国内最大規模のゲーム業界カンファレンス「CEDEC2024」が、2024年8月21日(水)から8月23日(金)までの日程で開催されました。1日目となる8月21日(水)には、セガ ジャパンアジアパブリッシング事業本部 マーケティング本部 データソリューション部 アドストラテジーチーム チームリーダーの李惠媛氏とアプリボット グローバルパートナー事業部 マーケティングプランナーの梶井将氏が登壇し、「自分達のプロダクトを自分達でユーザーに届ける。メリットしかなかったマーケティングのインハウス化」と題した講演が行われました。
広告運用に関する諸業務を外部の代理店に外注せず、広告クリエイティブの制作からデータ収集、分析まで全てをインハウス化するメリットや、実現するまでの課題解決のためにセガとアプリボットが打ち出した施策などが解説されました。
TEXT / 浜井 智史
EDIT / 酒井 理恵
目次
セガとそのマーケティングを担っていたアプリボットが協力し、マーケティング運用をインハウス化
登壇したのはセガ ジャパンアジアパブリッシング事業本部 マーケティング本部 データソリューション部 アドストラテジーチーム チームリーダーの李惠媛氏とアプリボット グローバルパートナー事業部 マーケティングプランナーの梶井将氏。
アプリボットはサイバーエージェントの子会社。サイバーエージェントグループは広告事業も担っているため、アプリボットでは元々マーケティングをインハウス化していました。次第に、アプリボットは他社の広告事業も担うように。セガもその顧客のひとつでした。
李氏と梶井氏はセガのマーケティング運用のインハウス化に従事しており、本講演では「インハウス化」がもたらしたメリットと、その実現のために克服した課題について語ります。
インハウス化を目指した背景にあった「代理店を利用する上で生じる課題」とグ「ローバル化に対する展望」
セガがマーケティング運用のインハウス化を目指した背景のひとつに代理店の利用における課題がありました。
セガ社内ではかねてより「コストを抑えて配信したい」「少額で安定的に配信したい」「すぐに、ちょっとだけ配信したい」という3つの要望が多く挙がっていたといいます。
広告配信にあてがえる予算は限られています。セガが手掛ける多数のタイトルの中では、少額しか予算を割けないタイトルもあるとのこと。用意された広告費を効果的に活用するため、代理店に支払うマージンを削減し、浮いた費用を少しでも多く広告配信に投資しユーザー獲得へつなげたい想いがあったといいます。
ところが、少額の広告費では代理店から十分なコミットが得られず、レスポンスも遅れがちになります。予算内で作成できる広告クリエイティブの量も少なく、不足分の作成に別途費用がかかるといった問題が発生したそうです。
また、短時間だけ軽い広告を配信したいと要望を受けたときに、軽めの広告といえど、配信目的を代理店に共有する作業や時間が少なからず必要です。費用対効果を考えると、外部の代理店に発注をかける手間は軽視できません。
こうした課題に加えて、セガは「自社タイトルのグローバル展開」を見据え、将来的な展望を有していました。海外に向けて広告を打ち出し、その効果を国ごとに分析するといったノウハウを社内に蓄積するため、マーケティング運用を外部の代理店に頼らず自社で管理したかったとのこと。
自分たちで開発したゲームを自らマーケティングする「インハウス化」がもたらしたメリット
マーケティングのインハウス化によってもたらされたメリットには「CPI/ROASが効率アップ」「連携のスピードアップ」「ノウハウの蓄積」「グローバル対応」の4つがあったといいます。
外部受注の経費削減によるCPI/ROASの改善
最も大きなメリットとして挙げられたのが、CPI/ROASの改善です。インハウスに移管することで、代理店にマージンを支払う必要がなくなり、余剰経費をマーケティング成果の向上に役立てることができます。
運用業務を社内で一本化。チームの連携スピードが向上
マーケティング運用を全て社内で完結させることで、業務の効率やレポーティングラインが向上しました。
インハウス化を行うことで、マーケティング運用に携わる人員が全て社内に集約され、連携スピードを高められました。
