ゲーム開発者向けのカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2023」が、2023年11月25日に開催されました。本イベントでは、ゲームクリエイター 佐藤 倫(じゃんきち)氏が登壇し、『企業向けじゃない!学生やクリエイター個人に向けたマーダーミステリーのススメ』と題した講演が行われました。
企業とクリエイター個人のマネタイズ比較や、マーダーミステリーの面白さから考えるゲームデザイン、制作Tipsが解説された本講演をレポートします。
ゲーム開発者向けのカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2023」が、2023年11月25日に開催されました。本イベントでは、ゲームクリエイター 佐藤 倫(じゃんきち)氏が登壇し、『企業向けじゃない!学生やクリエイター個人に向けたマーダーミステリーのススメ』と題した講演が行われました。
企業とクリエイター個人のマネタイズ比較や、マーダーミステリーの面白さから考えるゲームデザイン、制作Tipsが解説された本講演をレポートします。
TEXT / セレナーデ☆ゆうき
EDIT / 田端 秀輝
登壇者は、フリーランスのゲームクリエイター「じゃんきち」こと佐藤 倫氏。佐藤氏のマーダーミステリーの代表作である『ランドルフ・ローレンスの追憶』は、「CEDEC AWARDS 2021」のゲームデザイン部門にて優秀賞を受賞しています。なお、『ランドルフ・ローレンスの追憶』は、「1週間で」「1人で」「制作機材はPC1台で」制作されたそうです。
佐藤氏の制作経験を踏まえ、受講者にマーダーミステリーに興味を持ってもらい、作るヒントを得てもらうべく、今回の登壇となりました。
マーダーミステリー(以下、マダミス)とは、複数のプレイヤーと会話をして遊ぶ非対称コミュニケーションゲームです。
非対称コミュニケーションとは、各プレイヤーの持つ情報や条件が同じではないという意味です。マダミスでは最初に各プレイヤーには「内容の異なる設定書」が配られ、それぞれ異なる役が割り当てられます。役にあわせて会話をして物語の真相を探りながら、犯人役が割り振られたプレイヤーは捕まらない(犯人だと悟らない)ことを、その他のプレイヤーは犯人を見つけ捕まえる(誰であるか当てること)を目的としてゲームを進行していきます。
一度プレイしてしまうとシナリオがわかってしまうため、一つの種類のマダミスは一度しか遊べないという特徴があります
本講演は、マダミスが「学生やクリエイター個人が戦える環境なのか」マネタイズの観点から説明があったのち、マダミスの面白さについて、そしてゲームデザインについて解説が行われました。
マダミスを作る話に入る前に、マダミスが「企業ではなく、学生やクリエイター個人の制作でも市場に参入できる環境であるか」、販売形態に触れつつマネタイズの観点から見ていきましょう。
マダミスには様々な販売形態がありますが、今回佐藤氏は[対面-オンライン]軸と[公演型-非公演型]軸の2軸で分け、2×2=4区分について説明を行いました。
[対面-オンライン]軸は、プレイヤーが同じ空間に揃ってプレイするか、オンラインで繋いでプレイするかの違いです。佐藤氏は、「会話」をマダミスの魅力の主軸に置いていることから、オフラインではなく「対面」という言い方を大切にしています。
[公演型-非公演型]軸はプレイヤーとは別に、サービス提供側としてのゲームマスターと呼ばれる司会進行役の有無とも言い換えられます。公演型は、ゲームマスターが各プレイヤーのプレイをまとめます。非公演型は進行役がおらずプレイヤーが説明書などを読んでプレイを進めます。
それぞれの価格は以下の画像のとおりです。およそ1プレイ3,000円~4,000円ほどで、[オンライン][非公演型]のみ、500円ほど、もしくは無料でプレイできるものもあります。
1プレイがおよそ4,000円ほどとした場合、人によって感じ方はさまざまであるとしながらも、ユーザー目線だとあまり安くないように感じるのではないかと佐藤氏は述べます。
この価格について、売り手目線で考えてみましょう。まずは、数百人くらいの従業員を養わなくてはいけない中規模の企業の社長として考えてみます。
一番値段の高い[対面][公演型]を例に上げると、相場は4,000円くらい、プレイヤー数は多少上下はしますが、7人が主流だそうです。1ゲームあたり約4時間ほどかかるとして、計算すると4,000円 × 7人 = 28,000円/4時間。ここに、家賃などの店舗維持費、ゲームマスターの人件費、シナリオの仕入れ代などを考えると、ビジネスとして成り立たせるのは大変です。
その他の形式にしても下記画像のように、原価やコストパフォーマンス、プレイヤーの人口を考えると、企業がマダミスに手を出すことはビジネス的には厳しいと佐藤氏は言います。
