スクウェア・エニックスの開発資料の調査と保存のプロジェクトの始まり
冒頭では、スクウェア・エニックスに所属するAI研究者の三宅陽一郎氏より、開発資料の発掘と保存の現状が解説されました。
三宅陽一郎氏。現代のAI研究の最前線で活動。その他にゲームの資料保存活動なども活発に行う
三宅氏は2019年の夏ごろから、スクウェア・エニックスが合併する前の旧エニックスの技術的資料の中からゲーム研究に資するデータがあるか調査していました。
通常、こうした資料は社内にてデジタルで管理されているそうですが、旧エニックス内で調査してもデジタルの資料が見つかりませんでした。そこで、段ボールに詰められたアナログの資料を取り寄せることから始められました。
しかし倉庫にて、どのゲームのどの資料が収められているか管理されていなかったため、やむなく一括で資料を取り寄せるような力技で進められてもいました。これらの資料を調査してみると、「宝の山だ」と例えられるほどの情報があるのが確認できたため、管理していく必要があると考えるようになりました。
そうして、ゲーム開発資料を保存するプロジェクトが2020年の春ごろから本格的にスタートします。いくつかの資料は放置したままだと劣化してしまう可能性もあったため、プロジェクトは早めに進められた側面もありました。
このプロジェクトではいくつかの目標が立てられました。開発資料を会社のひとつの資産とすること。誰でも参照できるアーカイブにすること。そして、資料を編纂し、スクウェア・エニックスの歴史を編みなおすことで、可能な限り公開できるものにすることです。
資料の種類は「ゲームのパッケージ」と「開発資料と素材」と大きくふたつに分けられます。
パッケージは名前の通り、リリース済みのタイトルのパッケージの他、バイナリデータや開発者のクレジットが含まれた資料です。
一方で、開発資料と素材は、開発タイトルの最終ビルドとなるプログラムやアセット、ツールのほか、ゲームデザインやアートワークの仕様といったものが対象になります。また、開発の中間データとなるプログラムや企画書、ラフスケッチなども含まれます。
現在、本プロジェクトはスクウェア・エニックスの関連企業である株式会社スクウェア・エニックス・ビジネスサポートが、資料の保存や歴史として参照できるように整理する作業を進めています。
アナログ資料アーカイブ化の具体的なプロセス
初めに、ゲームのパッケージやポスターをはじめとする段ボール詰めされた開発資料の状態を確認します。
次に、デジタルカメラで資料を撮影。ひと通りの撮影が終わったら、写真をPCに保存します。
撮影が終わった資料は、再び元の段ボールに詰め直します。同時に、撮影した写真も箱の中に入れて、改めて保管します。
紙の資料はPDF化し、管理用のExcelを作成して、撮影したアナログ資料の写真とともに保存します。
これらのデジタルデータは、後続の開発者が研究や参照として索引しやすくするために、元となるアナログの開発資料が保管された段ボール単位で管理情報を整理していきます。
スクウェア・エニックスにおける保存した資料の活用
こうして保存された資料は、社内や社外向けのアーカイブとして残しておくだけではありません。「開発資料・素材を資産へ」というコンセプトを広げる形で、二次利用として、様々なカンファレンスやイベントにて展示も行われています。
二次利用の意図は、開発資料を一般公開することによって、ゲームの開発資料を保存する活動を広く知らしめるためです。こうした展示をゲームメディアや一般メディアに取り上げてもらうことで、ゲーム産業全体が開発資料を保存する活動に積極的になってもらう意図も含まれています。
二次利用の実績として、これまでにスクウェア・エニックスとタイトーでは2021年にSIGGRAPH Asiaにて開発資料の展示を行っています。主に企画書や仕様書の他、アーケードの基盤を一般に公開しました。SIGGRAPH Asiaでの展示は、今年も行われています(ゲームメーカーズではこちらの展示レポートも公開予定です)。
また三宅氏はAI開発者として、コンソールゲームでAIが活用された初期の事例として『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』を取り上げた論文を発表しています。ここでは、同作のクリエイターの堀井雄二氏と、プログラマーの山名学氏にインタビューを行い、スクウェア・エニックスがいかにゲームAIの開発の歴史を作り上げてきたかを解説しています。
上記の『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』におけるAIの論文は英訳し、日本のゲーム史の国際ジャーナルに掲載。そこでゲーム開発資料の保存活動も紹介した
