鹿野護氏はWOWや未来派図画工作で広告や映像制作に携わり、2億以上のバリエーションを持つ映像作品『平日ダイヤ』など新しい映像表現の形を切り拓いてきました。その鹿野氏が、アンリアルエンジンと出会ってから「ゲーム」という表現に魅力を感じるようになったといいます。鹿野氏が個人で制作したゲーム『大歳ノ島』の例を紐解きながら、たった一人の人間がゲームを制作し世に放つことの意味を伺いました。
【前編】では鹿野氏がゲーム制作に至るまでの軌跡を辿りながら「ゲーム」だからこそできる表現の本質に迫ります。
鹿野護氏はWOWや未来派図画工作で広告や映像制作に携わり、2億以上のバリエーションを持つ映像作品『平日ダイヤ』など新しい映像表現の形を切り拓いてきました。その鹿野氏が、アンリアルエンジンと出会ってから「ゲーム」という表現に魅力を感じるようになったといいます。鹿野氏が個人で制作したゲーム『大歳ノ島』の例を紐解きながら、たった一人の人間がゲームを制作し世に放つことの意味を伺いました。
【前編】では鹿野氏がゲーム制作に至るまでの軌跡を辿りながら「ゲーム」だからこそできる表現の本質に迫ります。
TEXT / たかひろ
INTERVIEW / 神山 大輝、佐々木 瞬
EDIT / 酒井 理恵
――これまで携わってきたお仕事や経歴など、まずは自己紹介をお願いいたします。
東北芸術工科大学デザイン工学部 映像学科 教授の鹿野 護と申します。大学では3DCGの基本からアニメーション、インタラクティブな表現まで教えています。その一方で、WOWでは広告を中心としたビジュアルデザインの仕事をしていました。3ds MAXやCinema 4DなどのCGソフトを使って、VFXやモーショングラフィックス、番組タイトルなどを制作してきました。
これまでの3Dの表現をプログラミングという形で拡張したのが『大歳ノ島』のようなゲーム表現です。インタラクティブな表現やユーザーインターフェースなど、映像の周辺にある領域に触れることで、自分の表現の可能性を広げていたのだと思います。
――これまでどのような作品を作っていたのか、WOW時代に携わっていた作品も含めてご紹介いただきたいです。
最初に作ったのは『二十世紀ボヤージ』というスクリーンセーバーのようなインスタレーション作品です。この作品は2002年に「せんだいメディアテーク」でインスタレーションとして展示されました。
Objective-CとCocoaフレームワークを調べる過程で、これを使えば日本語のテキストがとても綺麗に表示できるということに気づき、出張中の新幹線でこの作品を作り始めました。年表をランダムに表示することで新しい時代像が浮かび上がってきて歴史を見直せるんじゃないかと思ったんです。
――その後、映像の周辺領域に触れたとのことですが、その最初の作品はどのようなものだったのでしょうか?
2006年頃にWOWとして取り組んだ『Motion Texture』というプロジェクトでした。このプロジェクトは「せんだいメディアテーク」の学芸員の方と映像の新しい使い方として、人の行動を促すような映像を制作できないかと取り組んだ作品です。床に投影した飛行機の映像を追いかけて子どもたちが走り回る光景を見たときに、映像が単に座って観賞するものではなく、体験を促すための強いシンボルになりうるなと感じました。
――『Motion Texture』はどのように制作されたんですか。
まだ私がプログラミングをできない時代だったので、当時AppleのOSにあったノードベースのビジュアルプログラミング言語のQuartz Composerを使用して、それっぽくインタラクションを作りました。プログラムの知識が全くないメンバーだったので、3画面同期を手動で合わせていました。今だったら考えられないことですよね。
とてもアナログな手法でしたが、当時は精度よりもまずやってみて、直接お客さんに体験してもらおうと考えていました。大きく意識が変わったのもここからです。
広告業界で働いていたときは受注の仕事だけだったんですが、受注じゃないやり方で発信することもできるんじゃないかと感じました。
――このインタラクション系の作品はその後、どのような作品に発展していったのでしょうか。
WOWとしてインタラクション作品を積極的に発表し『LigntRain』や『工場と遊園地』という作品が生まれました。
そして私は直接制作には関わっていないのですが、2017年にWOWの仙台チームが発表した『BAKERU』『バケルの学校』はWOWの象徴的な作品になったのではないかと思います。
