HRCの活動内容、そしてeMSにかける熱意とは?
2025年11月11日、HRCはホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS)の教習用フォーミュラマシンをベースに製作したレーシング・シミュレーター筐体「Honda eMS SIM-01」の発売を発表しました。
記者発表会には株式会社ホンダ・レーシング 取締役 事業企画推進部長 藤阪 之敏氏、同事業企画推進部 eMS開発責任者 岡 義友氏、レーシングドライバー 小出 峻選手が出席し、会場のRed Bull Gaming Sphere Tokyoにはカーメディアを中心とした報道陣が数多く集まりました。
HRC(ホンダ・レーシング)は本田技研工業株式会社(Honda)のレース専門子会社で、F1やMotoGPをはじめとする世界最高峰のレースの舞台で活動を続ける企業です。
長年の取り組みをバーチャルの世界へと広げたのが「eMS(eモータースポーツ)」。年齢・国籍・経験といった壁を越え、誰もが世界と競い合えるプラットフォームとして育てていくべき基盤であると語りました。
2023年より毎年20万人以上が参加する、『グランツーリスモ7』を用いた世界大会「Honda Racing eMS 2025」もHRCが主催している。今年も8月に予選を実施し、12月に決勝大会が開催される予定
続いて、eMSプロジェクトのキーマンである岡氏から、自身のプロフィールを含めたHRCやeMSの取組みが紹介されました。
HRC 事業企画推進部 eMS開発責任者 岡氏。
F1やNSXに憧れてHondaに入社したが、当初は座席の座り心地などを確かめるシート開発研究に従事していたとのこと。いつかスポーツカー開発に着手できるようドライビング技術を習得し、その後は「S660」「CIVIC」「VEZEL」といった商品開発を経た後HRCに合流。その後はチーム運営や監督経験がないなか、スーパー耐久シリーズに参戦するTeam HRCの監督を2年間務め、クラス優勝を果たすなど幅広い領域で活躍してきた
岡氏によると、モータースポーツ自体は今でこそF1人気が再燃しているものの、将来的には環境問題や高齢化といった社会的要因によって、人気に限界が生じる可能性があるとのこと。こうした中、年齢や国籍を問わず競い合える、また遠方のサーキットまで観戦しに行くという物理的な制約(移動)がなくても競技が成立するeMSに強い魅力を感じ、eMSのプロジェクトを社内に提案したそうです。
HRCが掲げるeMSは、モータースポーツの新しい入り口を目指し、「操る楽しさ」「競う楽しさ」「観る楽しさ」という3つの楽しさを多くの人と共有しようとしているとのこと。そして、クルマを操る楽しさという面で「オリジナルのシミュレーターを自分たちの手で作りたい」という夢を長年抱いており、今回の「Honda eMS SIM-01」開発に至ったと岡氏は語りました。
没入感・迫力感・ホンモノ感を目指して開発を進めていたが、「何か物足らない」という課題があった。それを解決したのが、実際のスクールカーを使用したeMS SIM-01だ
「Honda eMS SIM-01」開発の転機となったスクールカーの代替わり
オリジナルシミュレーター開発の転機となったのは、ホンダ・レーシング・スクール(※)で使用されていたスクールカーの入れ替えが行われるという出来事でした。卒業ドライバーの中には、現在F1で活躍中の角田裕毅選手や、校長を務める佐藤琢磨選手など、名立たるトップドライバーたちがいます。
※世界で活躍するレーシングライダーやドライバーを育成することを目的に、HRCが監修しているレーシングスクール
HRSで約20年間にわたって使用されてきたスクールカーである教習用フォーミュラーカー「童夢SDH-F04」が処分され、旧型車両は廃却を待つだけのフルモノコックの山になる、という情報を手にした岡氏は鈴鹿に急行。これらの車両を廃棄してしまうのはもったいないと強く感じたことから、役目を終えたスクールカーに新たな命を吹き込むプロジェクトが始まったとのこと。これが「Honda eMS SIM-01」に繋がります。
若きレーサーたちが汗を流し、技術を磨いてきたスクールカーのモノコックが廃棄待ちとなっていた。これを活用した”本物”のレーシングシミュレーター開発が始まった
アンベールされた「Honda eMS SIM-01」スペシャルリバリーモデル
「Honda eMS SIM-01」は、これまでもイベントや体験会で類するモデルが公開されてきましたが、今回はスペシャルリバリーモデルが公開。
