鹿野護氏はWOWや未来派図画工作で広告や映像制作に携わり、2億以上のバリエーションを持つ映像作品『平日ダイヤ』など新しい映像表現の形を切り拓いてきました。その鹿野氏が、アンリアルエンジンと出会ってから「ゲーム」という表現に魅力を感じるようになったといいます。鹿野氏が個人で制作したゲーム『大歳ノ島』の例を紐解きながら、たった一人の人間がゲームを制作し世に放つことの意味を伺いました。
【後編】では『大歳ノ島』のメイキングや制作を継続するコツ、そして長い歴史の中でゲームを作る意義を問います。
鹿野護氏はWOWや未来派図画工作で広告や映像制作に携わり、2億以上のバリエーションを持つ映像作品『平日ダイヤ』など新しい映像表現の形を切り拓いてきました。その鹿野氏が、アンリアルエンジンと出会ってから「ゲーム」という表現に魅力を感じるようになったといいます。鹿野氏が個人で制作したゲーム『大歳ノ島』の例を紐解きながら、たった一人の人間がゲームを制作し世に放つことの意味を伺いました。
【後編】では『大歳ノ島』のメイキングや制作を継続するコツ、そして長い歴史の中でゲームを作る意義を問います。
TEXT / たかひろ
INTERVIEW / 神山 大輝、佐々木 瞬
EDIT / 酒井 理恵
――『大歳ノ島』を作るにあたって、意識されていたことを教えてください。
自分の足元にあるものや直接触って調べられるものをテーマにしようと決めていました。それで、もともと興味のあった民俗学に焦点を当てました。
先ほどの『平日ダイヤ』と『移動祝祭日』も「時間」や「記憶」がテーマになっていましたが、民俗学でもこれは研究する際に切っても切り離せないテーマです。その中でも常々面白いなと思っていた時間が「お正月」です。
大晦日とお正月の、1分の境を越えたときの、自分が生まれ変わって新しい世界に入るようなあの感じ。日本特有の行事というわけではなく、実は似たような行事が世界中にあるんです。「お正月」にまつわる昔話もたくさんあり「大歳の火(おおどしのひ)」(※)もその一つです。
※ さまざまなバリエーションのある民話だが「大晦日の夜に火を絶やさないよう言いつけられた嫁が火を絶やしてしまい、苦労して火種を分けてもらう」点がおおむね共通している
日本各地にあったこの昔話が、とても興味深いものだったのでテーマを「お正月」に設定し、初日の出とともに神がやってきて、そのためにお供えをしたり祈ったりするという世界観設定にしました。
――これまで映像のプロフェッショナルとして携わってこられた鹿野先生ならではのこだわりはどこに活かされているのでしょうか。
舞台になる島の3つの地域でそれぞれ異なる季節を感じさせる工程は映像制作の知識や経験がプラスになったかなと思います。大気や天候といった空気感を大事にするために、薄暗い夕暮れの光や風にたなびく植物など、その場所にいる気持ちよさや匂いを感じられるように、光や色のバランスをとりました。
それと、松の林に入ると蝉の声が聞こえてきたり、棚田でカエルの声が聞こえたりするなど、効果音も意識しました。プレイヤーにこの島をフィールドワークしているような感覚を持ってもらいたかったんです。
――ゲーム内の体験は、実際に鹿野先生が現地を調査したものが反映されているのでしょうか。
なるべく実現したいシーンに近いところでフィールドワークを行っています。しかし、現実をシミュレーションすれば無条件で良い表現になる、というわけではないので、いかにうまく嘘をついていくかですね。
例えば、自然界では階段状に石が組んであることはほぼないと思うんですが、そうした事実を無視しないと難度が高く複雑なものになってしまいます。また、レベル毎に配置するさまざまな素材も自分たちで一から作ろうとしたら相当大変です。ストアのアセットをいかに組み合わせて自分の目標にあったものにしていくかに時間を割きました。
――アセットで日本をモチーフにしているものは少ないと思いますが、似ているものを選んだのでしょうか?
