サウジアラビアに買収されたSNKの今。世界TOP10のパブリッシャーを目指す構想を松原社長が語る【GCC2024】

2024.04.18
注目記事ゲームの舞台裏講演レポートGAME CREATORS CONFERENCE ’24
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2024年4月5日に、ゲーム開発者向けカンファレンス「GAME CREATORS CONFERENCE ‘24」が開催されました。

本稿は、SNK 代表取締役社長 松原 健二氏が登壇した講演「ゲーム会社の社長は何を考えているか」にフォーカス。どのように株主やユーザー、従業員などのさまざまな立場の人々の意見を取り入れ、目標を実現しているかが語られた本セッションをレポートします。

TEXT / HATA
EDIT / 酒井 理恵

目次

株はサウジアラビア皇太子の財団が100%保有。代表松原氏とSNKのこれまで

登壇したのはSNK 代表取締役社長 松原 健二氏。ゲーム業界の黎明期にITのエンジニアとして日立製作所に入社し、メインフレームやスーパーコンピューターを作っていました。その後、留学、外資系での勤務を経て、インターネットを使ったモノづくりやサービス作りをする会社を探していたところ友人が当時の光栄(現:コーエーテクモホールディングス)を紹介。オンラインゲームの開発を担当するようになりました。当時はゲームのことがさっぱり分からなかったそうです。

光栄で社長を経験し、2010年退任。当時、世界で最もDAUの多い『CITYVILLE』というゲームを扱っていたジンガジャパンに入社します。一日のDAUが2億4千万人を超える規模のゲームを毎日アップデートして運営することを期待していたもののジンガジャパンは2年で閉鎖。その後、セガを経て、SNKに入社しました。

松原氏が代表取締役社長を務めるSNKは、現在、サウジアラビアの皇太子が保有するミスク財団が株式を100パーセント保有しています。同財団が松原氏に求めたのは「SNKを伸ばすこと」でした。そこで、松原氏はミッションや目指すもの、約10年で実現することなどをミッションピラミッドの中でしっかり定め、社内全員が同じベクトルを向けるように設計しました。

SNKは1978年に創立(当時の名称は新日本企画)して、1990年代に格闘ゲームがアーケードでヒット。現在はソフトウェアの開発やパブリッシングを主な事業としています。

オフィスは大阪に本社を構えるほか、北京や台湾にも子会社のオフィスを有しています。松原氏が就任してから東京にもスタジオを作ったほか、シンガポールや米国にも拠点を設けました。従業員は世界で500人を有しています。

保有するIPは今でも多くのファンから支持を得ている『餓狼伝説』や『龍虎の拳』、『SAMURAI SPIRITS』、「ザ・キング・オブ・ファイターズ」シリーズといった格闘ゲームの他、横スクロールアクションで『メタルスラッグ』など200を超えます。松原氏は有名なタイトル以外のIPも、もっと世界に展開すれば伸びていくのではないかと考えています。

社会から借りた恩恵を社会に返す――社長の社内外での振る舞い方

ゲーム会社の社長には、ゲームを作る技術をしっかりと身につけて、自らも作りながら会社経営をするクリエイタータイプの社長プロデューサー・マネージメントが中心の社長がいます。松原氏は開発者ではありますが、ゲームは直接作った経験がないので、会社の中のまとめ上げなどプロデューサー・マネージメントが中心です。

会社の代表であり、株主に会社を任されている立場である社長は、株主の意向を受けて取締役会と共に会社の動きを決めていきます。社長はこうした人々だけでなく、従業員やゲーム業界内外の他の企業、人事や総務といった管理部門のこともよく考え、関わりあう必要があります。そして何より顧客があってこそ、企業は収益を上げ、再投資が可能になります。

会社は人材をはじめさまざまなインフラを社会から借りて事業をしていることを念頭に起き、社会に対してどうやって役に立つのかを考えていくことが重要だと、松原氏は語りました。

世界で輝いていたSNKを取り戻してほしい――株主の熱意で社長に

現在はSNKの社長になって2年半が経過した松原氏。社長に就任するまでは半年をかけて、SNKの株主であるミスク財団と協議を重ねました。ミスク財団はサウジアラビアの皇太子が保有する財団で、たいへんなゲーマーである皇太子は日々さまざまなゲームをプレイしているそうです。その皇太子とのオンライン会議において松原氏は株主がSNKに非常に大きな期待をしていることを知りました。

松原氏は皇太子にSNKをどういう風にしたいかを尋ねました。「SNKをサウジアラビアに移して大きくしたい」のか「SNKのIPを使ったゲームを欧米でどんどん展開したい」のか。すると皇太子からは「SNKを日本の会社として大きくしてほしい」「もう一度、90年代の世界に羽ばたいて輝いていたSNKのような会社にしてほしいとの熱い要望があったそうです。

