作ツールの Ornatrix を導入し、最終的な髪の本数と形の最適化を行うことで処理コストの課題を解決しました。
LODについては、カメラ内での専有面積に応じて髪の本数を変更し、それに合わせて太さも自動で調整することで、処理負荷を低減しつつ見た目を維持しています。
実際の人間の髪が10万本前後とされるのに対し、ゲーム中のディアナの髪は2万本以下。ボリュームの差を補うため、髪を少し太めに設定し、スタイリングを調整するなど処理が行われています。
ストランドヘアを導入するために3つの課題を乗り越えた経験について、入江氏は「チーム全員の努力により、ディアナというキャラクターは魅力的な存在になったと思います」とまとめました。
またストランドヘアを「キャラクターの魅力をブーストさせる、沼注意な新技術」と表現し、最後は「沼のような魅力的な見た目の技術の裏で、新たな課題が発生していく部分もあるため、最初にプロジェクト全体でやる価値があるかどうかを見極めた上で導入することを強くお勧めします」としつつ「本講演が皆様のストランド導入時のご参考になれば幸いです」と締めくくりました。
『プラグマタ』公式サイト 『プラグマタ』における髪・表情表現の開発事例 - CEDEC2026
専門学校で3DCGとゲーム開発を学びつつ個人サイトで技術記事等を執筆してきた経歴をもとに、現在はライター・イラストレーターとして活動中。
「知る楽しさ」の共有を目標に掲げ、ライター業のかたわらで情報/技術系同人誌の制作なども行っている。