ではこれを、学生やクリエイター個人として考えてみるとどうでしょうか。
例えば[対面][公演型]の場合、1回4時間4,000円をプレイヤー7人でプレイすると、4時間で28,000円。貸し会議室を1時間1,000円で借りれば、利益は2,4000円になります。
自分一人では人件費などもかからないため、4時間で24,000円ということは、時給6,000円の利益になります。予約受付などの作業もあるため、完全にこの数字ではないですが、回数を増やすことでだんだん近づいていきます。
[オンライン][公演型]では、場所代がかからないため料金が直接利益になり、1回3時間3,000円でも、5名の参加で3,000円 × 5人 =15,000円/3h、時給は5,000円ほどになります。また、[オンライン][非公演型]に関しては、売れるかどうかは人気次第であるものの、佐藤氏の知人の大学生は全くの無名で販売した2作品で各100,000円ほど利益を得たそうです。
[対面][非公演型](パッケージ)は大量生産が必要なため個人には向かないそうですが、その他の形態であれば個人で行うぶんにはある程度の利益を得ることもできると佐藤氏は言います。有名な作品であれば、大人が食べていけるような夢のある利益も実現可能だそうです。
まとめると、マダミス業界は、学生やクリエイター個人にとって副業程度にはなり得る、人気が出れば本業として食べていくことも可能だと佐藤氏は言います。ここが本講演のタイトルにある「企業向けじゃない!」の部分であると語られました。
佐藤氏はマダミスの面白いところとして、「会話」「コミュニケーション」を挙げました。
マーダーミステリーというジャンルは、名前に「ミステリー」とついている以上、推理や謎解き部分が面白さの主体だという意見を目にすることが多いと佐藤氏は語ります。しかし、ミステリーを楽しむならば小説、謎解きを楽しむならば謎解きを目的としたゲームがあります。
マダミスが小説や謎解きと異なるのは、対人のコミュニケーションがゲーム内で必須である点です。
会話は、人間にとって最高の娯楽といわれると佐藤氏は言います。マダミスはその会話を贅沢に、高度なコミュニケーションに変える役割を持っています。マダミスを通じて行う会話は、殺人の謎を解き明かすために情報を交換して協力したり、犯人の動機につながる証拠について嘘をついたりすることが挙げられます。ただでさえ楽しい「会話」が別のものに生まれ変わることが、マダミスの面白いところだと佐藤氏は語ります。
また、マダミスにはデジタルゲームとは違う魅力や強みがあるといいます。子どもの頃からデジタルゲーム好きであった佐藤氏も、大人になってから実際に『人狼ゲーム』などのアナログゲームをプレイしていくうちに、人同士のコミュニケーションに興味を持ち、デジタルゲームとはまた違った魅力を感じたとのことでした。
佐藤氏はマダミスの面白さの本質を「ゲームを通して会話を昇華(アップグレード)すること」とまとめました。
それでは、マダミスの面白さである「会話」について、どう実装するか深く掘り下げていきましょう。マダミスにおけるゲームデザインとは、すなわちプレイヤーの「会話」をデザインすることとなります。
会話の構造を大きく分類すると、「整理・交換」「想像」「矛盾」の3種類になります。
まずは「整理・交換」ですが、これはお互いの知っていることを整理したり、情報を交換するというスタンダードな会話です。会話のレベルとしては一番低めのものですが、新しい情報を得て整理をするだけでも、マダミスの楽しさを味わうことができます。
下記画像の例では、Aさんが書斎でCくんを目撃したことを発言し、Bさんも同調。更にBさんは、書斎の前にはDさんもいたことを共有しています。
次に「想像」です。Cくんが書斎にいてDさんが書斎前にいたという情報から、「DさんはCくんを見ていたのかも」という想像をすることができます。
そこでBさんが「Dさんは好きな人がいるらしい」と言うと、「実はCさんに気があるのではないか」とDさんの気持ちを想像してしまいます。
そしてこのタイミングでAさんが「Cくんと私、付き合ってるの」と情報を出せば、「Dさんは片思いをしている」という状況を想像で作り上げてしまいます。
最後に「矛盾」について。同じセリフから始まる別の会話として、AさんがCくんを書斎で見た時間、Bさんは「自分はその時間、Cくんと倉庫にいた」という情報を出します。
しかし、更にAさんは「倉庫の鍵は私が持っている」という情報で対抗し、どの情報が正しくて、どの情報が間違っている(嘘をついている)かが、わかりづらくなります。
これらを踏まえて、佐藤氏は「想像でき、矛盾する会話が面白い」とまとめました。情報が入ってきて、それがどう発展していくのか推理や想像を巡らせること、そしてプレイヤー間で大きな会話のすれ違いが起きたときに面白いと語ります。
