国内最大規模のゲーム業界カンファレンス「CEDEC2022」が、2022年8月23日(火)から8月25日(木)までの日程で開催されました。2日目となる8月24日には、トイロジックのプランナー 知久 温氏が登壇し、「楽しい!覚える!使える!〜体系的で実践的なゲームプランナー新人研修を目指して〜」と題した講演を行いました。
業務内容が多岐にわたるゲームプランナーの研修について、トイロジックがどのように整理、改善したのか、実際の研修内容を紹介しながら行われた本講演をレポートします。
国内最大規模のゲーム業界カンファレンス「CEDEC2022」が、2022年8月23日(火)から8月25日(木)までの日程で開催されました。2日目となる8月24日には、トイロジックのプランナー 知久 温氏が登壇し、「楽しい!覚える!使える!〜体系的で実践的なゲームプランナー新人研修を目指して〜」と題した講演を行いました。
業務内容が多岐にわたるゲームプランナーの研修について、トイロジックがどのように整理、改善したのか、実際の研修内容を紹介しながら行われた本講演をレポートします。
TEXT / arissa
EDIT / 酒井 理恵,神山 大輝
登壇した知久氏はゲームプランナーとしてキャリアをスタートし、2016年にトイロジックに中途入社。現在は技術研究部門で新人研修カリキュラムの作成などを担当しています。
講演冒頭では、新卒を対象に行われているトイロジックのプランナー研修1日目の内容が紹介されました。コアメカニクス編と題された1日目は、「ゲームを構成する要素を分解すること」と「ゲームの面白さを分析すること」を学びます。
「ゲームを構成する要素を分解すること」の研修には、ファミリーコンピューター用ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』が使用されます。
タイトル画面からWORLD1-1クリアまでをプレイ後、ゲームを構成している要素を30分間でできるだけ付箋に書きだします。例えば「小さいマリオのキャラ」、「ジャンプ」、「現在のスコア」のほか、ユーザーが目や耳で認識できるもの以外の要素も網羅的に書いていきます。
次に、これらの構成要素を研修参加者で話し合って分類します。
このように分類をすると、一見シンプルなゲームでも想像していたよりも多くの要素が関係している事に気が付きます。
続いて、「ゲームの面白さを分析すること」を学びます。「ゲームの面白さがどこにあるかという問いはゲーム制作において常につきまとう難しい命題」と知久氏は説明します。このため、新入社員はゲームデザインを分析する手法を学び、それを用いてゲームの面白さを言語化できることを最初の目標に定めます。
研修1日目のコアメカニクス編で学ぶゲームデザインを分析する手法は、ゲームプレイの核となるサイクル「インタラクティブループ」です。
「インタラクティブループ」は「認知」、「計画」、「実行」、「フィードバック」のサイクルで表されます。ジェンガを例にとると、ブロックを観察している段階が「認知」、どのブロックを抜こうか考える段階が「計画」、実際にブロックを引き抜く段階が「実行」、無事にブロックを積む、または失敗してタワーが大きな音を立てて崩れる段階が「フィードバック」です。
インタラクティブループを用いて、先ほどの『スーパーマリオブラザーズ』を再度分析します。1つ目の課題でゲームを構成する要素として出された「ジャンプで穴を飛び越える」、「敵を踏んづけて倒す」をインタラクティブループを使って説明を行います。
最後の仕上げとして『ファブフィブ』(ボードゲーム)、『ハゲタカのえじき』(ボードゲーム)、『テニス』(Nintendo Switch Online)、『グラディウス』(Nintendo Switch Online)も同様に分析する分析ノックを行いました。
これで1日目の研修は終了です。同社では、このような研修をテーマを変えながら計15回にわたり実施しています。
ゲームプランナーはプログラマやアーティストと比べて求められるスキルセットが不明瞭な上、業務や専門技能に関する共通言語が少ないと知久氏は指摘します。そのため、研修で何を教えていくかは各会社がゼロから考える必要があります。
