国内最大規模のゲーム業界カンファレンス「CEDEC2023」が、2023年8月23日(水)から8月25日(金)までの日程で開催されました。最終日となる8月25日には、株式会社コーエーテクモホールディングス 代表取締役社長 襟川 陽一氏が登壇し、「シブサワ・コウのゲーム開発」と題した講演が行われました。襟川氏がゲームクリエイターとして歩んできた42年の道のりを、ゲーム業界およびコーエーテクモの歩みとともに振り返り、プロデューサーとして何を考えゲームを開発してきたのかを語った本講演をレポートします。
TEXT /じく
EDIT / 神山 大輝
目次
登壇したのは株式会社コーエーテクモホールディングス 代表取締役社長の襟川 陽一氏。襟川氏は経営者であると同時に、ゲームプロデューサー シブサワ・コウとしても知られており、1978年に株式会社光栄(現株式会社コーエーテクモゲームス)を設立してから『信長の野望』『三國志』『仁王』シリーズといった名立たる作品を生み出し続けています。
初めてのゲーム制作からゲームソフト会社に至るまでの道程
1950年、栃木県足利市の染料や工業薬品を取扱う染料問屋に生まれた襟川氏は、慶應義塾大学商学部を卒業後に中堅の商社で営業職を4年半務めました。しかし、実家の会社が東南アジアからの輸入攻勢に押されて危なくなり、父からの要請を受けて家業を手伝うことに。その後1年ほどで会社は廃業し、自身の貯金や親族からの借金で1978年に株式会社光栄を設立、家業再興を目指すことになりました。
赤字が続いた頃、経営書を求めて本屋に立ち寄った際に目に留まったのがパソコン雑誌「月刊マイコン」(※)でした。そこにはOA(Office Automation)、教育、趣味にパソコンが活かせる「パソコン時代到来!」と書かれていました。※1980年前後、「月刊マイコン」「I/O」「月刊アスキー」「RAM」がパソコン雑誌として発行され、4大雑誌と呼ばれていた
20〜30万円するパソコンが「魔法の小箱」のように思えた襟川氏ですが、当時は初任給が8万円の時代。会社が赤字経営だったこともあり購入をためらっていたところ、襟川氏の誕生日に妻・恵子氏(現・コーエーテクモホールディングス代表取締役会長)がへそくりを使ってSHARPのMZ-80Cをプレゼントしてくれたとのこと。
文系出身の襟川氏はパソコンやプログラムの勉強をしたことはありませんでしたが、数学が好きで論理的に因果関係を明確にすることを好む性格であったこともあり、すぐにベーシック(※)やアセンブラにのめり込んでいきました。
※ベーシック(BASIC)は1970年代以降に広く使われた手続き型プログラミング言語で、現在も派生言語が多く存在する
パソコンで財務管理などができるソフトを自作して会社経営に活かしながら、当時「一番楽しかった」と語るのはパソコン雑誌に掲載されていたリストを打ち込んで行うゲーム制作でした。しかし、流行していたゲームはインベーダーやパックマンといったアクションゲームで、襟川氏が好む思考型のゲームは存在しませんでした。「ないならば自分で作ろう」と思い立ったのがシミュレーションウォーゲーム『川中島の合戦(1981)』で、この頃からゲーム制作と通信販売事業をスタートさせることになります。
反応は上々で、日本全国から通信販売を申し込む現金書留が数多く届き、思考型ゲームを楽しむ自分と同じ感性の人の多さに驚いたという襟川氏は、ユーザーの期待を背負うかたちでタイトル開発へのモチベーションを高めていきました。
自分の好きなことでお客様に喜んでもらえることが仕事の醍醐味と感じた襟川氏は、染料工業薬品の業務をやめ、株式会社光栄としてゲーム開発に専念する形となりました。
規模拡大を続けるゲーム業界と共に歩んだ42年間
冒頭で生い立ちを語った襟川氏は、自身が歩んできたゲームに携わる40年以上の歴史をゲーム業界全体の歴史に重ねて解説しました。襟川氏がゲーム開発を始めた1981年から現在に至るまでゲーム業界は一貫して成長しており、これは非常に稀な業界であることが最初に指摘されています。
襟川氏はかつて通商産業省の方と話した際「1兆円を超えない業界は産業とは言えない」と言われたとのことですが、現在のゲーム業界はワールドワイドで25兆円という非常に大きな産業となりました。
今後のメインとなるプラットフォームがモバイル・家庭用ゲーム機・PCとなる中で、ワールドワイドで最も意識しているのはPCであるとのこと。これはeスポーツの発展や高性能PCの普及、そして欧米におけるPCユーザーの多さが理由として挙げられました。