そのためなら何でもする、と話す皇太子の熱意に応えるために、セガ退任後はアドバイザーとして仕事をしていこうと考えていた松原氏でしたが、もう一度経営者に戻る決意をします。日本の会社が大規模な投資を受けて成長を目指すことは滅多にないチャンスです。

松原氏は、10年で世界トップテンのパブリッシャーになるという大胆な目標にチャレンジ。経営者として実現を目指すのは当然で、目標に追いつき追い越す体制を作るのが自身の役割だと考えていました。株主・取締役会にもこの体制づくりの合意形成をし、経営戦略を策定します。まず、これから10年の大きな方向の戦略を作り、そのなかで直近の3年間でどのようなタイトルをいくらかけて作るのかを数字レベルまで細かく決めました

計画の実現にあたって、株主と共に会社のあるべき姿を描き、どのようなプロセスを経て実現していくかを考えます。現状との間にあるギャップを10年で埋めるために、社内の改革にも取り組みました。

世界規模パブリッシャーへの改革の取り組み――優良企業SNKをさらにすぐれた企業へ

世界トップ10のパブリッシャーは、ゲーム開発やパブリッシングで何千億円の売り上げとなるため、開発体制やマーケティングもグローバル規模。トップレベルの人材が喜んで入社して働く体制です。

SNKは大阪に約150人のスタッフを抱え、中国にもオフィスがあります。年間の売り上げは約50億円で、営業利益は約10億円。会社としては優秀ですが、このままでは世界トップテンのパブリッシャーになるには不十分でした。その理由は、欧米に拠点がないことにありました。主要地域に現地法人があることは世界トップのパブリッシャーなどをベンチマークとするとごくごく当たり前のこと。松原氏の入社までSNKはアジア圏のライセンスビジネスが多く、開発拠点は大阪と中国に置いていました。世界をめざすならば、開発やマーケティング機能の増強や、開発時の承認プロセス、人事、財務経理の仕組みも変える必要があります。

現状と目標のギャップは社員の意識にもありました。親会社が変わる以前から続く「今のままでもうまくいっている」という意識を改めないといけないと松原氏は感じました。

こうした課題をブレイクダウンし、開発やマーケティング、販売機能として必要なものを精査します。グローバルで各拠点ごとに複数のラインで開発するとなると、各拠点に数百人程度は必要になってきます。また、マーケティングもSNK自身でグローバル展開するには地域ごとのマーケティング戦略と組み合わせるだけでなく、世界的に需要のあるIPを持つことも必要です。

しかし、現状は大阪と中国の開発スタジオで、数年に1本、ゲームをリリースするのみ。マーケティングは日本だけはパブリッシング機能がありますが、他地域は外部に任せていました。調査してみると、ブランド認知力はアジアではある程度評価できるものでしたが、欧米はまだまだまだ認知されていないという結果でした。

こうした課題に松原氏は着手。開発は、大阪のスタッフを増やし、東京にもスタジオを開設しました。外部パートナーとも協力してリリースするタイトルの増加を目指しました。また、保有IPである格闘ゲーム以外のジャンルにもチャレンジします。マーケティングに関しては、組織を新たにゼロから構築。欧米では従来の許諾ビジネスから自身でのパブリッシュへと変化させ、ゼロからの開発や販売ができる体制を強化しました。

社内制度にも手を入れます。松原氏は150人規模の会社の人事制度と数千人の会社の制度がかなり違うことに気付きました。数千人規模の会社では等級要件や評価制度を用いたフィードバックがなされ、社員一人一人がどのような成長をすべきか自身で意識するような人事制度が導入されていたのです。

また、会計制度は財務会計での管理だったため為替の影響がダイレクトに反映されてしまい、為替の影響によるものか実際の成果によるものかが判別できない状況。管理会計も導入して数字から経営状況を判断できるようにしました。その他、IPビジネスにおける地域ごとのコミュニケーション体制の見直しにも着手しました。

社長はゲーム開発審査で何を見ているのか?

標準的な開発プロセス(グリーンライトプロセス)では、草案を出し、企画審査の承認後にプロトタイプを作ります。そして、これを事業化するかどうかという重要な事業性審査を経て、開発の進捗を鑑みながらプロモーション・マーケティング戦略の審査を経てリリースに至ります。運営型タイトルの場合は、リリース後にも運営の内容・費用を審査する段階があります。開発者の中には、この段階で社長と初めて向き合う人もいます。松原氏は、事業性審査や企画審査について、プロデューサーや事業部長だけでなく開発者とも真剣に議論をしているそうです。

松原氏が審査で重視して見ている点は「ターゲットユーザーをしっかり捉えているか」「どういうユーザーが興味を持ってるか」「開発チームがターゲットユーザーを描けてるか」です。

購入しているゲーム・年齢層・趣味・その趣味のユーザー数などを確認し、その中の何パーセントのシェアを取って売り上げを立てるつもりなのか確認します。ここで重視するのは、開発チームがターゲットユーザーを理解し、クリエイターの想像力を求められているものに対して発揮しているかどうかのマーケット的な観点です。