代理店に渡っていたマーケティング運用のノウハウを社内に蓄積
インハウス化したことによって、社内に蓄積されたマーケティング運用の知見には大きく3つの区分がありました。
GoogleやXなどの各種メディアの特徴や効果的な運用方針を把握する「メディア特性」、広告のクリック数やアトリビューションの分析方法といった「計測知識」、イベントに合わせて広告配信を強化するタイミングなど具体的な「運用ノウハウ」です。
このうち、セガが実際に行っている広告運用施策の一部として、周年イベントやコラボなど毎月実施されるプロダクトがあります。月ごとのCPI(消費者物価指数)やLTV(顧客生涯価値)を集計・分析し、翌月の収益達成見込みを予測して、次回の施策に活かしているといいます。
グローバル展開も効率化。海外進出が容易に
インハウス化以前は、グローバル展開に際して各国に代理店を確保し、コミュニケーションを取るフローが発生していました。また、国ごとのレポートフォーマットが統一されておらず、収集した成果を同一の基準で比較するのも困難でした。
そこで、インハウス化によりセガとアプリボットの合同でグローバル展開を管理。各国のレポートフォーマットが統一され、国ごとの成果比較や、新規で広告配信を始めた国に対する検証などが容易にできるようになりました。
インハウスチーム設立を前に立ちはだかる「障壁」はセガ・アプリボットが共同で解決
新規プロジェクトチームの立ち上げにあたり、何事もスムーズに進行するとは限りません。セガがインハウスチームを立ち上げる際も、業務を妨げる2つの「障壁」が発生したといいます。
1つ目の課題として、これまで代理店に一任していたマーケティング運用に関する諸々の業務を全て社内で受け持つことになり、煩雑なタスクを処理するリソースが不足していました。
2つ目に挙げられたのは、マーケティング運用の経験不足です。社内にマーケティング経験者がほとんど不在で、経験者の新規採用や未経験者の育成が必要でした。また、業界の最新情報を取り入れてノウハウを習得することも大きな課題でした。
これらの「障壁」をいかに解決したのか、セガとアプリボットが講じた施策や、インハウスチーム立ち上げの詳細な流れを解説します。
煩雑なタスク処理はアプリボットと連携して効率化
梶井氏によると、マーケティング運用のPDCAサイクルは主に4つのフェーズで実施されているといいます。
まず、マーケティングのターゲット層を調査し戦略を練り、適切なメディアを選択するといった方針を決定します。それに対して、必要なクリエイティブの制作が行われます。
その後、実際にクリエイティブを入稿し、広告を配信するフェイズに移りますが、配信を終えるだけでは作業の完遂とはなりません。広告が正常に配信されているか、予算通りの配信が行われているかといった、配信の管理作業が必要になります。
しばらく配信を続けてデータが溜まってくると、デイリー/ウィークリーと決まった期間で集計・分析を行い、マーケティング効果や戦略方針の検証に入ります。
この4つのフェーズを繰り返し、PDCAを回すのが主なデジタルマーケティングの流れとなりますが、このサイクルの中で、運用上負担となるタスクは都度発生するといいます。
配信準備に伴う膨大なタスクを効率的に解消
マーケティング運用で必要な諸業務の中で大きな割合を占める「クリエイティブ制作」。
例えばソーシャルゲームの運営について考えると、月に2、3回のガチャを実装し、小さなキャンペーンも数回行う場合、毎月4、5件のコンテンツを世に送り出す計算となります。これら1つ1つに対応するクリエイティブを制作するとなると、1タイトルあたりそれなりの量が求められます。
セガのように多数のタイトルを抱える会社であれば、週に2本のクリエイティブを月4回、それを4タイトルで制作するといった事態も起こりえます。定常のクリエイティブだけで32本となる計算です。
さらに、半年前から準備を進めてきたコラボや周年イベントなども考慮すると、月に6本のクリエイティブを2タイトル分と計算した場合、12本の制作が上乗せされます。
単にクリエイティブを作成するだけにとどまらず、メディアごとに適切なサイズに調整する作業なども含めると、社内リソースのみで取り仕切るのは現実的ではありません。
