プレミアムコンテンツのアニメーション制作チーム参画時、先任はたったの1人
Brendan Russert氏はベネズエラ出身。過去にはプロのピエロとして働いていた経験
登壇したのは過去3年間、Riot Gamesで『VALORANT』の開発に携わってきたBrendan Russert氏。それ以前にはマーベルなどのプレビズ、インディータイトルの制作も行ってきました。
Russert氏が『VALORANT』のチームに加わったとき、プレミアムコンテンツのアニメーション制作に関わっていたのはRussert氏を含めて2人。現在(講演時)でもプレミアムコンテンツ担当が3人、キャラクター担当が3人と非常に少人数なチームです。
小規模なチームであるため、全員でデイリーミーティングを行い、互いにフィードバックを交換することで、協力して作業を進めているとのこと。
『VALORANT』で守られているアニメーション制作の掟
複雑に見える『VALORANT』のアニメーション制作ですが、いくつかの共通仕様を守って制作されています。
銃のアニメーションは5つのみ
『VALORANT』のアニメーション制作で特に印象的だったのは、銃のアニメーションの少なさで、ゲーム内には「装備」「高速装備」「射撃」「リロード」「インスペクト」の5種類のみだったそうです。
膨大な数のアセットを管理することになるだろうと考えていたとRussert氏だったが、実際のアニメーションはこの5つのみ
『VALORANT』はタクティカルシューターであるため、すべてのアニメーションはピクセル単位で正確に作り込まれる必要があります。制約の中でいかに斬新な銃のスキンを生み出すかが重要です。
例えば「ヴァンダル」というライフルの武器にはドラゴンのようなファンタジックな外見をしている「Elderflame」というスキンがあります。こうしたものでもヴァンダルのアニメーション仕様を守って制作されています。
ドラゴンのような見た目が印象的なヴァンダルのスキン「Elderflame」
特殊な見た目のスキンでも共通となる仕様を押さえていることを「ヴァンダル」のリロードを例に解説しました。
「ヴァンダル」のリロードは次の3つのステップで構成されています。
- マガジンの取り外し
- マガジンを戻して弾薬をセット
- 発射可能になったことをプレイヤーに通知
このアニメーションは、完了した後は射撃やリロードが可能になりますが、一度開始すると発射可能になったことをプレイヤーに通知するまで原則中断できません。これらの要素はファンタジー要素の強い「Elderflame」のスキンにおいても忠実に守られています。
「Elderflame」スキンでのマガジンの取り外し。リロードは、ドラゴンがマガジンを落とし、かぎ爪で新しいマガジンを受け取って装填する、というアニメーション構成
不要な複雑さや、武器の認識に時間がかかるアニメーションを避ける
初期に作成された武器では、発射可能になったことが分かりにくかったそうです。プレイヤーにとっては非常に重要なものであったため、武器スキンには「発射可能である」ということが明示されるようになりました。
初期の実験的なスキンでは、見た目は良いもののゲームプレイに不要な複雑な動きがあるものもあった
一方、ファンタジー性とゲームプレイに必要な情報を両立させている成功例としてガンスリンガーがコンセプトのスキンをRussert氏は挙げています。
西部開拓時代の雰囲気のスキンとマッチしたアニメーション
紛らわしい武器は“装備時の方向”を使ってプレイヤーに判別させる
銃には系列ごとにいくつかのサブ系列の武器があります。例えば、ファントムとヴァンダルはどちらもライフルのサブ系列です。見た目も機能もかなり似ていますが、ゲーム内ではわずかに動作が異なります。武器は地面に落ちているものや、敵や味方が落とした武器を拾って使えるため、アニメーションで「この武器を装備している」ということを強調し、伝えるようにしています。
例えば、装備するアニメーションにおいて、ファントムは左下へ、ヴァンダルは右上へと向けるアニメーションにすることで、拾った瞬間にどの武器であるかを直感的に伝えられるよう設計されています。
ヴァンダルの装備時アニメーション。右上へと銃身が向けられている
ファントムの装備時アニメーション。左下へと銃身が向けられている
武器の識別が遅れる演出は避ける
スキンが何もないところから徐々に形成されるアニメーションを試したこともありました。しかし、武器の識別が遅れるためこの手法はやめたとのこと。
銃の内部構造を常に露出して、エフェクトでスキンを形成する方式は、武器の識別がしやすく、かつ、ファンタジックな演出になりました。
「レディアント・エンターテインメント・システム」シリーズのファントムは銃の内部構造が見えるスキン