そうですね。似ているものを選んで、限られた時間の中で手を入れられるところは入れました。ただ、世界観を壊してしまうような、違和感のあるアセットを使うのは避けようと、配置後にプレイし、変だなと思ったら外す、という作業を繰り返しました。アセットはリアリティや世界観に寄与するものですが、一つ一つのクオリティが高くても、組み合わせ次第で台無しになることが往々にしてあり、想像以上に難しいと感じました。
――アセットをそのまま使ってしまいそうなところを流されずに使っていくのは、かなりのテクニックだと思います。
世界観が完全に壊れてしまうので、そこはかなりシビアにやっていたかもしれません。「和風」のアセットをそのまま使っていくと「中国風」になってしまうんです。小さな小物でも、日本を感じにくいモチーフが入っているときは絶対使わないようにしていました。
――このような判断は鹿野先生の中に判断基準となるランドスケープ観がないとできないかと思います。バックボーンにあるのは調査やフィールドワークの結果なのでしょうか。
自分の経験がベースになっているところはあると思います。東北で生まれて磯釣りをよくやってましたし、田んぼの風景も幼少期から身近で、いつも目にしていたのが生きていると思います。
――『大歳ノ島』と同じような作品をヨーロッパを舞台にして作ることは鹿野先生にとって考えられるものなのでしょうか。
そこに違和感があるかどうかの判断できないので、かなり難しいと思います。映画を作るときにスタッフが必ず現地にロケハンに行くように、フィールドワークといいますか、その場に行って初めて見えてくるものがあると思うんですよね。
現地に行けないのであれば、かなり綿密なリサーチが必要です。博物館や美術館でなるべく本物に近い資料に触れるのは有効かもしれません。
――現地調査の結果は作品にどのように反映されていますか。
例えば、『大歳ノ島』の後に発表した『湖ノ狼(うみのおおかみ)』では、昔、山形の川で使われていた小鵜飼舟(こうかいせん)という船を作ったんです。帆の張られたシンプルな木舟なんですが、作ろうとするとネットにほとんど情報がないんですよね。結局、現物の写真を撮ってきました。この造形をアセットに頼ってしまうと恐らく世界観が崩壊してしまうので、シンプルでもいいから自分の目で見たものを自分の手で作ったほうが得策なのかなと。
――適したアセットがないから、と取り除きはしなかったのですね。
そうですね。「これは必要だ」と判断したものは、外したくないです。船や建物の屋根は結構重要ですね。
あとは植生ですね。マーケットプレイスの「Megascans Trees」に「ヨーロッパハンノキ」という高度な樹木のアセットがあります。これを導入するか検討した際、山形には「ハンノキ」という樹があることが分かり、見た目も似ていたため、使えるという判断をしました。
植生もネットではなかなか調べられず、博物館に行くのが一番早かったです。
――調査にはどれくらい時間をかけたんですか?
調査は、作品ができあがるまで空いた時間には行っていました。調査が必要になったら現地に調べに行くという、原始的な作り方です。でも、実際に目にすると迷いが飛ぶんですよね。
調べる能力が高い人はデジタルでも構わないのかなと思うものの、地域に根ざした情報は全然ネットにありませんね。古書に載っている情報もネットでは見つけられません。
ネットに情報があまりなく、すぐに調べられないものは大きな価値を持っていると思います。みんなが作ることができないものはコンテンツとしてユニークさが際立ちますから。よく東北の民具をAIに描かせているんですが、ネット上に学習データがないから、どれだけプロンプトを駆使しても描けないんですよね。作るのも大変ですが、うまくそういうものをピックアップして作品の主役に据えることはできるかもしれません。
――先程、鹿野先生がご自分で作成されたアセットもあるとお話がありました。具体的に自作または加工したアセットについてお伺いできますでしょうか。
例えば、社のようなものは、購入したアセットを少し改造しました。本当はもっと質感を調整して土着的なものにしたかったんですが、時間が足りませんでした。エフェクトも主要なものはなるべく自分で作っています。
それと「Brushify」という地形が描けるスマートブラシのアセットは非常に高精度なんですが、そのままだとヨーロッパの風景になってしまいます。そこで、中身を改造して、砂の質感を濡れた感じにしたり、少し乾かして白くしたりしながら使ってます。
――かなりシビアな判断をされているのですね。
逆に「このままでもいけるな」と判断したものもあります。よく見ると西洋のボートで、和風じゃない漁船を使っているシーンもあります。でも、背景の竹林や鳥居と組み合わせることによって、おそらくこれは和のものに見えるはずだと考えました。
作中には塩が山のように積まれた塩田もあるんですが、実際には日本にこうした天日製法の塩田は一般的ではないのでは、と思います。ただ、リアルな塩田にすると塩田に見えません。そこで、自分の記憶や経験を誇張しています。誇張があったとしても、松などの植物を組み合わせることでおそらく日本的な雰囲気に見えると思いました。
