登壇したCygamesのクライアントサイドエンジニア 嘉寺 尚也氏
素材不足にセットアップの負担。あらゆる課題を1つのツールでまとめて解決
『ウマ娘』の映像制作では、コンポジット(※)作業を含むワークフローを採用しています。
※ 映像制作の文脈では、複数の画像素材を1枚のフレームに合成することを意味する
コンポジットを用いた一般的な映像制作フローは、まず映像用にシーンを作成し、それを撮影(画像化)した素材をコンポジットしたのち、まとめて映像として出力するというもの。
『ウマ娘』ではシーン作成・撮影までをUnityで行い、コンポジット作業ではAfter Effectsを使用しています。
本作では映像を高品質化するにあたり、撮影の工程においてクオリティ面とイテレーション面で問題が生じたといいます。
まずクオリティ面では、コンポジット素材の少なさが課題に挙げられました。当初の開発環境では、撮影用のシーンに施せる映像効果はポストプロセスやライティングなどゲーム用の表現のみでした。
『ウマ娘』はモバイル向けに最適化されている一方、映像作品としてのみ考えるなら、さらにクオリティを向上できる余地があったと嘉寺氏は語ります。
イテレーション面における課題は、「セットアップの負担」「撮影結果の不安定さ」の2つに大別されました。
まずセットアップについて、撮影作業は「Unity Recorder」を使用していましたが、撮影を始めるまでに多くの設定を手作業で施す必要があったほか、撮影のたびに再設定が求められたことがアーティストの負担となりました。
また撮影結果については、髪や衣装などの揺れものやエフェクトをリアルタイムで計算していたことから、撮影を開始したタイミングによってシミュレーション結果が変わってしまう問題を抱えていました。
設定に手間がかかるなどの要因で、撮影作業だけで丸一日つぶれてしまうこともあったという
セットアップ・撮影・出力まですべて1つのエディタウィンドウで完結
こうした課題を解決するべく、撮影のセットアップから素材の撮影まですべて1つのエディタウィンドウで完結できる専用ツールが開発されました。
煩雑なセットアップを行わずエディタウィンドウを起動するだけで撮影が可能。設定の保存も可能なため、次回以降の撮影時に設定を持ち越すこともできます。
コンポジット素材のバリエーションも大幅増加。デプスやマスクなど多彩な映像表現が可能となり、撮影品質の向上につながりました。
また、撮影前にシミュレーションを実施することで、どのフレームから撮影を始めても同じ結果となるように状況を揃えることが可能に。
エフェクトのランダム要素はシード値を固定することで対応しています。
0フレーム目から撮影開始直前のフレームまでをシミュレーションし、どの場面から撮影を開始しても状況を統一できるように
コンポジット設定・オブジェクト表示切替など、多彩な機能を備えたエディタウィンドウ
講演の後半では、開発された専用ツールの具体的な機能が紹介されました。
撮影開始の流れは非常にシンプルで、撮影したいシーンを開き、ツールを起動して各種設定を調整したのち、撮影ボタンを押下。あとは撮影処理が終わるのを待つだけです。
ツールでは3種類の設定項目が用意。オブジェクト表示のオン/オフ、コンポジット素材の選択・詳細設定、出力先や画像フォーマット・ファイル名といった出力設定が可能です。
オブジェクト表示のオン・オフ設定
ツール起動時に撮影シーンを解析し、描画対象のオブジェクトを「キャラクター(ウマ娘)」「背景」「プロップ」などのカテゴリーで分類することで、カテゴリー・オブジェクト単位の表示切替が可能。
プロップのみ表示/非表示といった対応が行えるほか、特定のキャラクター・プロップのみ消すことなども可能です。
コンポジット設定
コンポジット素材は6種類が用意されており、そのうち講演では「デプス」と「マスク」の設定について解説されました。
「デプス」は主にデプスバッファ(Zバッファ)を画像化した素材で、被写界深度などの表現に用いられます。