『BAKERU』は東北に伝わるさまざまな伝統行事をモチーフにしたインタラクティブな作品で、仮面をかぶるとなまはげや加勢鳥(かせどり)などの東北に伝わる化身になった自分のアバターが画面の中の世界に現れます。仮面をかぶって化けることで、人が神のようになったり、仮面の周りの人々はそれを神と崇めたりするというお祭りで起こる現象を作品にしたものです。
数分に一度天変地異が起こり世界がリセットされることで、自然や世界の営みを描いています。
――新しい技術を使ったインタラクション作品で伝統行事のような昔からあるものを扱ったのはどのような思いからですか。
ここにしかない、我々にしかできない作品づくりというのが最も重要だと考えています。
最新のトレンドはもちろん重要なんですが、先端技術だけではなく、一旦立ち止まって地元や足元にある文化を見つめ、メディアと組み合わせることにより、唯一無二のものになるのではないか。私個人としてもWOWとしてもこうした信念のもと活動を続けてきました。
――この後、鹿野先生はゲーム制作に向かわれたのですよね。どういった理由からですか。
Processing(※)を学び『ピープルフォレスト』という森と遊ぶ作品を作りました。これはWebカメラで撮った人の輪郭に木を生やすシンプルな作品です。じっとしていると自分が山になっていきます。
※ 視覚的な表現のプログラミングに長け、ビジュアルアート分野で使われているプログラミング言語
この作品で初めてオブジェクト指向に触れ、プログラムってすごいな!という気持ちが生まれました。
その後、openFrameworksやUnityといったインタラクティブな作品の制作ツールのトレンドを追っていく中で、アンリアルエンジンに出会いました。今までのツールは、アルゴリズムが主体で、ビジュアルは後からついてくるという感覚が私の中にはあり、その過程でくじけてしまうことがありました。一方、アンリアルエンジンは私が最初に使用したQuartz Composerに感覚が近く、ビジュアルを作る快感を味わいながらアルゴリズムで動かせることが可能なんです。これが衝撃的でした。
――アンリアルエンジンに触れたきっかけはゲーム制作ではなかったんですね。
この頃、私は授業でゲームのことをよく紹介していたものの、実際に自分でゲームを作ったことはまだありませんでした。すると、学生のレポートでそのことを指摘されてしまいました。『大歳ノ島』は、それならば、と奮い立ち、ゲーム作りの基本的なところを体験してみようと作り始めた作品です。
――インタビュー前にお話を伺った際「オリジナル作品がクリエイティブの歴史の中で担う役割を考えて制作している」とおっしゃっていましたね。これまでの作品や現在作っていらっしゃる作品が果たす役割について、どのようにお考えですか。
役割を果たすというか、人生は短く限られているので、自分でも意義があったなと思うものに携わりたいですね。私も年齢的に、何か作れるのはあと2、3本だと思います。歴史の流れの中で今を生きる自分がやったら面白いと思うことをやるようにしています。今は『大歳ノ島』のような民俗学のゲームを作ることにとても意義を感じています。
――鹿野先生はなぜ『大歳ノ島』のような民俗学のゲームを作ろうと考えられたのでしょう。
大学院の2年間の研究として、『大歳ノ島』を含めて3つのアンリアルエンジン作品を作ったんです。初めに制作したのが、『平日ダイヤ』という作品でした。
これは日常風景の中にランダムに変なものが混ざってくるという作品で、踏切の警報機が宙を飛んでいることもあれば、この警報機が便器になったり車になることもあります。毎日は同じようで同じでないと、ずっと見続けていられるものを作りました。
この作品を作ったとき、新しい映像の作り方ができそうだと思いました。ランダムというと、今までは再生する順番を変えるくらいしかできなかったんですけど、この作品に使ったアンリアルエンジンは映像の中身をガラッと変えてしまえる力を持っていました。
次に作ったのが『移動祝祭日』という作品です。
これも『平日ダイヤ』と同じような構造の作品で、空間と時間を一つの画面の中に重ね合わせたらどうなるかを3DCGの残像で表現しています。これもカメラアングルなどが毎回ランダムで変わります。
この2作品から、最初は1本だった映像が2本、4本とバリエーションが増えていくと、さまざまな展開ができることがよくわかりました。『平日ダイヤ』は照明や音楽、小道具などを変化させて全部で約2億9,160万のバリエーションを作っています。