PCではユーザー環境に左右されやすいプラットフォームゆえの開発の難しさがありますが、ワールドワイドで成功するならば克服しなければならない、と襟川氏は語りました。
経営者 襟川 陽一としての経営方針
続いて話題はコーエーテクモの経営方針に移り、「創造と貢献」を軸とした基本理念が説明されました。
「新しい面白さを作り、ゲームファンに喜んでもらう」という襟川氏の原体験が会社の存在意義となり、「創造と貢献」というコーエーテクモの精神に現れています。
この精神を実現するために成長性・収益性を実現し、実際に働く社員の福祉向上を図り、新分野に挑戦していくサイクルを経営基本方針に掲げています。特に研修や福祉向上には力を入れており、今年の新卒初任給はゲーム業界でもトップクラスであるとのこと。
2009年には株式会社コーエーとテクモ株式会社が経営統合し、コーエーテクモホールディングス株式会社が設立されましたが、ゲーム業界全体の成長と同じく同社も右肩上がりの成長を続けています。その経営計画の鍵となっているのがグローバルIPの創造と展開です。具体的には、「新作を成功させてナンバリングタイトルとして育てる」ことを基本方針とし、自社開発のタイトルをグローバルIPとして多方面に展開していく思想を強く持っています。
グローバルIPの例示として『Wo Long: Fallen Dynasty』『三国志 覇道』『ライザのアトリエ3』『仁王』『仁王2』『FIRE EMBLEM 風花雪月』『ゼルダ無双 厄災の黙示録』、そして2024年発売予定の『Rise of the Ronin』など多くのタイトルが紹介されました。
続いて、同社が手掛けるプラットフォーム展開やコラボレーション展開について、具体的なプラットフォームやタイトルを挙げて説明がありました。
さらにタイアップ展開では複数の業界を対象にしており、例えばサンリオの「ハローキティ」や眼鏡市場とタイアップした戦国武将グッズ、横浜市交通局と三国志がタイアップした標語ポスター、他にもアニメ『ライザのアトリエ』、東洋水産の『マルちゃん』、薩州 赤兎馬の芋焼酎『薩州 三国志』、菊正宗の信長の野望コラボ日本酒、警察・消防・自治体ポスターなど、多くの他業種タイアップが紹介されました。
広い視野で展開を続けるコーエーテクモの強みとして、襟川氏は同社の強みを「重層的な収益構造」「優れた開発力・技術力」「卓越したヒューマンパワー」と語ります。「重層的な収益構造」とは、特定のタイトルだけに偏ることなく、自社が育てたIPをコラボレーションやライセンスアウトといった重層的な収益構造として持続的な収益源とすること。
「優れた開発力・技術力・マネジメント力」には、長年培ってきた開発ノウハウやオリエンタル世界に対する造詣の深さ、独自エンジンからAAAタイトルを生み出す技術力、納期・品質・予算の管理を徹底したプロジェクトマネジメント力などが挙げられます。
また、信長の野望や三国志から始まったオリエンタルな世界観だけでなく、コーエーテクモの特徴的な強みとして「シミュレーションジャンルの広がり」も挙げられます。歴史シミュレーションだけでなく、競馬ジャンルでの『ウィニングポスト』、恋愛ジャンルでの『アンジェリーク』など、シミュレーションという体験を楽しむ横への展開があります。
「卓越したヒューマンパワー」とは、施策や環境から生み出される優れた社内開発の競争力を指しています。
上記の実例として、コーエーテクモの社長・副社長・常務などすべての役員は、新卒から入社した人材であることも明かされました。ここで語られた強みは、襟川氏の42年間のゲーム開発プロデューサーとしての経験やノウハウが惜しみなく活かされています。
シブサワ・コウとして語る「プロデューサーの仕事」
これまでは経営者視点の講演でしたが、ここからはゲームプロデューサー シブサワ・コウとしてどのようにゲーム開発に携わってきたかが語られました。
趣味から始まったゲーム作りが仕事になり、好きなことを仕事にして一生懸命に取り組めることは幸せである、という点を襟川氏は最初に語りました。また、自身の体験として、歴史を好み名所旧跡や城を数多く訪ねたことが『川中島の合戦』につながり、会社をマネジメントしてきたことが『信長の野望』につながったという実体験から生まれるアイデアの大切さも続けて述べられました。
そして部下のことは「同志」と捉えているとのこと。喜びも悲しみも楽しさも苦しさも共有する同志であり、タイトルが成功して高い評価を得た時は共に祝い喜ぶことがゲーム開発の醍醐味だと考えています。