塩田の場面で飛んでいる鳥も、多分日本にいる鳥じゃありません。しかもこの鳥だけスタイライズの質感も違います。でも、このサイズで、このスピードで飛んでいれば大丈夫だと判断をしました。
――見映えのあるシーンとなるよう画面構図を工夫したところがあれば伺えますでしょうか。
それでいうと太陽のシーンでしょうか。太陽を背にして、こちらを向いている人物は太陽神という設定です。太陽そのものが近づいてきて、 手前に3人の使者がひざまずいており、三角形のシンメトリーの構図になっています。背中に浴びる太陽の光が道のように反射しています。
言葉で書くのは全部やめ、 絵のシンボルで表現しています。
神と人の間にある氷は自然と人工の「境界」です。この後、氷は神に割られます。神話的なものをビジュアルで伝えられたらいいなという思いで画面構図を作っています。
――こうした象徴的なビジュアルは、企画の初期段階で構図を考えているのでしょうか。
「こういうことを伝えたいな」というのはテキストの原稿をあらかじめ大量に作っておいてます。しかし、どうしても画面を組んでからじゃないと分からないところが出てくるので、その後は試行錯誤ですね。使者の位置はここでいいのかな、などと少しずつ調整しながら最後まで仕上げました。
――このシーンではどのようなテキストを用意されていたのでしょうか。
太陽神が「杖」を持っていますよね。日本には、杖を刺したところから水が湧いたという伝説がいっぱいあるんですが、この杖を刺した場所は人工的な町と立ち入れない山の「境界」にあるんです。ですから、このシーンではその境界が島のど真ん中のヘソの部分、山頂にあると設定しました。
3人の使者は神様にお供えをしにいきます。お供えは人そのものを生贄にしていたものが、後に人の体の一部などに変化したものという説があります。人が住んでいる人工の町と自然の「境界」にお供えをすることで「自然界のものは人工の町に入ってこないでください」とお願いしていたんです。
このシーンではこうした伝説を象徴しようとしていました。
――「境界」がそんな意味合いを持つのですね。
「境界」は面白いですよ。門前町や辻など、さまざまなものが交わる境界では事件が起きたり妖怪の伝承があったりして、ネタの宝庫だと思います。
この境界の話は『大歳ノ島』を作るために調べていたわけではなく、それ以前からこういうことに興味を持って調べていたことですね。
――鹿野先生の作品を作る原動力はどこから生まれているのでしょうか。
人それぞれ原動力の源は違うと思うんですが、私の場合は「知りたい」ということが最大の原動力です。例えば、先ほどお話した「境界」や「杖」について知りたいと思ったときに、調べて終わりだとなかなかモチベーションは続きません。調べたものを「作る」に変換したときに持続力が生まれました。好奇心を映像やゲーム制作などのアウトプットにつなげていくんです。
――ゴールは「作品制作」ではなく「知りたい」なんですね。
知れば知るほど物事って分からなくなって収拾がつかないんです。でも、「作る」ということは限定的で制限があるので、無限に広がる「知りたい」を抑えてくれます。「作る」ことで納得して自分の中に落とし込めるんですね。
「作りたいから調べる」ではなく「知りたいのでしょうがなく作る」と好奇心のほうを最初に持ってきたほうが私は集中して作業できます。
――作品制作が終わると、制作のモチベーションはどうなるのでしょうか。
次の興味が湧くまで待つ感じですね。『大歳ノ島』の場合は、作っている最中に「峠」が気になってきました。
調べるてみると面白い峠やその伝説が多数ありました。でも、このままだとその面白い伝説は誰も知らないまま、ただ消えていってしまうんです。
さきほどの古本もそうなんですが、ネットに情報がなく、情報源の古本もまた消えていく存在だと思ったときに、これを残して作りたい、もっと調べたいと思いました。
実際、『湖ノ狼』を作ったときにリサーチしたお堂は、取材後に取り壊しになったんです。なぜ取り壊されてるのかというと、子孫に相続することで、様々な費用が発生するケースがあるからなんです。そうした負担を避けるために、多くの文化財が消滅してしまう。仕方がないことですが、こういうことが日本中で今起きています。何か残したい、なぜなくなっていくのか知りたい、という思いは行動に直結していると思います。
――「今しかない」という思いが行動に拍車をかけているのでしょうか。
確かにそれはあるかもしれないです。後で見ればいいや、とはなりませんから。そういうものに興味が向けば、非常に強いパワーになるのかなと思います。
このような古い建造物や歴史的事象などを残すときに、映像、論文とならんで、ゲームという選択肢がこれからは入ってくるのかもしれませんね。
――もともとは民話も地域で起こったことを後世に伝えるためにできた当時の最新メディアですからね。
伝承って非常に強い記録メディアの一つだと思うんです。例えば星座の話もずっと語り継がれて約5,000年も続いています。物語を残す形は、口伝だったり石碑だったり……ゲームも新しい伝承の形としてあり得るのかもしれません。
――『二十世紀ボヤージ』は新幹線で作り始めたとおっしゃっていましたが、最初の気持ちや勢いを活かすためにやっていることはありますか?
