2025年8月5日(火)、エピック ゲームズ ジャパン主催によるリアルイベント「Build: Tokyo‘25 for Automotive」が東京・港区で開催されました。
自動車業界におけるアンリアルエンジン(以下、UE)やリアルタイム3D技術の導入事例を発信するイベントで、国内の自動車メーカーやコンテンツ制作会社などによる講演が行われました。本稿ではそのうち3講演をピックアップしてレポートします。
2025年8月5日(火)、エピック ゲームズ ジャパン主催によるリアルイベント「Build: Tokyo‘25 for Automotive」が東京・港区で開催されました。
自動車業界におけるアンリアルエンジン(以下、UE)やリアルタイム3D技術の導入事例を発信するイベントで、国内の自動車メーカーやコンテンツ制作会社などによる講演が行われました。本稿ではそのうち3講演をピックアップしてレポートします。
TEXT / じく
EDIT / 浜井 智史
「Unreal Engineによる自動車PR静止画制作の実践」と題した講演では、クリエイティブボックスの澤 卓哉氏が登壇しました。
澤氏は2015年頃より10年以上にわたり、日産自動車の市販車やコンセプトカーのCGビジュアライゼーションを手がけているほか、2019年からデザイン誌「AXIS」(※)で日産広報CGページのビジュアル制作を担当しています。
※ 2017年にWebマガジン「AXIS」としてリニューアルした
澤氏がCG制作にUEを導入したのは3年ほど前。従来使用していたほかのツールと比較して、特にLumenを用いたリアルタイムレンダリングに強みを感じたことが採用理由だと語ります。
UEの利点として、シーンの修正時に再レンダリングが不要であるスピード感や、ひとつのシーンを静止画・動画など幅広いメディアで運用できる「ワンソース・マルチユース」な性質、ライティングの質感をリアルタイムで調整できる表現力の高さなどが挙げられました。
ポストプロセス、多彩で豊富なアセット、パーティクル、天候や時間のシミュレーション、AIとの連携、デカールの活用などUnreal Engineが制作の幅を広げ、背景要素の絵作りから世界構築としての絵作りへと変わっていった
澤氏はUEを活用した3DCGの制作事例として、AXISに掲載した広告ビジュアルを例示しました。
天候や昼夜の時間変化などを実装できるシステムアセット「Dynamic Volumetric Sky」などを用いてシミュレーションを行った事例や、ドローイング調のポストプロセスマテリアルを使用した画像などを紹介。充実したポストプロセス機能を活かして、最終調整まですべてUEで制作しているとのこと。
上段にあるサイズが大きい3枚が決定稿。各決定稿の下にそれぞれ置かれた3枚が、候補として提案されたビジュアル。
AXISの広告ページは、日産グローバルデザインセンターから提示された車種情報とテーマをもとに、1つの決定稿に対して数十枚を提案する形で制作しているという
UEのリアルタイムレンダリングであればこそ可能な表現として、ライティングで地面に影を描き出し、そこに着色したVDBフォグ(※)を合わせる手法が紹介されました。
※ VDB(OpenVDB)は、ボリュームデータを取り扱えるオープンソースのファイルフォーマット
また、UEと生成AIを連携させた背景制作手法として、MidjourneyやAdobe Premiereなどで制作したループ動画をUEで取り込み背景に活用した事例が紹介されました。
そのほか、UEが持つ強みのひとつとして語られた「ワンソース・マルチユース」な運用体制の具体例として、日産自動車の車種「ムラーノ」における静止画用ビジュアルイメージを、Instagram掲載用アニメーションの制作に活用した事例が紹介されました。
澤氏は「リアルタイムレンダリングによって試行の時間が増えたことで提案の幅や数が増え、選び抜かれた1枚が作れるようになりました。私にとってUEは強力なパートナーになっています」と語り、講演を締め括りました。
ソニー・ホンダモビリティのソフトウェアエンジニアである腰前 秀成氏からは、「AFEELA 1のコックピットにおけるUnreal Engineの活用」と題した講演が行われました。
ソニー・ホンダモビリティは2022年にソニーグループとホンダによって設立された企業で、「AFEELA」ブランドのEV(電気自動車)を開発中。「AFEELA 1」はその第1弾モデルです。
講演では、「AFEELA 1」に搭載された機能やUI/UXの詳細と、それらをUEで実現した開発事例が語られました。