バリエーション豊かに見えても、ベースは同じ
インスペクトやキャラクターのアニメーションは自由度が高そうに見えます。しかし、こうした要素にも共通点が存在します。
インスペクトのアニメーションはモーションランゲージを維持
インスペクト時のアニメーションに関しては、ゲームプレイへの影響が少ないため、比較的自由な表現を可能としています。しかし、それでも武器の系列ごとにモーションランゲージを維持することで、武器の識別性を高めてプレイしやすくしています。
すべての武器で共通のベーススケルトンを用意。スキン要素はゲームエンジン内でベーススケルトンに追加する処理をしています。これにより、基本的なアニメーションを維持しつつ、視覚的な多様性を実現しています。
ベーススケルトン。スキンのパーツは銃本体とは別に手作業でアニメーション化している
インスペクトはクリエイティブに力を入れた部分ですが、実際には小さなパーツが重なって揺れているだけで、見た目よりもずっと単純な仕組みとなっているとのこと。
キャラクター固有の動きは仕様上可能にしつつも、実装では共通に
プレミアムコンテンツのキャラクターアニメーションも同様のシステムを使用しており、共通のリグとキャラクター固有のリグを組み合わせてアニメーションを制作しています。
現在(講演時)はプレミアムコンテンツでキャラクター特有のボーンアニメーションをさせているものはありませんが、動的にアクティブにしたりウェイト調整ができる仕組みにはなっているそうです。
上のリグはゲーム内の全キャラクター共通のリグ。下がキャラクターごとのリグ
「新しい」アニメーションは「既存」のアニメーションから生まれる
冒頭では銃のアニメーションが5種類のみで制作されていたエピソードが紹介されました。しかし、実際にはそれ以上のバリエーションがあるように見えます。ここでは、数少ないアニメーションでバリエーションを増やす方法を解説しました。
近接武器のアニメーション
近接武器は、装備すると移動速度が向上するため、プレイヤーが頻繁に使用する重要な武器です。
近接武器のアニメーションは、連続攻撃によるコンボを意識して制作されています。各攻撃後に短いアイドルポーズを挟むことで、次の攻撃への繋がりを生み出しています。
ゲームエンジン内では、攻撃1、アイドル1、攻撃2、アイドル1、攻撃2、攻撃3といった形でアニメーションを再生しています。代替攻撃はより強力ですが、アニメーション全体を見る必要があるため、コンボの対象とはなっていません。
1度目の攻撃で右から左へ攻撃し、約1秒間のアイドルポーズを挟む。2回目の攻撃はアイドルポーズからの攻撃となる。これらは攻撃を連続で行うと自動的に変化する
すべてのアニメーションは12フレーム目でヒットするように設計されており、重い武器のような大きな予備動作を表現するには制約があるとRussert氏は述べています。
移動アニメーション節約のコツと落とし穴
走行や歩行・ジャンプのアニメーションは、通常はベースとなるアニメーションを共通して使用しています。ベースのアニメーションにアイドルポーズを追加するだけで前に進んでいるように見えます。こうした仕組みのため、武器を変えても走行アニメーションはそのまま使用できます。ただし、刀のように両手で構え、鞘に収めてから走るような特殊な場合にはカスタムアニメーションを作成する必要があります。
刀の走行アニメーションでは、各ステップにつき数フレーム削ることで、プレイヤーに高速で移動しているような錯覚を与えることに成功。キャラクターのゲームスピードは変わっていない
重いハンマーのアニメーションでは、ステップを大きくしてアニメーション速度を遅くした結果、実際にはゲーム上の移動速度は変わっていないのに遅くなったように感じられ、プレイヤーには不評だったとのこと。アニメーションはプレイヤーに遅い・弱いと感じさせてしまわないように注意が必要です。
特定のフレームをループさせて武器を回すアニメーションに
アニメーション制作においては、複数の武器でアニメーションを再利用するとともに、少ないアニメーションで多くのバリエーションがあるように見せる工夫をしています。
例えば、キーボードを連打するプレイヤーは多くいるため、連打時に最初の12~15フレームをループさせることで武器を回すようなアニメーションとなるように設定しています。こうした工夫で、プレイヤーに楽しんでもらえるように努めているそうです。
自由度の高いインスペクトのアニメーションの制作
近接武器のインスペクトには、武器そのものの外観やエフェクトを見せる「SHOWING」タイプと、武器の使い方を見せる「USING」タイプがあります。
「SHOWING」タイプは「これが自分の買った武器だ」と見せることに重きが置かれます。