プロデューサーは品質・納期・予算に対して責任を負う立場にあり、襟川氏自身がそれを徹底して管理してきたと同時に、コーエーテクモのプロデューサーにも同様の考え方を求めています。たとえ素晴らしいタイトルが完成したとしても、結果が赤字ならば会社には大きな影響を与えいます。
品質を形作るのが納期と予算であり、それを管理するには先見性が必要です。一つの仕様を実現するのにどれだけのスキルを持った人材が何人月必要で、どれくらいの品質に仕上がるか、という読みが大切になります。
こういった先見性はたとえ頭の中では分かっていても自分で経験しないと分かりません。だからこそ経験を積み、徐々にポジションを上げていくことでプロデューサーとなることで品質・納期・予算をコントロールできるようになるのが大切だと考えています。
襟川氏は逸話として、映画プロデューサーの原正人氏との対話を挙げた。プロデューサーの役割とは何かを尋ねると、原氏は「脚本家が上げてきた脚本をパッと読んで、どれくらい予算がかかってどれくらい売上が出るか瞬時にその場で分かる人でないとプロデューサーをやってはいけない」と語ったという
また、コラボレーションでは相手方のゲームをしっかりプレイして、そのタイトルを愛するメンバーでプロジェクトチームを編成するリスペクトが重要とも語られました。そして、プロジェクトを進めるにあたっての決断に際しては、長期的かつ多面的に、本質的に物事を考えて判断するように心がけてきました。
決断の部分にも通じますが、理想は追いつつも現実的な意思決定が必要な際は最善が無理ならば次善を、次善が無理ならば次次善の策を実行し、一歩でも前に進むことを選びました。
ここまで挙げられたプロデューサーに求められる能力や役割をまとめると、プロデューサーはまさに経営者的な視点が重要です。ゲームソフト会社の盛衰は、予算や利益に責任を負える優秀なプロデューサーがどれだけいるかで決まると襟川氏は考えているとのこと。これに加えて、襟川氏はプロデューサーの役割をOSに例えました。
ハードウェアのリソースを最大限に活用して最高のパフォーマンスを上げるのがOSの役割です。プロジェクトチームの中でも人・物・お金・情報・時間というリソースを最大活用して運営していくこともプロデューサーの役割です。さらに、ドラッカーの『マネジメント』から得た「顧客の創造」についても説明されました。新しい顧客を想像するということは、チャレンジによって新たな面白さを作り上げ、お客様を獲得しなければならないということです。こうした考え方が世界ナンバーワンにつながっていく、と襟川氏は総括しました。
次の時代を担うクリエイターたちへのメッセージ
襟川氏がゲーム開発に携わってから約半世紀。次世代のクリエイターに伝えたい言葉として「好きなことを一生懸命行う」「伸びていく業界で思いっきり仕事をする」「幸せな家庭を築く」という3つの信条を掲げました。
「好きなことを一生懸命行う」とは、ゲームを遊ぶことも開発することも他の方がプレイするのを見るのもすべて好きであり、好きなことを一生懸命行うことに最も価値があるという考え方です。好きなことであれば、苦手であったり難しかったりすることでも乗り越えていけます。
「伸びていく業界で思いっきり仕事をする」は、家業再興を目指して最初の株式会社光栄を設立した際からの反省です。衰退産業で一生懸命頑張っても苦労が多いばかりで見返りが少なく、より成功率の高い伸びていく業界で仕事をすることが大切であると述べています。
「幸せな家族を築く」とは、ゲームソフト会社としての株式会社光栄のはじまりに由来します。きっかけとなったのは、妻である恵子氏からのプレゼントであるMZ-80Cでした。この出来事がなければ、現在のコーエーテクモは存在しませんでした。
そして最後に、クリエイターへのメッセージとして「野望を抱け」と襟川氏ならではの言葉を残しました。
元気で明るく前向きな気持ちで野望を持ち、それを実現していく中で成長してやりがいや醍醐味を感じ、充実した人生を過ごしてほしいと語り講演を締めくくりました。
コーエーテクモゲームス 公式サイトシブサワ・コウのゲーム開発 - CEDEC2023ゲーム会社で16年間、マニュアル・コピー・シナリオとライター職を続けて現在フリーライターとして活動中。 ゲーム以外ではパチスロ・アニメ・麻雀などが好きで、パチスロでは他媒体でも記事を執筆しています。 SEO検定1級(全日本SEO協会)、日本語検定 準1級&2級(日本語検定委員会)、DTPエキスパート・マイスター(JAGAT)など。
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