腰前氏はソニーでXperia・Airpeak・aiboなどのUI/UXおよびソフトウェア開発を担当。現在はソニー・ホンダモビリティでAFEELA向けインフォテインメントシステムのインタラクションデザインやソフトウェア開発に従事している
ソニー・ホンダモビリティはEV開発のコンセプトとして「3A」と呼ばれる3つの価値を提供することを掲げています。
同社が提唱する提供価値コンセプト「3A」
Autonomy(進化する自立性)
車内外に搭載した40のセンサーや、高性能SoC(System on a Chip)を用いた最先端の先進運転支援システム(ADAS)を提供し、自律的で安心・安全な走行を実現する。
Augmentation(身体・時空間の拡張)
現実とバーチャル世界を融合させることで、移動中の車内をエンターテイメント空間に作り変える。
Affinity(人との協調・社会との共生)
自動車産業をはじめとするさまざまな産業におけるパートナーや、モビリティにおける新しいエンターテイメントの創出に挑戦するクリエイターなどとともにサービスを作り上げていく。
これらのコンセプトの1つ「Affinity」の一環として、Epic Gamesと連携してUEを用いたさまざまなコラボレーションも進められています。
同社は「AFEELA」ブランドの展望について、各種サービスプロバイダなどと協力のもと、車内で映画・音楽・PlayStationのゲームといったさまざまなコンテンツを楽しめる「サードプレイス」のようなものにしていきたいと語りました。
「AFEELA 1」に搭載された機能や、今後実装を検討している技術などについても一部紹介されました。
キャビンのフロントディスプレイである「パノラミックスクリーン」は、ストレスフリーな視線移動を可能とする水平なデザイン。またアンビエントライトにより車内の雰囲気をカスタマイズできるほか、ソニーの立体音響技術を採用した数々の高音質スピーカーが搭載。Dolby Atmos(※)などを用いたコンテンツにも対応しています。
※ Dolby Laboratoriesが開発・提供する立体音響技術
そのほか、疑似的なエンジン音・走行音などを鳴らすことでドライバーに臨場感を提供するサウンドコンテンツ「e-Moter Sound」などが紹介されました。
UEを活用した開発事例として、センサーで取得した車外の情報(ほかの自動車や歩行者、車線など)や地理情報をリアルタイムで3Dマップに反映する機能が挙げられました。
ドライバーが直感的に周辺状況を把握でき、また自由なカメラワークでマップを確認できるなど、より安心・安全な走行環境を提供したいと腰前氏は語りました。
左のディスプレイにはADASのUIを表示。「AFEELA 1」に搭載された多数のセンサーで車外の情報を取得し、UEを利用して3D空間へとリアルタイムに表示する。
右のディスプレイには、UEの機能で生み出された3Dマップを配置している
「AFEELA 1」の主要なECU(※)は、SoCとして800TOPSの演算能力を持つオートモーティブ向けSnapdragonシリーズを採用。
※ 「Electronic Control Unit」の略。自動車のさまざまな機能(ブレーキ、充電、ディスプレイ、オーディオなど)を制御するシステム
また、センサーで取得した情報を適切にビジュアライズして高品質なユーザー体験を提供するために、2つの専用ECUを搭載しています。
「AFEELA 1」は複数のECUがギガビットイーサネットで接続されており、センサーからの取得情報は即座にHMIへ送信され、3Dグラフィックとして処理が可能となります。
続いて、UEを利用して3Dマップを表示・センシングデータを活用するデータフローについて技術的な観点から詳細が解説されました。
3Dマップ描画の際は、ナビゲーションサービスから提供される地理情報がSMD(Spatial Mapped Data Service)で処理され、SMDプラグインを介してUEのアプリケーションに送信されます。
3Dマップを表示するシステムの構成を図示したもの。
Epic Gamesが新開発した「Compassプラグイン」が、ドライバーによるマップの操作や自車位置の移動などを踏まえて描画するべきタイルを計算。それを受けてSMDプラグインがタイルデータを生成し、Compassプラグインに送る。データは3Dメッシュデータに変換され、最終的にスタイリングされた上で描画される
続いて、センシングデータを活用するデータフローを解説。周辺車両・歩行者・道路などのセンシングデータが、ADAS ECUからギガビットイーサネットを経由してHMI ECUへ送られ、SMDによって処理されます。