さて、先程の「矛盾」の会話がマーダーミステリーのプレイ中にて出てきたとして、このすれ違いの会話の真相はどのようなものだったのでしょうか?「マーダーミステリーの会話のデザイン」という観点で考えてみましょう。
AさんとCくんが付き合っているという情報があれば、AさんがCくんのアリバイを捏造するために嘘をついているようにも見えますし、Bさんの「Cくんといた」というセリフが嘘だったようにも見えます。Aさんは鍵を持っていましたが、Bさんは本当に倉庫に入れたのか?といった疑問も出てきます。
「マーダーミステリーの会話のデザイン」の上で大事になってくるのは、マダミスではプレイヤーの会話の内容によって状況が変わりうるため、プレイヤーが嘘をつくかどうかを作者はコントロールできないという点にあります。つまり、プレイヤーが嘘をつくことを前提としてシナリオを作ることはできず、今回の例においても嘘は予想できるものでないことになります。
つまり会話に矛盾があったとして、「AさんとBさんのどちらも嘘をついていない」としても会話が成立しうる状況であったというのが事の真相のようです。「Aさんが書斎で見たのは、Cくんに変装したEくんだった」「Aさんが持っている倉庫の鍵は、すりかえられた偽物の鍵だった」という設定が組まれていれば、嘘をつかずとも先の会話が成り立ちます。
このような設定が存在していると、AさんもBさんも本当のことを言っているのに矛盾が発生し、プレイヤーに疑問が生まれます。佐藤氏いわく、この矛盾が面白い部分で、マダミスというゲームでは、「本当のことを言っているのに矛盾する」という会話をデザインするのが大事だと語りました。
加えて、矛盾を解決していくことで、事件の真相に迫れるようにすることも同様に大切です。面白い設定を考え、プレイヤーの面白い会話をデザインしても、その結果得られる情報が本筋とまったく関係ないものの場合、プレイヤーの満足度はどうしても落ちてしまいます。矛盾する会話をすることがマダミスの一番大事な肝ではあるのですが、その結果、「犯人を見つけ出す」「何かを秘匿する」という目標を達成するために役立つような作り方をしなくてはいけないと佐藤氏は語ります。
また、「プレイヤーが矛盾を見つける」「真相を解明する」というギミックを1つだけ用意するのは良くありません。例えばプレイヤーが7人であれば、それぞれ中に人間がおり、まったく違う設定書を読んでプレイするため、違う矛盾を最低7つと、それを解明していく手順を作る必要があります。
マダミスの会話のデザインで大切なことをまとめると、「想像の余地がある会話をプレイヤーにさせ、それが矛盾すると一番面白くなる」こと、そして「プレイヤーの嘘に期待をすることはできないので、制作側が考えて作らなくてはいけない」ということです。また、矛盾を解決していった先には真相にしっかりと紐づいているというレベルデザインができるとなお良いとのことでした。
マダミスのレベルデザインは考えるのが難しいと佐藤氏は言います。マダミスでは、カードに書かれた断片的な情報から手がかりを見つけていく形式の作品が主流です。
このとき「断片的な情報の中でいくつかを組み合わせると、すぐに犯人がわかってしまう」というシステムではあまり面白くなりません。面白いマダミスを作るためには、何か一つ謎を解くと新たな手がかりが生まれ、その手がかりが最終的に真相解明に繋がってくるというような、ピラミッドのような立体的な構造になると楽しくなると佐藤氏は結びました。
今回の講演ではマダミスについて、「学生や個人が戦えるフィールドである」ということ、「会話というものがマダミスの面白さの鍵である」ということ、そして「矛盾する会話をデザインできると面白い」ということについて解説がありました。
そして佐藤氏は講演の最後に、マダミスのもうひとつのいいところとして「失敗できること」があると述べました。
企業のゲーム開発などでは、失敗することでお金などのリソースを消費してしまいますが、マダミスは自分でとりあえず作ってみて、ダメだと思ったら引っ込めるというスクラップ・アンド・ビルドが可能です。そのため、一旦作ってみて、どんどん失敗してみてほしいとのこと。
また、「専門外のことにチャレンジしてほしい」とも述べられました。物語を書いたことがない人は物語を、デザインをしたことがない人はデザインを、ゲームのメカニクスを作ったことがない人はゲームを作ってみるのがいいと佐藤氏は語ります。
企業などの場合、一度所属してしまうと職種の転換は難しいですが、マダミスでは片手間にほかの作業に挑戦することができます。佐藤氏は「自分のことは自分であまりわかっていないので、意外と新しいこともできてしまうかもしれない。マダミスはそういったことにチャレンジしやすい環境だ」と述べ、講演を締めくくりました。
講演後に20分ほどの質疑応答が行われました。マダミス制作者、あるいは興味を持った聴講者の質問に対して、佐藤氏の経験に基づくTipsが満載でしたので、掲載いたします。
–家族で少人数で遊ぶ場合におすすめのマダミスはあるか?