ターゲットユーザーに伝える面白さがビジュアル・ゲームシステム・ナラティブなどのいずれかに属するのかは議論を通じて確認します。松原氏自身は、ゲームの作り手ではないので変更を要求することはないものの、開発チームの考え方が整理されているかの確認をします。ユーザー層が楽しんでいるものを把握し、「ユーザーに刺さる要素」と「ゲームの要素」が一致しているかが重要です。

また、それが実現可能なのかどうかも合わせて開発チームに尋ねるといいます。特に、人月工数・コスト・技術的なチャレンジをする場合は、できる根拠があるのかチームの信頼性を評価し、会議で出たさまざまな意見を集約して最終的な判断を松原氏が下します。

営業部門はマーケット部門以外にもQAチームや、デバッグチーム、ライセンス監修チームなどさまざまな部署から意見を集めます。何も意見が出ない場合は「これをみんなで売っていくんだ」という意識を高め、議論を深め、ときには再審査も行います。審査を一回で通過することはなかなかいそうです。

従業員への情報共有や勉強会も実施

最後に松原氏は冒頭に挙げたミッションピラミッドの話に再び触れ、組織風土の醸成について語ります。個人の成長の先にあるのは今後の10年に必要な要素会社が抱える課題は会社の業績などの機密情報も含め3か月に1回社員に伝えています。「私たちは世界が熱狂する文化を想像していくんだ。そういう会社になるんだ」ということを繰り返し伝え全社員の意識を合わせます。

東京や大阪のスタジオでは、SNKクリエイターズカンファレンスという社内カンファレンスを2023年から実施。内容は松原氏と元ソニーの森田氏の対談などです。SNKは世界のトップを目指してみんなで協力していくのだということを伝えて、意識改革を促します。

また、毎年1回意識調査を実施し、自分たちが会社に期待していること、期待に対する満足度を集約して、次のアクションにつなげます。

意識改革にもこうしたPDCAのサイクルをしっかりと回します。

CEDEC改革について

2007年に光栄の社長になった時にCEDECの理事で副会長をしていた松原氏。そこで技術委員会とガイドライン委員会を担当していたといいます。

今から17年前に、日本のゲーム開発技術をどうやって育てるか議論する会がありました。当初は飲み会からスタートしたのですが、CEDECをもっと盛り上げていこうという機運が高まりました。当時、松原氏はCESAの副会長を担当していましたが、CEDECの今後の方針は明確ではなく、議論もされていませんでした。当時の参加者は1,000人程度で、ゲーム業界での認知は低く、好きな人が行く集まりといった勉強会で、運営も外部委託していました。

松原氏らには、ゲーム開発者が互いの情報や技術を共有し、うまくいった経験、うまくいかなかった経験を共有することで、情報交換できるような場を作りたいという想いがありました。頭にあったのは松原氏がIT業界に居た際のアメリカの学会やシンポジウムです。そうした場での情報共有や経験の共有は自身が成長する機会になっていました。

当時のCEDECは大学などを借りていたため、1つの会議室が100名程度しか入らない、年度が変わらないと借りられるか分からないといった課題も抱えていました。

そこで、松原氏は継続的な発展のために専任の委員会を設けました

さらに、パシフィック横浜での開催に挑戦。コストは5倍になりますが、松原氏は「赤字になったら元の大学に戻しますから」と関係者を説得しました。この挑戦は成功し、以後はパシフィコ横浜が会場として定着しました。参加者も現在はオンラインを含めて15,000人を超えるようになっています。

セッションの質を上げるために、発表をプログラミング、ビジュアル、ビジネスといったジャンルに分け、ワーキンググループを作ってセッション内容を向上させる取り組みも行いました。

当初は10人ぐらいの委員が、今は40人をはるかに超える人数になっています。昔は、委員になってもらうお願いをしていましたが、今は自ら自ら委員をやりたいと立候補をする人も出てきています。

最後に、松原氏は自身の好きな言葉「シク・パルビス・マグナ」を挙げます。これはラテン語で「偉業をなすのも小さな一歩から」という意味で、ノーティードッグが開発したアクションゲーム『アンチャーテッド』シリーズの1作に登場する言葉です。17年前に改革を始めた頃はまだまだ暗中模索だったCEDEC。GCCも積み重ねが大きな流れになっている、と松原氏は語ります。偉業を成すために小さな一歩を積み重ねていっていただければ、と聴講者への励ましの言葉で講演を終えました。

SNK 公式Webサイトゲーム会社の社長は何を考えているか ‐ GAME CREATORS CONFERENCE
HATA

5歳の頃、実家喫茶店のテーブル筐体に触れてゲームライフが始まる。2000年代にノベルゲーム開発を行い、異業種からゲーム業界に。ゲームメディアで記事執筆を行いながらゲーム開発にも従事する。

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