オリジナルのカラーリングが施されたスペシャルリバリーモデル(通常とは異なるデザインが施されたモデル)
「Honda eMS SIM-01」のサイズは全長3,000mm × 全幅1,700mm × 全高1,000mmで、およそ畳一枚分ほどのスペースがあれば設置可能とのこと。付属品は、造形されたユニットとしてフロントウイング・サイドポンツーン・タイヤ、実際に操作するユニットとしてハンドル・ペダルが含まれています。
ハンドルは「FANATEC CLUBSPORT STEERING WHEEL FORMULA V2.5」を採用
モノコック以外のフロントウイング・サイドポンツーン・タイヤは造形品となっている
サラウンド音響システムも標準搭載しており、6.2chサラウンドシステムや振動子、サブウーファーなどで臨場感のある走行体験を実現しています。モニターとゲーム機本体は標準では含まれておらず、ユーザー自身がお気に入りの機種を使用できるようVESAマウンターのみが搭載されています。
販売価格は1,000万円(税別)。生産台数は世界限定10台で、標準仕様に加えて有料オプションで好みのリバリー(カラーリング)に変更することも可能です。
HRC「Honda eMS SIM-01」公式サイト公開カタログより引用
商品として鍛え上げられた「Honda eMS SIM-01」4つの魅力
スペシャルリバリーモデルのアンベールと共に、岡氏から「Honda eMS SIM-01」の数ある魅力から大きく4つのポイントが挙げられました。
1. 企業としての姿勢:レーシングカーのアップサイクル
転機となったHRSスクールカー代替わりについて、廃棄せず新しい命を吹き込むという取り組み。レーシングカーをリプロダクトするという挑戦には「良いものを活かす」という強い意志が込められている
2. 情緒的価値:「憧れの車に乗る体験」
実際にプロドライバーが使用していた本物の車体に乗り込む体験は貴重で、この商品における大きな魅力のひとつだと考えている
3. 機能的価値:音と振動へのこだわり
感情面だけでなく機能面にも徹底してこだわっており、最も重視したのは「音」と「振動」。没入感と迫力を楽しんでほしい
4. 安全性とHondaのものづくり思想
通常のフォーミュラーカーと異なり、このシミュレーターではステップをしっかり踏んで乗り降りできるようになっている。ユーザビリティと安全性は決して妥協せず、小さなお子様でも安全に乗り降りができるよう設計されている
以上の4点を「Honda eMS SIM-01」の魅力として挙げ、「HondaおよびHRCの伝統に、eMSというデジタルな進化の観点を掛け合わせることで、Honda Racingのスピリットを未来にアーカイブする」という思いを込めて開発したと岡氏は語りました。
実際に乗ったドライバーが語る「Honda eMS SIM-01」
「Honda eMS SIM-01」の紹介後、SUPER GT GT500やSUPER FORMULAで活躍し、HRS卒業生でもある小出 峻選手と岡氏のトークショーが催されました。
小出選手はHRS時代、「Honda eMS SIM-01」のベースとなるスクールカー「童夢SDH-F04」で練習していたとのこと。「初めて本格的なカーボンモノコック構造のレーシングカーに乗ったのがこのスクールカーで、まさに“汗と涙の詰まったマシン”であり教科書のような存在」だと語りました。
当時のスクールカーは乗車時に公平性を保つために抽選でマシンを決めていたとのこと。つまり一つの車体に数多くのドライバーたちが乗っていたということで、角田 裕毅選手や佐藤 琢磨選手をはじめ、第一線で活躍しているドライバーそれぞれが「Honda eMS SIM-01」のモノコックを経験していることになります。
HRS卒業生で現在SUPER GT GT500やSUPER FORMULAで活躍する小出 峻選手
その後、小出選手は「Honda eMS SIM-01」の魅力として没入感の高さ、特に音響や振動の再現性を解説。縁石に乗った際の振動だけでなく路面のギャップや細かな凹凸まで再現されており、ストレートを走っている時でも、路面のわずかな起伏やアンジュレーション、ロードノイズ、ウィンドノイズ、ギアの唸り音までも感じられると語りました。
また、eMSの魅力として、他のスポーツでは実現しにくい“実際の車両と同じ感覚で練習ができる”という特徴や、危険や損失のリスクを避けて安全に何度も試せる点もメリットであると挙げていました。
「Honda eMS SIM-01」の音響と振動の仕組みは?