カプコンの「CIAS」による資料の保存と活用について
続いて、他の企業における資料保存と二次利用に関する解説が始まりました。カプコンにおける資料保存について、同社でプロデューサーを務める牧野泰之氏が講演を担当しています。
牧野泰之氏。カプコンのプロデューサーを務める。『大逆転裁判1&2』やストリートファイター展などをプロデュース
牧野氏も、三宅氏が説明してきたように「我々の過去の資産を、今と未来のためにデジタルで保存していく」というスタンスで、カプコンの開発資料の保存を進めているといいます。
カプコンでは、そんな過去のタイトルの素材や開発資料を管理したり、運用したりするシステムとしてCIAS(Capcom Illustratioins Archives System)を立ち上げています。
CIASでは、『ストリートファイターll』などをはじめとする移植タイトルのライセンスビジネスやPRをスムーズに行うため、ゲームのキーアートやロゴ、キャラクターイラストなどの宣伝素材のアーカイブをすぐに参照できるようにしています。
CIASは、サイト内で使いたい素材を選ぶと、そのまま管理責任者に素材を使用する許諾が出せるシステムとなっています。
素材はかなり細かく用意されています。たとえば『ストリートファイターll』の人気キャラである春麗の、スプライトアニメーションひとつひとつをPhotoshopのPSDファイルとして使用できるようにしています。
こうして細かく素材を用意することで、ブラウザゲームの企画など、さまざまなPR企画に利用しやすいようにしています。
CIASに登録されている素材には『逆転裁判』も。ゲームで印象的な「異議あり!」の吹き出しロゴも登録されている
人気2Dアクション「ロックマン」シリーズの素材も、CIASに登録されている
そんなCIASのデータベースは、倉庫に保管された膨大なアナログの開発資料をデジタルデータとしてアーカイブ化することで作られています。
アナログの開発資料の保管状況は非常に乱雑だったといいます。下記のスライドの写真を見る限り、スクウェア・エニックスの事例とも近いように思えますが、牧野氏は「どの会社も昔の開発資料の保管については似たような状態」だと説明しています。
CIASでは、アナログの開発資料をスキャンし、デジタルデータにしたものを主に利用しています。
アナログの開発資料から発掘されたキャラクターアート
スキャンしたデータはレタッチなどを加えることで、素材として活用できるようにしています。
スキャンした画像データは、元の素材を見ながら色彩の調整などを行っていく
現在のところ、CIASではキーアートやスプライトといったアートのカテゴリのみがアーカイブされています。今後はPVやCMといった映像や、BGMなどの音楽のほか、企画書や仕様書などの開発資料に加えてROMをアーカイブしていく予定となっています。
倉庫に保管されている膨大な企画書の山も、CIASへのデータベース化が進行している模様
CIASによるアーカイブの活用事例
こうしたCIASによるアート資料の活用事例にはさまざまなものがあります。
ひとつは、過去のアーケードタイトルをプレイできる『カプコンアーケードスタジアム』です。ここでは、各タイトルのロゴなどを活用するのにCIASのアーカイブが生かされています。
その他にも、雑誌やイベントなどに使われることで、過去のタイトルをあらためて周知させています。
雑誌「Pen+」の「ストリートファイター」シリーズ特集の際に、アーカイブの利用を許諾している
2021年には手塚治虫のキャラクターとコラボするかたちで、開発資料を展示するイベントも
カプコン40周年記念サイト「カプコンタウン」においても、さまざまなタイトルの開発資料が活用されました。
2025年には「大カプコン展 ―世界を魅了するゲームクリエイション」の開催が控えており、そこでCIASのアーカイブが大いに活用される予定です。
タイトーにおける開発資料の保存と活用。記念イベントや再販への利用
タイトーの資料保存と活用事例については、同社でプロデューサーを務める外山雄一氏が解説しました。
外山雄一氏。タイトーにてプロデューサーを務める。「ダライアス」シリーズなどを手掛ける
タイトーは1953年に起業した特に歴史の長い企業で、会社も何度か移転を繰り返しています。その過程で開発資料が廃棄されたことも多いと外山氏は説明します。
とりわけ、タイトーはアーケードゲームで活躍した企業でもあります。それゆえに、ゲームそのものの保存としてもアーケード筐体がとても大きく、場所を取ってしまう問題もあったり、筐体が劣化してしまう問題もあったりしました。