「USING」タイプは武器の使い方を見せることで「侍である」などのキャラクターの個性のなりきった表現をしています。プレイヤー自身を攻撃しているような印象を与えないように注意深く制作されています。
既存のアニメーションから新しいアニメーションを作る
近年では、既存のアニメーションアセットを再利用する試みも行われています。
インスペクトするとナイフからサイス(鎌)に変形する「ノクターナム」のスキン専用アニメーションは、既にあったアサシンブレードのアーキタイプを使うことで作成しました。これは、アニメーションの途中で「今、ナイフを持っている」という通知を送ることで実現しており、アニメーションの途中で中断してもナイフを持った装備になります。
「プロトコル 781-A」の近接武器も、攻撃するたびにアニメーションが別のタイプのものに切り替わり、フィニッシュの後にまた元のタイプのアニメーションに戻るという構成によって作られています。
リソースが少なくても「クリエイティブ重視」
『VALORANT』のアニメーションチームは人数の少ないチームメンバーが少なく、使えるリソースが限られた状況での効率的なアニメーション制作手法として、プロパゲーション(※)が紹介されています。
※ 伝播や普及、増殖などの意味を持つ言葉。この文脈ではアセットを流用した再生産に近しいニュアンスだと思われる
手順としては、まず、スキンラインを代表する武器のアニメーションのマークアップを完成させます。それを基準として、外部のベンダーが他の武器のスキンを制作します。
確実に実現したい箇所の開発に注力できることに加え、こうして作られたマークアップは外注した武器のビジュアルが目標となる水準に達しているかのチェックの基準にもなります。
ただし、武器ごとに独自のタイミングや接続設定があるため、完全にコピー&ペーストできるわけではありません。調整には多少時間がかかりますが、クリエイティブのことを考えずに作業に集中することができます。
一方で、非常に魅力的なスキンについては、社内のアニメーターが細部までこだわり、高いクオリティで制作する方針も示しました。
社内で作成された「エヴォリ・ドリームウィングス」のスキン
少ない時間で伝えきるための工夫
短い時間で伝えたい情報を伝えきるのは『VALORANT』のようなゲームでは重要なことでしょう。レッドドットとフィニッシャーについての解説は、こうした時間にまつわる制約によるものでした。
使えるフレーム数が少ないレッドドットのアニメーションにはスミアフレームを使用
レッドドットは、照準器を覗いた際に狙いを定めるために表示されます。『VALORANT』のアニメーションは60fpsで作成されているため、120fpsでゲームが動作している場合、60fpsのうち、わずか9フレームで意図を伝える必要があります。
この解決のために、スミアフレーム(※)と静止のためのフレームを組み合わせてアニメーションを制作しています。他のパターンも試してみましたが、情報がうまく伝わらなかったとのこと。
※ アニメーションで速い動きを表現する際に、伸ばしたり歪めたりしたフレームを挟むことで少ないフレーム数でも滑らかな動きに見せる技法
右の画像に現れた円がレッドドット。この変化を9フレームで伝えなければならない
作り込みたくても、プレイヤーが見ている2.5秒に盛り込む
プレミアムコンテンツチームにとっての報酬とも言えるぐらい楽しんで制作しているのがフィニッシャーです。
Riot Gamesはゲーム内でプレイヤーが実際にどれくらいの時間これを見ているのか、ゲームプレイ分析のためのリソースにアクセスすることができます。その結果、フィニッシャーは、2.5秒以降を見ているプレイヤーが少ないため、それまでに最も印象的なシーンを盛り込むように設計しています。
このフィニッシャーアニメーションはまだ続きがあるが、派手なアニメーションはこの初めの数秒に凝縮されている
講演全体を通して『VALORANT』のプレミアムコンテンツのアニメーションは、リソースやゲームプレイにおける制約を受けながら制作されていることが語られました。しかし、制約はクリエイティブを阻害するものではなく、ましてや、プレイ体験を損なうものではないことが感じられた講演でした。
『VALORANT』公式サイトAnimation Summit: Animating Premium Content in 'VALORANT' ‐ GDC 2025
ゲームメーカーズ編集。その他、ソーシャルゲーム、ボイスドラマ等のフリーのシナリオライターとしても活動中。突き抜けた世界観のゲームが好き。
『サガ・フロンティア』のアセルス編などのゲームを心のバイブルにして生きてます。