知久氏は当初、前任者が使用していたカリキュラムに沿って新人研修を行っていました。
知久氏は、このカリキュラムには以下の3つの問題があったと言います。
そこで、知久氏は『研修デザインハンドブック』(中村 文子、ボブ・パイク 著 日本能率協会マネジメントセンター)を参考にしながら研修カリキュラムを編成し直すことにしました。そして、研修の目的を「新人にゲームプランナーとしての継続的な「行動/意識の変容」を促すこと」と再設定。すなわち、「ゲームプランナーとしての在り方」を教えることで研修を受けた後も継続的に行動できるように、研修を受けた人の行動/意識が変わることを目標にしました。
この目標の達成を目指すためには、参加者の変容を支えること、参加者が主体となって学ぶこと、講師のスキルに関わらず研修の内容や構成の工夫によって一定の成果を出すことの3点が重要でした。
このうち、参加者の変容については「認知の変容」、「感情の変容」、「行動の変容」の3要素を重視したとのこと。具体的には以下のような内容が考えられます。
この実現のために、体系的で実践的なゲームプランナーのスキルセットの整理、楽しく覚えられて現場で使える教え方をデザインをし直すことを対策としました。
知久氏は、コミュニケーション・論理的思考・マネジメント・プレゼンテーションなどの対人性や人間性のスキルはプランナー以外にも必要となるため、現場の経験をメインに学ぶのが良いと判断しました。反対に、専門的な技術や知識は座学で教えることによって、今後のプランナー人生における吸収率や解像度が変わるとし、専門的な内容に重きを置いて研修カリキュラムを変更しました。
その結果、座学内容のメインはゲームデザインの専門スキルになりました。関連を表す黒い矢印も一本化され、積み重ねのある構成に変更しています。また、ロジカルシンキングやコミュニケーションスキルなどの一般対人スキルは他職合同の講義に移動しています。
知久氏はこれらの研修内容を考える際、プランナーにとっての最重要スキルは「ゲームデザイン」と定めました。これを体系的に教えるために、まずは「ゲームデザイン」の定義の分解から始めました。
ここまでの内容を踏まえた5日間の座学カリキュラムは、講義の順序で復習を促した上でより踏み込んだ内容を学べるよう変更されています。
知久氏は「チーム制作」のあとに「現場直前講習」を追加しました。「現場直前講習」はハードウェアアーキテクチャやネットワークゲームの仕組みなど、これまでより少し踏み込んだ内容を扱います。専門用語の意味の理解や、バグの少ない仕様が書けるようになることが目標に掲げられています。
関連工学分野を追加したのは、スキルセットを体系化した結果、研修で覚えるべきと判断したためだったとのこと。
知久氏はプランナーの専門知識・技術を分解し、スキルセットを体系化したほか、IGDAフレームワークを使用して研修内容の選定も行いました。スキルセットを整理することは、現状の自分の能力・保有スキルを把握し、将来どんな人材としてどの方向に力を伸ばすか検討するのにも役立っています。
スキルセットを整理するにあたり、知久氏はゲームプランナーに必要なスキルをプランナーの責任領域である「職務」とできるとより良い「職能」に分けたうえで、「企画立案」、「仕様の設計・発注」、「実装確認」、「データ調整」、「パート運営」をプランナーの5大職務と定めました。
この分類は知久氏の経験則や『ゲームプランナー入門 アイデア・企画書・仕様書の技術から就職まで』(吉冨賢介 著 技術評論社)という書籍を参考にしています。運営ゲームなどのサービス運営は「企画立案」、「仕様の設計・発注」、「データ調整」に含まれます。
職能は「理論知識」、「応用知識」、「技術・テクニック」、「ディレクション」の4つの能力だと知久氏は考えます。このうち、「理論知識」は研修の座学で教えるのに有効ですが、他の能力は一朝一夕で身につくものではありません。そのため、カリキュラムには「理論知識」を研修の中心に据えました。