Group SNEの『ウェンディ、大人になって』が少人数で遊べてパッケージで購入できるので、気軽に遊べておすすめ。
–初めてマダミスを作る場合、プレイヤーを何人にするのがおすすめか?
以下の理由から5人がおすすめとのこと。
–初めてマダミスを作る場合、ゲームマスターの有無のおすすめはあるか?
作者の適性次第。作者がアドリブが得意ならば、曖昧なポイントもゲームマスターとしてその場で説明して乗り切れる。
ゲームマスター無しの場合は、処理を全部設定書やアイテムに収めないといけないが、人前で喋ることや進行管理が苦手であれば心理的なハードルは低くなる。
–デジタルゲームでは通しプレイやデバッグなどのテストプレイがあるが、マダミスでもテストプレイはしたほうがよいか?
テストプレイはやったほうが絶対にいいものができる。
最近はマダミス用アプリ「UZU」などオンラインでマダミスを気軽に遊べるようになってきているので、オンラインで友達を作り、テストプレイをしてもらう形もある。
–1週間で制作した『ランドルフ・ローレンスの追憶』はどのように作られたか?
制作前からプロットはある程度は頭の中にあった上で、最初に広告を作り予約を受け付けることで1週間という締切を作ったそうだ。ただし勧めるのは締切を作ってそれに向けて着手することであり、制作期間は少なくとも2週間、できれば1か月くらいは見ておくとよいとのこと。
–佐藤氏の制作経験からの失敗事例紹介
物語を考え、それを主軸にゲームを作ると失敗したそうだ。悲惨な物語が書かれたハングアウトを読むだけでなく、一つ一つ物語の真相を解いていく過程を経ることでプレイヤーの体験として紐付くため、物語は後付けにして「会話をデザインする」というところから始めたほうがよい。
–キャラクターの対立構造は、プレイヤーがプレイしていく中で生まれていったほうがよいか?それとも先に「こういう対立構造がある」という前提を与えたほうがよいか?
見せ方次第。最初から弁護側/被告側で分かれている、裁判をテーマにしたマダミスもある。二陣営で分かれていても、各陣営のメンバー全員が共通した目標を持っていないほうがよい。例えば「裏でこっそり、違う陣営の二人が共通する目標を持っている」みたいな構造があると、面白さが増すのでは。
–プレイヤー全体での会議と密談(プレイヤー少人数でのみの会話)のバランスについて。プレイによって密談ばかりであったり密談しなかったり、情報の偏りが出てきてしまう。台本段階で偏りを均一することは可能か?
「密談する時間を区切る」「本来は必要ないが、誰かと密談をしないと達成できないような目標を組み込む」という形をとれば密談の偏りが生まれにくくなる
–各プレイヤー各々の個人目標として目的を「秘密にする」ものとして設定されていることがある。全員がその秘密を守ったままでも事件の真相にたどり着けるようなバランスにしたほうがいいのか、ある程度の人が秘密を明かすとたどり着けるバランスがいいのか?
プレイヤー個人の満足度は個人目標の秘密を守れるかにかかわってくるが、全体の満足度は秘密が明らかになればなるほど上がってくるという非常に難しい問題。
佐藤氏はある程度個人の秘密が明らかになったほうがいいという形で作る傾向がある。その際も明かされたことで到達できるエンディングが、秘密を明かされたことを「仕方ないか」と思ってもらえる、救いがあるようにする形で、可能な範囲で秘密が明かされていくような作りにするのがいいのではないか。
–マダミスにはカードや地図、時間などヒントになるものがたくさんあるが、初めて作る際は数を絞ったほうがいいか?
作る際に設定として「有るもの」を厳密に決めたうえで、ゲームとして必要なものだけをピックアップしてカード化するのがよい。全部カード化しても意味のない情報になって面白みがないので。
–特定のプレイヤーにだけが得られる特殊なヒントのようなものはあっても大丈夫か?
[公演型]において、特定の手がかりが公開されないとゲームの真相が紐解かれず、プレイヤーの満足度が下がってしまうというケースでは、ゲームマスターが裏でこっそりヒントを伝えることもある。
[非公演型]ならばアドリブで対応できず、そのヒントが共有されないケースもあるので、特殊なヒントをあらかじめ複数しこむとよい。ただしフェアネス(公平性)が損なわれないように。例えば、それを手にした瞬間犯人が絶対にわかってしまうヒントは無しで。
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