新たに披露された「Honda eMS SIM-01」特徴として音響面のアップデートが何度も挙げられていましたが、スピーカー位置はドライバーの周囲を囲むように前後左右4つ配置されています。さらにロードノイズなどの低周波を再現するために、サイドポンツーン(レーシングカーのコックピット両脇に張り出した部分)内部にサブウーファーを内蔵しています。
シートカバーを外すと、ドライバーの後ろ側にもスピーカーが仕込まれていることが分かる。クッションがあることで直接音が届かず、指向性が緩和された印象を受ける
モノコックは「童夢SDH-F04」から受け継がれた高剛性を持つフルカーボン構造となっていることから、カーボンモノコックを振動させることでリアルなフィードバックを得ることができています。サブウーファーから発せられる低音がモノコックを通じてドライバーの体に直接伝わることで、より臨場感の高い体験が得られます。
『グランツーリスモ7』などのゲームからどのように振動情報を取得しているかを岡氏にお聞きしたところ、基本的にはゲームが再生する音声データの低周波数帯に着目し、この成分を抽出して振動信号に変換していると回答がありました。
例えばストレートを走行中のロードノイズ音には、低周波数帯が多く含まれています。ゲームから出力された走行音をリアルタイムで検知し、同じタイミングで小刻みな振動を発生させることで、リアルな振動を再現したということです。
実際に乗ってみた。思ったより狭く、思ったより揺れる
報道陣も試乗体験ができるということで、ゲームメーカーズ編集長 神山と筆者も試乗用「Honda eMS SIM-01」を体験しました。
試乗体験用の「Honda eMS SIM-01」。ボディには数々のステッカーやレーシングドライバーのサインがある
小出選手によるデモンストレーション走行。もちろん素晴らしい走行で、この後に素人が運転するのはハードルが高いのでは、という感覚もあった
そもそもレーシングカーに乗る機会が乏しいため、まずは「足をモノコックの先まで伸ばし、ほぼ寝そべっている状態で運転する」こと自体が新鮮な体験に。必然的に頭の位置が下がり、スピーカーの近くに耳が来ているため、サウンド面については直接音が気になるのではと懸念したものの、後部からのエンジン音を中心にほぼ全身が音と振動で包み込まれる感覚となり、あっという間にプレイは終了。
足をペダルまで伸ばすとほぼ寝そべっている状態になり、フォーミュラーカーの車高の低さを実感できる。耳元で話しかけれても聞こえないほど、走行音に包まれていた
その後に筆者も試乗しましたが、『グランツーリスモ7』というゲームであることを忘れてしまうくらい運転に没頭できました。ゲームでもシミュレーターでもない実車を運転している感覚に襲われました。
筆者も試乗体験。ギャラリー用モニターに運転する様子がワイプで映し出されていた
フォーミュラーカーを運転したことがないのに、没入感を超えた本物を体験している感覚。このモノコックに入って実際のレーシングドライバーが極限状態でドライビングしていたのを、文字通りのリアリティを持って体験できる臨場感はほかに代えがたいものと感じました。
世界限定10台、販売価格1000万円(税別)の「Honda eMS SIM-01」、販売はZENKAI RACING、レンタルの問い合わせはHRCとなっています。
「Honda eMS SIM-01」Honda公式サイトHRC 公式レポート『HRCオリジナルシミュレーター「Honda eMS SIM-01」を発売』
ゲーム会社で16年間、マニュアル・コピー・シナリオとライター職を続けて現在フリーライターとして活動中。 ゲーム以外ではパチスロ・アニメ・麻雀などが好きで、パチスロでは他媒体でも記事を執筆しています。 SEO検定1級(全日本SEO協会)、日本語検定 準1級&2級(日本語検定委員会)、DTPエキスパート・マイスター(JAGAT)など。