勢いはやはり重要です。先ほどの「今しかない」にもつながるんですが、「作りたい」という気持ちはNGだと思っています。お腹が空いてたら食べてしまうのと一緒で、本当に作りたかったら作っちゃうものです。「作りたい」というステップを踏んでいる状態では作れないのではないでしょうか。
――「作りたい」という気持ちは持ちながらも、なかなか一歩踏み出すことができない人は多いと思います。
自然に作り始められる訓練といいますか、作り出してしまえる状況や環境を普段からいかに設定するかだと思います。
例えば、私はアンリアルエンジンを時間がなくても毎日5分は起動して、すぐ作業できる状態を作っています。
――作りたいと思ったときに、手がすぐ動く基礎体力を作るということですね。
大学で授業をしていると、1週間のうち自主制作に当てられるのは1日程度なんですが、遅い時間に帰ってきても、とりあえずアンリアルエンジンを起動するようにしています。5分ぐらいなのでほぼ作業はできないんです。でも、ビューポートをぐるぐる回してから寝るか、みたいな習慣にしてるんです。マテリアルを微調整してGitHubに送って「よし今日も5分やったぞ」の積み重ねを大事にしています。マーケットプレイスを見たり本を読んだり、リサーチするのもそうですね。即座にゲーム作りの作業ができることが重要で、「作りたい」という初期衝動が出たときに一切の邪魔が入らずに行動に移せる状態を保っています。
――鹿野先生ほどのキャリアの方が、手を動かし続けている理由はどこにありますか。
日々、学生と一緒に過ごしていることが大きいと思います。学生たちが今まさにこれから学び始めようとしているところに遭遇していると、「美しさとは何か」と概念を伝えるだけではなく、自分も手を動かすことで伝えられることがあるなと思うんです。触れているからこそわかる細部のディテールがありますし、作ることでしか見えてこない創造性がある。ここがものづくりの一番エキサイティングなところです。
――今回の『大歳ノ島』は一人の制作者だからこそ生まれた作品だと思いました。
私の持論は、作品を作るならば「自分で作ったほうが絶対に面白い」なんです。
多くてもメンバーは3人くらいに抑え、直接自分で手を動かせる体制をとることで、マウスをクリックするという最小単位まで作業を分解し、こだわることができます。一人の人間の強い意志が反映されても許されるのは、インディーズゲームの面白いところで、それができないのならあえて作る必要はないかなと個人的には思います。
――最後に、オリジナルの作品を少人数で作ってる方々に向けて、鹿野先生からメッセージをいただければと思います。
ゲームメーカーズを見ている方々や、コミュニティに参加してる方は、自分の作りたいものを「作りたい」だけではなく「遊んでほしい」と考えていると思うんです。つまり、人の「遊びたい」という本質的な欲求に、とても大事なものを提供しています。
大きな資本で作るものももちろん魅力的ですが、今は「一人、押入れの中で作ったものが世界を変えてしまう」時代だと思うんです。それは、個人個人の持ってる感性が世の中にインストールされて人の心を動かすということ。
ちょっとゲームをやったり映画を見たりしているその時間、つらいことを忘れていることもあるじゃないですか。一瞬でもそうさせてくれるエンターテイメントは、とても尊くて価値があります。そして、それを作り出しているみなさんが本当に素晴らしいと思います。私もみなさんと一緒に作品を作っていきたいです。おそらく2、3年以内には、皆さんに遊んでいただけるようなものを出せると思います。
――楽しみにしています。本日はお話ありがとうございました。
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