AFEELAのセンサー情報や認識情報を活用したユースケースにおけるシステム構成を図示したもの。
複数のセンサーから取得したデータをSMDで処理することで、同じ空間上に統合された状態でアプリケーションで表示可能としている。
ADAS ECUからのセンサー情報や認識情報に加え、車両の制御情報や警告情報もUEのアプリケーションから利用できる
また「AFEELA 1」ではマップデータ・センシングデータを統合して使用するために、SMDがナビゲーションサービスからマップデータを取得すると同時にAD(Autonomous Driving=自動運転)/ADAS ECUから車の周辺情報をリアルタイムに取得します。
これによりマップデータ・センシングデータを同じ時間・空間上で表示でき、現実世界の情報を3Dのバーチャル空間上で再現可能となります。
SMDは、周辺の車や歩行者といった車外から取得した情報を時間的・空間的にずれなくマップ上に表示するためにマップマッチングを行った上で、取得情報をマップと正しくマッチングされた情報としてアプリケーションで利用可能にする
講演の終盤には、UEを利用して開発したドライブシミュレーターが紹介されました。仮想空間に市街地の3Dマップを再現し、周辺車両・歩行者・障害物などをシミュレーションした環境下で走行できます。
シミュレーター内のモニターに表示されているUIは、実際にAFEELAがUEを用いて描画するADASのUIで、仮想空間上の周辺車両や信号などをリアルタイムで3Dマップ上に反映しています。マップデータ・センシングデータを同時に活用したアプリケーションの実例です。
腰前氏は最後に「私たちはAFEELAを、モビリティにおける新しいUXプラットフォームにしていきたいと考えています。テクノロジーの力で人とモビリティの関係を再定義し、ユーザーのモビリティライフスタイルに変革をもたらしていきたいと考えています。」と語り、講演を締め括りました。
「AFEELA 1のコックピットにおけるUnreal Engineの活用」講演アーカイブ「HMIデモで語る、モバイルのリッチ表現と最適化手法」と題した講演では、ヒストリアの佐々木 瞬氏、真茅 健一氏、星野 智希氏が登壇しました。
ヒストリアは創業12年となるUE専門会社で、ゲーム事業に加えて「ヒストリア・エンタープライズ」というブランド名でエンタープライズ事業を展開しています。
エンタープライズ部門は自動車産業の案件が非常に多く、コンフィギュレーターや自動運転シミュレーション環境の構築、AI教師データの作成、デザインレビュー、HMI(ヒューマンマシンインターフェース)などを手がけています。
まず佐々木氏より、同社が開発したHMI技術デモ「historia HMI Realize」の実演が行われました。
「historia HMI Realize」はリッチなビジュアルを低負荷で実現することをテーマに開発されました。使用端末はGalaxy Tab S7(Snapdragon 865 Plus)で、基本的に60fpsで動作します。
天候・時間帯の切替や、車体の色・メタリックを変更できる機能などを搭載。また、自動車が走行する様子や速度情報などが表示されるADAS画面を用意しています。
「historia HMI Realize」の動作パフォーマンスは、60fpsの場合はCPU使用率15%・GPU使用率55%。30fpsならCPU使用率11%、GPU使用率30%まで負荷を抑えられます。
端末をGalaxy Tab S8+(Snapdragon 8 Gen 1)に変更して計測すると、60fpsでは、CPU使用率18%、GPU使用率25%となりました。
佐々木氏はUEの処理性能について、リッチな映像表現を効率的に描画できるパフォーマンスの高さが強みであると語りました。
デモで使用した自動車のモデルは、市販アセットのポリゴン数を削減しています。特にタイヤのモデルは68万トライアングル・マテリアルが3つと容量が嵩んでいたため、ローポリモデルを作成し、Substance Painterで元モデルの情報をベイクすることで、840トライアングルまで軽量化。マテリアルも1つに統合され、ドローコール削減につながっています。
タイヤはメッシュそのものを回転させるのではなく、マテリアルのRotate About AxisノードをWorld Position Offsetに接続し、頂点情報を動かすことで回転しているように見せています。
同様にADAS画面で走行中の背景もメッシュ自体は動かさず、タイヤの回転と連動して頂点情報を移動させることで表現しています。