そんなタイトーにおける資料保存ですが、スクウェア・エニックスやカプコンといった企業のように体系的に保存活動が出来ているわけではなく、タイトーの拠点ごとの担当者が保存に尽力することで、なんとか活動が進められているのが実情でした。
タイトーでも先述のスクウェア・エニックスやカプコンと同じく、膨大な段ボールにアナログの資料が収められています。ただしタイトーでは、ファイリングされた各タイトルの資料が、メーカーのロゴが入った特注の段ボールの中に収められています。
その他、アーケード基板やROMなどを保管。また、マイクロフィルム化した書類なども保存が行われています。
タイトーの資産として特に大きなアーケード基板。各地の拠点やゲームセンターの基板を一か所に集め、整理して保管している
EP-ROMを保存する様子。ROMはタイトルごとに開発ビルド、マスターに分けて保存されている。また日本版、欧米版、アジア版と海外の地域ごとに展開されたROMも。中にはディズニーランドのゲームセンター版ROMまであるという
マイクロフィルムの保管。タイトーでは一時期、書類ごとにマイクロフィルム化することでコンパクトにし、保管しやすくしていた
図面や回路図などを主としたメンテナンス用マニュアルについては、現在はタイトーの厚木テクニカル&ロジスティクスセンターにて保存されています。
その他、広報誌や社内向けの資料はタイトーの広報が保存している
タイトーのアーカイブ活用の事例
タイトーでも、保存した資料がさまざまなイベントで活用されています。特にタイトーの代表的なアーケードの資産を生かしたものが多いです。
タイトーが創立70周年を記念したイベント「70周年 レトロ筐体・AM機械展示会」では、『スペースインベーダー』など往年のアーケード筐体を展示しました。その他にも、数多くのIPの再販や、記念イベントなどで開発資料が積極的に活用されています。
こうした活動は、歴史的な価値を高めるほかにも、ビジネスとしてIPを活性化させる意図があります。
人気シリーズをひとまとめにした『ダライアス コズミックコレクション』や、アーケード筐体を小さなサイズのインテリア風にした「EGRETⅡ mini」など、IPを再販するさまざまな展開も
活用事例は再販やイベントだけではなく、復刻版の開発も含まれます。『タイトー LDゲームコレクション』の復刻版のひとつ『宇宙戦艦ヤマト アーケードエディション』では、オリジナルのアーケード筐体を使わず、回路図やROM、レーザーディスクといった素材から開発されました。
『スペースインベーダー』40周年を記念する「PLAY!スペースインベーダー展」では、同シリーズのさまざまな開発資料や素材が展示されました。
「アーケードアーカイブス」シリーズの開発で有名なハムスターによるYouTube配信「アーケードアーカイバー」では、タイトー開発タイトルの関係者をゲストに、開発資料のスライドを披露しながらトークが行われました。
また、「株式会社タイトー 70周年記念サイト」や「SIGGRAPH Asia 2021」での展示などにおいても、保存資料が活用されています。
「株式会社タイトー 70周年記念サイト」にて歴史を見せるときなどでも資料は活用された
「SIGGRAPH Asia 2021」ではスクウェア・エニックスとともにアーケード基板の展示を行った
セガでは保存活動のプロジェクトは始まったばかり
最後にセガの奥成洋輔氏が、同社の開発資料の保存活動について解説します。
奥成洋輔氏。セガにてプロデューサーを務める。これまでにメガドライブミニ(北米ではSEGA Genesis Mini)1~2などをプロデュース
セガでは大きく分けて4つのカテゴリーの保存活動が行われています。ひとつは「アーケード筐体、ハードとソフト」の保存。次に「ゲームデータ」、「紙の企画書や開発資料」、最後に「イラストレーションの原画や印刷物」と、さまざまな区分がされています。
ゲーム産業で長い実績を持つセガですが、開発資料の保存活動は2023年にスタートしたばかり。現在、日夜を問わず過去の開発資料を集約する活動を進めている最中です。主に社内の資料の収集と管理、ならびにアナログ開発資料のデジタルデータ化のほか、データベースの作成などを行っています。
まずアーケード筐体は、現在は社内の倉庫に保管されています。ここでは80年代や90年代に稼働していた『アウトラン』などの名作アーケードの筐体を保存しています。
また、60年代に稼働していたスロットマシンや、70年代のジュークボックスやエレメカといった、現在のゲーム産業が成立する以前の娯楽機も保管。これらの筐体は、ゲームショーなどのイベントの時にも活用されます。