制作本数の問題に加え、クリエイターの余剰人員が生じる問題もはらんでいます。あらゆる事業には繁忙期/閑散期が存在しますが、マーケティング運用においても例外ではなく、クリエイティブが大量に必要な「山の月」と、あまり制作が必要ない「谷の月」があります。
「山の月」を乗り切るために大量の人員を確保したはいいが、「谷の月」では作業を振れず、工数が浮いてしまうといった問題が起こっていました。
これを解決するにあたり、現在のインハウスの体制では、クリエイティブ制作に関してのみはアプリボットが請け負い、その他の運用業務をセガが担うという形で進行しているといいます。
また、新規案件がスタートし、マーケティングを立ち上げる場合は、最初期の運用業務においてはアプリボットが受け持ち、安定期に入った後に少しずつ業務をセガに引き渡していく体制を取っているとのことです。
アプリボットから業務を引き渡す際、膨大なタスクをそのまま全てセガに引き渡すだけでは作業が回らなくなるので、可能な限りタスクを簡略化するのがインハウス化において重要なポイントだと認識していたと語ります。
タスク簡略化はツール開発により実現しました。講演では、広告配信が想定通り正しく実施されているかをチェックできる「配信アラートツール」や、クリエイティブの配信期間を適切に管理する「期間外配信検知ツール」を紹介しました。
また、データのレポーティングや、集計したデータからLTVを算出するといった日々の定常タスクを自動で行ってくれるツールも紹介されました。
運用ノウハウの習得
マーケティング運用経験の不足を解決するにあたり、ノウハウ習得のため5つの事項において施策を講じたといいます。挙げられた項目は、「採用&アサイン」「ノウハウ伝達」「中長期の方針決定」「UAの運用経験」「最新情報のアップデート」の5つ。
採用&アサイン
設立当初は李氏の他に未経験者2名という体制でした。アプリボットの助力を得ながら実績を作り上げた結果、インハウスチームへの人員採用が認められました。
ノウハウ伝達
マーケティング運用を行うために必要な知識やスキルは、各メディアの特性の把握、管理画面の操作方法、レポーティングからボトルネックを適切に見出す判断力、実際に打つべき施策の考案など多岐にわたります。
これらを全て一度に習得するのではなく、インハウス当初はアプリボットが運用の大部分を担い、段階を踏んでセガに実務のやり方を伝授していき、最終的にボトルネックの把握や施策の考案が可能になるといった流れを取りました。
中長期の方針決定
一通りの運用ノウハウを伝え終えると、中長期的な運用方針を決定する方法を伝達します。投資した広告費に対して売り上げが回収できているかといった回収目標の考え方や、広告が十分な訴求力を有していたかなどを長期的な視点で分析する手法を伝えました。
UAの運用経験
インハウス化を進める中で、セガ側が主導で新規提案を生み出した事例もあったといいます。
1、2年前にリリースしたASA(Apple Search Ads)のTodaytabにおける広告配信は、クリエイティブの構成を含めてセガ主導で提案・実行しました。また、セガが提供する麻雀アプリの年末年始イベントでABテストを行ったほか、アメリカで新規配信をする際は、モバイル広告に加えてインターネット回線に接続したテレビでも配信に挑戦したと語っていました。
モバイル広告での経験を発揮して、インハウスチームはセガ社内のあらゆる部署においてマーケティング運用の実績を積み上げてきました。
コンソールゲーム広告のグローバル配信はもちろんのこと、フィギュアなどゲーム以外のアミューズメントコンテンツや、セガ公式Xアカウントによる広報活動もインハウスチームが展開しています。Xアカウントのフォロワー獲得などを通して、セガブランドの認知向上に貢献しています。
最新情報のアップデート
マーケティング運用をインハウス化するにあたり、社外の最新情報の入手が難しくなるのでは、という懸念がありました。これについては、GoogleやXなどの巨大な媒体と定例会を設けて広告主と密な連携を取ることで解消。ここで、クリエイティブの最新トレンドや海外事情なども受け取っていたとのこと。