――膨大な数ですね。この2作品はユーザーの行動によって映像を選択するなどのインタラクションはあるのでしょうか。
ありません。見るだけなんです。『平日ダイヤ』のような膨大なバリエーションを制作してもそのうちの1つのバリエーションを人が見るのは1回だけ。そこにどんな意味があるんだろう。そう考えたときに、ゲームというものはもともと無限に変化してるなと思い至ったんです。
誰しも同じものを見ておらず、全員が全員違うプレイスタイルなんです。ユーザーがそこに介在している時点で同じ状況はあり得ないと気づいたときに、単にバリエーションを出すだけではなく、そこで様々な行動ができたほうが面白いだろうと考えました。それを実現できる非常に高い自由度が、ゲームにはありました。
――もともと映像を作られていた鹿野先生が、良い映像を1本作ることに回帰するのではなく、無限のバリエーションを作るゲーム作りにシフトしたのは不思議です。
映像作品は、作者が思い描くベストなカタチに表現を固定化するものです。同じ作品を大勢に見てもらい感動してもらうことができる。しかし、インスタレーションのような即興性はなく、人それぞれの別の体験にはなりにくいのです。
ですが、ゲームは一つの表現を配信しながら全員に違う体験を与えられる。そこが革命的だと思ったんです。
それぞれのユーザーが別の体験をできる表現は、ここ30年ほどで存在感を持つようになっていると感じます。誰の言葉かは忘れてしまいましたが、「録音されたジャズは、昨日の新聞のようにつまらない」という言葉が心にあります。ゲーム作りにシフトしたのは、今生み出されている瑞々しいものに近づきたかったのかもしれません。
――映像はフィルムが決まった時点でもう完成していますが、インタラクション性のある作品は今まさに生み出されている。そこに魅力を感じられたということでしょうか。
そうかもしれないですね。より生の体験を作ってみたいというコンプレックスがずっとあっていろんな作品を作ってきましたが、「操作」というところに思い至っていませんでした。それがこの数年で「操作させてもいいんだ」に変わった部分はあります。
――鹿野先生にとって、制作されているゲーム『大歳ノ島』は「操作できる映像」なのでしょうか。
最初はそのイメージでした。プロトタイプは「ここからカメラで見たらきれいだな」と島をうろうろさせる作りでしたが、それだけではつまらないんですよね。そこで自分は「面白い」という感覚をゲームの中で作ることにチャレンジしました。本当にゲームというメディアは、別の価値を生み出す可能性を秘めたものだと思っています。
――ゲームに可能性を感じるのはどういった点ですか。
ユーザーに選択を迫る点です。選択を迫るメディア作品は他にあまりないですよね。「どっちにしますか」、「キャラクターのカスタマイズはこれでOKですか」と選択を迫って決断させて、そのときに問われたことはユーザー自身の問題になるんです。「私が決断しなきゃならない」と思ったときに、その対象がユーザーの中に入っていくんじゃないかな、と私は思っているんです。
選択を迫られた時点で全部が「自分ごと」になり、選択によって大きく物語が変わる。「選択」というキーワードと共に世の中に送り出すことによって、今までと違う受け取られ方ができるんじゃないかなと最近感じています。
――さまざまな問題を「自分ごと」にするためにゲームを活用する、という使い方もできるかもしれません。
確かに世界には様々な問題がありますが「自分とは関係ないな」と遠い存在に思いがちです。しかし、選択を迫って表現したら何か感じ方が変わるかもしれません。
例えば2013年にリリースされた『Papers, Please』は戦争をテーマにしたゲームですが、問題を間接的に描きながらも、ユーザーに強い追体験をさせています。こうした体験から得られる力はとてつもない可能性を秘めてるんじゃないかと思いました。
未来派図画工作のすすめwowlabギリギリ昭和に生まれ平成で育った男性。
アクション、RPG、FPS、恋愛ADVとプレイするジャンルは様々。
一番やり込んだタイトルは『Another Century’s Episode 3 THE FINAL』。今もシリーズ新作を待ち続けています。
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