続いてゲームデータの保存についてです。90年代まで、ゲームのマスターROMは、EP-ROMとして物理的に保存されていました。しかし、そんなEP-ROMは膨大な数があるため、今まで一括で管理されてきませんでした。
膨大な数のなかでも、移植タイトルのEP-ROMはデジタルデータ化が進められていましたが、現在はすべてのEP-ROMのデジタルデータ化を目指しています。
企画書や仕様書といった紙の開発資料については、デジタルデータ化を進めるとともに保管する環境の改善を進めています。
『アウトラン』の開発資料。スポーツカーに見立てた筐体のイメージ案などが見られる
『エイリアン・シンドローム』や『ベア・ナックル』の開発資料もデジタルデータ化された
イラストはもともと4:5のアスペクト比によるポジフィルム形式で保管されており、デジタルデータ化の際にそれらをスキャンしてアーカイブ化しています。また、ポスターなど印刷物のサンプルもデータ化している最中とのこと。
これからのセガの資料活用について
セガの保存活動はまだ1年弱ですが、先述の企業のような開発資料の活用も活発に行われています。
たとえば80年代から2000年代のタイトルを、メガドライブミニの収録タイトルとして利用したり、「龍が如く」シリーズの作中にてミニゲームとして活用したりしています。
2013年にニンテンドー3DSで発売された『3D アフターバーナーll』について、いかに元の筐体から3DS向けのタイトルに落とし込んだかも紹介されました。
『3D アフターバーナーll』では、3DSホーム画面でアーケード筐体の3Dモデルが表示されます。当初、モデル制作の際にアーケード筐体そのものを3Dスキャンするつもりでしたが、そのままでは出来ませんでした。そのため、パーツを分解しながらさまざまな角度から撮影したものを参照して制作しました。
今後はセガの子会社や関連企業も含めた包括的なデータベースを作成していく予定です。アトラスや旧サミー、テクノソフトなどの開発資料も保存活動に加えていきます。
余談ながら、今回の講演で興味深いのは飯野賢治氏の企業であるWARPもデータベース化の予定に入っている点です。こうした点も含め、セガの保存活動は今後も注目していくべき事業と言えるでしょう。
「だから、開発資料を保存してください」
講演の締めとして、三宅氏は「日本のゲームが世界的に与えた影響は大きい」と語りました。80年代から90年代に開発されたタイトルは、いまも世界各国のクリエイターに刺激を与えています。
にもかかわらず、そうしたタイトルがいかにして開発されてきたかについては、あまり知られてきませんでした。そこで三宅氏は、「文化の発信者として、日本のデジタルゲームの歴史を明らかにして、世界へ発信する義務がある」と指摘しています。
質疑応答では、過去のゲームの保存におけるエミュレーターについてのセンシティブな質問も挙がりました。
三宅氏は「いくつかのケースは違法かもしれない。たとえばプレイステーションや任天堂のコンソールのエミュレーターなどだ。我々のゲーム保存活動は、そのような違法性の問題を考慮して行われている」と回答しており、少なくとも公正なかたちで進められているようです。
三宅氏は、今回紹介された開発資料の保存活動がもたらす効果として、以下を挙げました。
- 過去の資料を整理することが、将来の発展に繋がる。
- 過去の資料から、現在のゲームの発展がどのように進んだかを知ることができる。
- 未来を予測するには、過去の流れを辿る意味が大きい。
- その歴史の積み重ねから、会社に誇りを持てる。
- 仕事それぞれに価値があるが、それぞれが繋がる流れを作ることに意味がある。
- こうした効果は、ゲーム産業がアカデミアから学べることである。
三宅氏は「だから、開発資料を保存してください」とまとめました。これからのクリエイターも、ゲーム開発で使用した資料を残しておくことは自らの歴史を積み重ねるとともに、後続のクリエイターが参照し、未来に繋げられる可能性を生み出すのです。
より豊穣なゲーム開発へ向けて、大企業のクリエイターも、インディーゲームクリエイターであっても、開発資料を保存していく意味があると言えます。それは、いつの日にか人々に公開することで、開発したタイトルの理解を深めたり、もしくはイベントとして素材を活用したり、未来のクリエイターの知見となったりすることでしょう。
The Cutting Edge of Preserving Game Development Materials Archives(ゲーム開発資料の保存の最先端) - SIGGRAPH Asia 2024
「ジャンル複合ライティング」というスタンスで活動。ビデオゲームを中核に、映画やアニメーションをはじめ、現代美術から格闘技、社会など数多くのジャンルを横断した企画やテキストを執筆している。