その他、新しく立ち上がるメディアの導入も都度検討し、セガが契約しているとのことです。
新規メディアを導入する上で、適切な広告配信が行えるか調査するには「インクリメンタル分析」を実施。「インクリメンタル分析」とは、プロモーション施策全体が新規ユーザー獲得や売り上げなどにどの程度寄与しているかを分析する手法です。
また、既に利用しているメディアでアドフラウドなどの不正が生じていないか調査するために検知ツールを用いています。
これらの分析手法やツールを活用し、Organic検索での流入増加に寄与していないメディアや、フラウドの疑惑があるメディアなどを割り出すことで、効果的な広告配信に役立てています。
アプリボット独自のマーケティングノウハウを梶井氏が紹介
広告メディアの実績はMMPとアプリ側で異なる
梶井氏はとあるゲームタイトルで配信した広告について、2つの計測ツールを用いた検証結果の比較が紹介。1つはApp Store Connectによる計測結果で、もう1つは普段マーケティング担当者が確認しているMMPで計測した数値です。
同じ広告を3種類のメディアで配信し、2パターンの方法で数値を計測したところ、App Store Connectで取得した数値のほうがMMPよりも全体的に低い結果となりました。
各メディアの傾向も計測手段ごとに異なり、App Store Connectの数値では実績が低く見えたメディアでも、MMP側で見ると高い数値を記録していました。
梶井氏は、仮にMMPによる計測でCPIが安かったり、ROASが高かったりするメディアだと結論が出たとしても、実際のアプリ側では新規獲得や売り上げに寄与していない可能性があるため、過剰投資などの無駄を回避する意味でも一度チェックしてみると良いと語りました。
Google広告の売り上げのほとんどはブランドキーワードを経由している
Google広告により発生した売り上げのほとんどがブランドキーワードによる効果かもしれないと梶井氏は述べました。
今回解説されたのは、Google広告で実施される主な広告配信形態のうち検索に関するものです。Googleでは、ユーザーが検索したキーワードに関連する広告を表示する機能が存在しますが、その中でも「ブランドキーワード」に着目した検証事例が紹介されました。
アプリの正式タイトル名やその略称などが該当する「ブランドキーワード」。それらを通常通り盛り込んだキャンペーンと、一切のブランドキーワードを除外したキャンペーンで配信を行った結果、除外したパターンの配信では数値に悪化傾向が見られたといいます。
この検証結果を踏まえて、梶井氏は、ブランドキーワードを絡めた配信戦略を立てる場合、知らないうちにブランドキーワードによる成果を間違えて集計していないか、正しい分析が行えているかを確認したほうが良いと述べました。
講演の最後に、李氏と梶井氏の両名から、インハウス化についての考えが改めて語られました。
李氏は、セガのプロダクトを一番よく理解しているのはインハウスチームの運用担当者であるため、チームを強化し、多くのプロダクトをグローバルに向けて発信できるようにしていきたいと述べました。
梶井氏からは、アプリボットの施策がセガのマーケティング業務効率化や利益拡大に結びついたことへの喜びが語られました。セガ社内のマーケティング担当者や開発サイドなどの連携がスムーズに行われているのが外からも垣間見え、アプリボットが代理店を務めていた時期では果たせなかった、インハウス化による成果を実感できたといいます。
デジタルマーケティングのインハウス化は利益に直結するメリットしかないため、今後のスマホゲームマーケティングのあるべき姿として考えている、という梶井氏の言葉で本講演は締め括られました。
セガ 公式サイトアプリボット 公式サイト自分達のプロダクトを自分達でユーザーに届ける。メリットしかなかったマーケティングのインハウス化 - CEDEC2024ゲームメーカーズで編集や諸業務に携わっています。『星のカービィ』シリーズと『ポケモン不思議のダンジョン』シリーズが好きです。
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