また、職能は分野によっても分類することができます。分野ごとの職能について、知久氏は「ゲームデザイン」、「プロダクション」、「関連工学」、「ツール」、「ビジネス」の5つの分野に分類しました。
カリキュラムを決める際、IGDA(国際ゲーム開発者協会)カリキュラムフレームワークも参考にしたとのこと。IGDAは以下の項目をゲーム研究やゲーム開発のための教育プログラムのコアトピックとして提唱しています。
欧米諸国ではゲーム分野で学位を取得するケースも多く、修士課程でゲーム開発に関連する研究を行ったのち就職する人も少なくないと知久氏は言います。これらの内容を見ると、学際的で広範な領域を学び、多角的な知識を得ることを目標としている場合が多いことが分かります。
今回の研修でも、短時間でできるだけ広範な内容の知識を得ることを目標としたため、本フレームワークが参考にされています。
プランナーにおける職務と職能を組み合わせたスキルの一覧のうち、短期間の座学で効果が高いと見込まれる「立案」、「仕様」、「データ」、「理論知識」、「技術」の5つを研修内容に選びました。
職能の5分野については更に分解し、マップ化も試みました。このマップは新人研修だけでなく、全てのプランナーにとって成長の方向性を考えるための資料として活用が可能と知久氏は説明します。
その後、新しく作成したカリキュラムを職能ごとに色分けしました。これによって、カリキュラム全体で職能5分野を網羅できるようになっていることが分かりました。
講演の最後に、実際の研修実施方法が紹介されました。教え方の設計で心がけたのは「体験型で楽しく学ぶ」、「自分で気づき、後でふりかえる」という2点。このために実施したのが次の施策です。
理論を最初に説明しても、参加者が詳しくない分野の話は頭に入ってこず、つまらなく感じてしまいます。そこで、経験や体験といった「ツカミ」から始めます。こうすることで「理論」の説明に入った際の理解度が上がるだけでなく、研修参加者の知識レベルを揃えることができるとのこと。そして「課題」を通して「理論」が様々な事例に応用できることを体験すると、その事象への解像度が向上したことを実感できます。
講義の中の設計だけでなく、カリキュラム構成における設計も変更しました。
入社前課題を「ツカミ」ととらえ、座学で「理論」のフレームワークを学んだ後に、「課題」として再度入社前課題で扱った作品の分析に取り組む仕組みも作られています。
ゲームデザイン座学を楽しく覚える講義にすることができたものの、現場直前の関連工学の講義は内容が難しく、参加者の学習効率が低下する傾向にありました。ここで導入したのが「ふりかえりワークシート」です。
これは講義で配布する印刷物で、図に書き込む課題や講義内容のメモ欄、重要ワードの穴埋めのほか講義の最後で発表する「ふりかえりポイント」のメモ欄が用意されています。
講義終了時に、この「ふりかえりポイント」を1人ずつ発表してもらいます。講義内容の復習になるのと同時に、研修設計側もどこに興味をもってくれたのか参考になったそうです。
改定後の研修を受けた2021年度の新入社員たちからは、研修改定の目的がおおむね達成できたといえる良い評価が得られました。一方、課題としては内容の詰め込みすぎやソフトスキルを知れないなどが挙げられました。
これについて知久氏は「今後はカバーしきれなかったスキル領域をカリキュラムに組み込み、資料をより洗練して講義の効率化を図ると同時に属人性を排除し、さらなるブラッシュアップを目指す」と展望を語りました。
また、今回の講演で共有した内容を業界全体で活用できるよう体系化するため、資料の作成や勉強会の取りまとめなどを進めていきたいとも述べ、講演を締めくくりました。
トイロジック 公式サイト楽しい!覚える!使える! ~体系的で実践的なゲームプランナー新人研修を目指して~ - CEDEC2022インディーゲーム翻訳者、ゲームデザイナー勉強中。時々ゲームメディアにも翻訳、インタビュー、イベレポ記事の執筆で関わっています。ゲーム以外は、旅人映画が好き。
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