Zmax(デプスの最大値)を変更することで映像のぼかし具合などを調整しながら撮影でき、幅広いカットに対応可能とのこと。
Zmaxを変更して撮影したデプス素材(スライド上段)と、それをAfter Effectsでコンポジットした結果(スライド下段)
「マスク」はオブジェクトを特定の色で塗りつぶし、コンポジットの際にマスク画像として使用できます。
塗り分けの手間を削減するため、最初にカテゴリ単位で色を決めてから、必要に応じてオブジェクトごとに色付けできる機能を搭載。また、複数のマテリアルからなるオブジェクトに対して、マテリアル単位でのマスクにも対応しています。
さらに、アウトラインにだけエフェクトをかけたい場面を想定して、マスクにアウトラインを含めるか選択可能となっています。
出力設定
出力時はファイル名をタグで指定可能。これにより、フレーム連番で出力する際に各フレームの番号をファイル名のどこにつけるのかなどを管理できます。
ファイル形式はPNGのほか、映像制作などでよく用いられるOpenEXRに対応しています。
詳細は割愛されたが、OpenEXRで保存する場合の圧縮形式は3種類がサポートされていると語った
ツールの実演
ツールの実演として、本ツールを用いた素材撮影の様子を披露。
2024年に放映されたテレビCMのシーンを例に、Unity上でツールを操作し、一部フレームを撮影する手順が紹介されました。
デプスやマスクなどの設定は、撮影前にチェックボックス(画像右側)でプレビューを確認できる
ファイル名や画像形式のほか、「どのフレームからどのフレームまで撮影するか」なども簡単に設定できる
撮影した画像ファイルは、管理のしやすさを考慮し、素材ごとにファイリングされて保存される
ツールの設定はすべて1つのアセットに保存されます。シーンごとに複数のアセットを持つことができ、必要に応じて即座に切り替えられます。
講演では3つの設定が例示された。実際の制作では15個ほどの設定が用意されたという
ライティング・陰影表現の実例を紹介
講演のラストには、コンポジット素材の種類を増やしたことで実現した2つの制作事例が紹介されました。
〈制作事例①〉複数光源の表現をノーマルカラー素材で実現
左右から異なる2色の光源で照らす表現。ゲームで複数光源を用いた表現を実装するのは難しく、映像作品ならではの手法といえます。
向かって左側からピンク、右側から緑色のライトで照らされている
撮影可能なコンポジット素材にノーマルカラーが追加されたことで、After Effectsに搭載されているノーマルカラーを用いたライティング算出機能が使用可能に。
2種類のライティング結果を最終的に合成することで実現できた表現だと語られました。
〈制作事例②〉Shadow素材により、リアルな落ち影表現を実装
上方向から光源で照らし出すシーンにおける、リアルな影の実装についても解説されました。
コンポジット素材「Shadow」は、光源とオブジェクト間の遮蔽物の有無によって影の落ち方を計算します。講演では、手の影が顔に落ちている様子や、顔の位置に応じて首元の影の濃さが変化している様子が紹介されました。
嘉寺氏は最後に、「本講演で紹介した事例が、皆様の映像制作における課題解決の一助になれば幸い。ウマ娘たちを輝かせる最高のコンテンツを作るため、これからも映像制作に取り組んでいきたい」と結びました。
『ウマ娘 プリティーダービー』における映像制作のさらなる高品質化へ! ~豊富な素材出力と制作フローの改善を実現するツールについて~ - CEDEC2025『ウマ娘 プリティーダービー』公式サイト
ゲームのタイムアタックを中心に、ストリーミングサイト・Twitchで活動をしているストリーマー。ゲームイベントの紹介記事など、WEBメディアでの活動実績もあるが、繰り出されるダジャレのクオリティには賛否両論がある。
https://www.twitch.tv/serenade_yuuki