なお、Rotate About Axisノードでオブジェクトを回転させる方法についてヒストリア公式ブログで解説されている
ライティングはクオリティ・パフォーマンス両方の観点から、Lightmassで事前にテクスチャ化しておくことで処理負荷を削減。各時間帯・天候のバリエーションは全て事前計算してライトシナリオとして保存し、実行時に切り替えています。
影の描画に用いたデカールの効果についても紹介されました。Home画面に落ちている木の陰は、デカールにより陰の形をしたテクスチャを投影しています。
木の陰のほかにも、車体の下や植え込みの影もデカールで投影。モバイル端末や車載機では描画が難しい細かな影を描き出しています。
またADAS画面の背景に広がる水面は、反射や半透明な質感の再現などを広域にわたり計算すると処理負荷が高くなるため、マテリアルをUnlit(ライティングの計算をしない状態)に設定して波のノーマルマップを流用し、UVにディストーションをかけるなどの工夫により軽量化を図っています。
CPUパフォーマンスに関してはエンジニアの星野氏より解説がありました。
アプリケーション単体のCPU負荷はシステム全体の約15〜20%で、極端に重いマルチスレッド処理を行わない限りシステムにほとんど影響を及ぼさない値だと語られました。
また、イベントドリブンによる実装を行ったため毎フレーム実行する処理が少なく、ゲームスレッドにおいても比較的余裕があったため、特別な最適化は施していないとのこと。
続いて星野氏は、デモ開発にあたり有用な機能として検証を行ったという「Android Single Instance Service(ASIS)」を紹介しました。これはEpic GamesがHMI向けに設計した機能で、UEのインスタンスを共有できるというもの。すでに米国のEVメーカー「Rivian」で使用実績があるといいます。
通常、車載システムはAndroid Automotive OSなどで単体のアプリケーションとして動作するように構成されます。開発をUEだけで完結できるため小規模開発に適していますが、車両制御などの機能を全てUE内に組み込む必要があるため、開発難易度は高くなります。
一方でASISを使用する場合は、アプリケーションはASIS側/UE側の2つに分けて開発され、アプリケーション間の相互通信によりUE側からエンジンを共有して使用可能。車両制御機能などをUEに組み込まず実装できます。
ASISのメリットとして、まずUEと車両制御の処理を切り離すことでUEがクラッシュしてもアプリ本体に影響を及ぼさない点が挙げられました。
画像のようにUEがクラッシュして画面が暗転しても、画面下のUI部分は動作し続けていることが確認できる。
ただしUI部分を分離させるとエディター上でスムーズに確認できなくなるデメリットもあるため、慎重な設定が求められる
また、複数のアプリから単一のUEのインスタンスを共有できる点もメリットとして語られました。今回のデモにおいては、Home画面とADAS画面を別々のアプリケーションに分割し、スムーズに切り替えられます。
今回のデモでASISを使用した際は、オーバーヘッドにより1msほど遅延が生じたほか、CPU負荷が約3%の増加。メモリ使用量はほぼ変化しませんでしたが、アプリの起動数を増やせばメモリ使用量も増加していきます。
星野氏は「ASISはHMI向けに設計されていることもあり、実製品を見据えた開発においては今後使用が必須になっていくと感じた」と語り、解説を終えました。
「HMIデモで語る、モバイルのリッチ表現と最適化手法」講演アーカイブ本稿で取り上げた講演のほかにも、イベントでは自動車業界におけるUEのさまざまな活用事例などを紹介する講演が行われました。
なお一部講演については、エピック ゲームズ ジャパンよりアーカイブ動画やスライド資料が公開されています。併せてご確認ください。
「Build: Tokyo'25 for Automotive」公式サイト「Build: Tokyo'25 for Automotive」講演アーカイブエピック ゲームズ ジャパン公開スライド資料|ドクセルゲーム会社で16年間、マニュアル・コピー・シナリオとライター職を続けて現在フリーライターとして活動中。 ゲーム以外ではパチスロ・アニメ・麻雀などが好きで、パチスロでは他媒体でも記事を執筆しています。 SEO検定1級(全日本SEO協会)、日本語検定 準1級&2級(日本語検定委員会)、DTPエキスパート・マイスター(JAGAT)など。
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